第29話:手紙、咲く -2-

──咲の手紙──


【原文(冒頭)】


いと尊き父君へ申す。


此度、初穂の御業によりて、祖父君の御命、奇跡の光にて蘇り給ひぬ。

まこと、天よりの神託と心得候。


【以下、現代語訳(全文)】


おとうさまへ。


初穂さまが、おじいさまを助けてくれました。光が走って、まるで天から神さまが降りてきたみたいでした。あのとき、わたしは本当に神さまを見たと思いました。


初穂さまの手が、おじいさまの額に触れたとき、光が広がって、みんなが息を呑みました。


おじいさまの指が動いたとき、みんな泣いていました。わたしも泣きました。でも、うれしい涙でした。


初穂さまは、やさしくて、強くて、きれいで、神さまみたいな人です。


おとうさまも、初穂さまに会ってください。きっと、びっくりします。


わたし、いつか初穂さまみたいになりたいです。


おかあさまも元気です。


おかあさまは、前よりも遠くまで歩けるようになりました。神さまからいただいた車具のおかげで、村の広場まで一緒に行けました。おかあさまは、風のにおいや、花の色をうれしそうに話してくれました。


車具をつくってくれた人にも、ありがとうって言ってました。


わたしも、ありがとうって言いたいです。


それから、村の人たちが、初穂さまのことを「神さまの使い」って言ってました。わたしも、そう思います。


わたしは、あの光のことを、ずっと忘れません。


あの光は、わたしの心の中で、ずっと輝いています。


おじいさまが目を開けたとき、初穂さまは静かに微笑んでいました。


その笑顔を見て、わたしは、世界が変わった気がしました。


初穂さまの手は、あたたかくて、やさしくて、まるで春の陽だまりみたいでした。


おとうさまがこの手紙を読んでくれたら、うれしいです。


また手紙を書きます。


咲より──


咲はあの場面を、何度も思い返していた。

神託のように光が走り、静寂のなかで老いた指が動き出す──

まさに奇跡としか思えない瞬間だった。

「わたし、いつか……あんなふうになりたい」

そう呟いた咲の声は、まだ誰にも聞こえていなかった。


咲の手紙に綴られていた「初穂さまによる奇跡」

光とともに命を取り戻すような描写──

それを読んで父は深く感謝していた。

ただ、神の力だと言われても、どこか現実味がなく、すぐには受け入れられなかった。

生贄の儀式から蘇ったという話も耳にしていたが、それが本当に起こったことなのか、心のどこかで疑っていた。


──『おとうさまも、初穂さまに会ってください。神さまみたいな人です』──

一文ごとに、咲の声が耳元で響くような錯覚にとらわれた。

夜更け、灯明のもとでそれを読んだ彼は、言葉を失った。


深く息を吐き、しばし黙して天を仰いだ。

妻が獣に襲われたと聞いた時、自分が都にいることを悔やんだ。

そして、今回は国重が倒れた。結局、自分はなにもしてやれなかった。


しかし、こうして父・国重の命を助けていただいた。

志乃のために車具を造っていただき、妻に再び笑顔が戻った。

言葉にできぬほどの感謝が、彼の胸を満たしていた。


──神、か。

そう呟き、しばし沈黙したのち、筆を執った。

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