天夏の思い出 - 2

 比較的、誰とでも仲良くなれるわたしだけど、一番距離が縮まるのが早かったのは咲良さくらちゃんだった。『はむはむ』という共通点が、わたしたちをすぐに打ち解けさせてくれた。

 でも、それだけが、仲良くなれた理由じゃないと思う。

 というのも、咲良ちゃんはとても人懐っこい女の子だった。男子も女子も関係無く、進んで仲良くなろうとする。


*****


 咲良ちゃんが転校してきて一週間ほど経ったころ。すっかりわたしと咲良ちゃんは、一緒に行動するようになっていた。

 次の時間は理科の授業だった。授業があるのは理科室だったので、クラスメートはぱらぱらと移動し始めていた。わたしと咲良ちゃんも、ノートと教科書を準備している最中だった。

 前に座る男子も準備を済ませたようで、持ち物一式を手に椅子から立ちあがった。そのとき、机の引き出しからはらりと何かが落ちた。見てみると、栞だった

ただ、当の本人は気付いていない。

わたしが呼びかけようとすると、それより先に咲良ちゃんが落とし物を拾った。

それから、咲良ちゃんは持ち主である男子の下へと駆け寄った。


「これ、落としたよ」


呼びかけられると、男子は振り返った。彼は咲良ちゃんの手にある栞を見て、口をあっと開けた。そして、栞を受け取った。


「ありがとう、わざわざ拾ってくれて」

「ううん大丈夫。ええと‥‥‥」


 咲良ちゃんは何か困ったようにわたしに目を向けた。多分、男子の名前が思い出せなくて困っているのだ。

 わたしは二人の傍まで近づいて、助け舟を出す。


「その男子の名前は俊彦だよ。ねっ」


 そう言って、わたしは俊彦を見る。俊彦は、照れくさそうにしていた。


「ええと、蟹江俊彦かにえとしひこです。よろしく」


 自己紹介がぎこちなくて、わたしは笑ってしまった。

 咲良ちゃんは申し訳なさそうに手を合わせていた。


「ごめんね、名前忘れちゃって」

「ああ、気にしないで。転校してきたばっかだし、しょうがないよ」


 砕けた感じの咲良ちゃんとは反対に、俊彦はどこかソワソワしていた。

 その微妙な距離感は、見ていてちょっと面白い。


「それ」咲良ちゃんは俊彦の手にある栞を指差した。「綺麗だね。手作り?」

「わっ、ホントだ。可愛い」


 長方形の紙に、桜の花びらが押されていた。栞は素朴な見た目で、確かに手作りのように見える。

 俊彦は頭を掻きながら答えた。


「うん、そうだよ。前に熱海に桜を見に行ったことがあるんだ。熱海の桜は日本一早咲きって言われてて。その時に、栞をつくる体験会みたいなのがあって、それで」


 俊彦の言葉に、咲良ちゃんは笑顔になった。


「わたしも、その桜見たことあるよ!お母さんの実家が熱海にあってね、おばあちゃんに会いに行ったときに、家族みんなで見たんだ」


 咲良ちゃんは嬉しそうに語った。『はむはむ』の時もそうだったけど、クラスメートと共通する何かがあることが、彼女にはとても嬉しいらしい。


「でも、その時は体験会なんて気づかなかった。次に行くことがあったら、探してみようかな。でも、やってなかったらどうしよう」

「押し花はけっこう簡単に出来るよ。ネットで調べたらすぐに出てくると思う」

「そうなんだ。それなら花びらを持ちかえって、自分で作ってみてもいいかも」


 徐々に二人は打ち解けてきたようだった。咲良ちゃんが学校に馴染んでいくのは、わたしにとっても嬉しいことだった。

 そこに割り込むのは気が引けたけど、わたしたちは話し込んでいる場合じゃない。


「俊彦に咲良ちゃんも、早く理科室行かないと。他の子たちもう行っちゃったよ」


 そう言うと、二人は辺りをきょろきょろと見回し、ようやく慌て始めた。

 わたしたち三人は、急ぎ足で理科室まで向かった。

 これ以降、咲良ちゃんと俊彦の仲は、結構縮まったみたいだった。休み時間になると、たまに二人で話しているのを見かけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る