あるいは愛の喘鳴

肺 という濡れた袋小路

そこでは都市の

埃りっぽい重力がろ過され

O2(酸化の燃料)

N2(なんて無関心な媒質)

とに選別されている

わたしは 吸う

自動改札機が切符を呑み込むような冷淡な正確さで

吸い込まれるのはアスファルトの熱

砕けたプラスチ ックの微粒子

あるいはすれ違った見知らぬ他者の肺腑からあふれ出した言葉にならなかった湿り気(隔壁はあまりに薄い)

樹木たちは葉を裏返す

彼らの気孔は

わたしたちが吐き出した 

憂鬱

を甘美な食料として咀嚼し

透明な排泄物を 

空へと還す

その完璧な循環システムの

とてつもない 

暴力性においてのみ

世界は正しく愛し合っている

呼吸とは他者の内臓を通過した風をわが内臓へと招き入れる不衛生で聖なる感染の儀式だからわたしはマスクの下でこっそりと口を開ける

窒息しそうな正午

電子のノイズにまみれたこの汚れた大気こそ

わたしたちを物理的に繋ぎ止める

唯一の共有財産

吐く(生温かい/絶望を)

吸う(誰かの/祈りの/残骸を)

胸郭がきしむ

肋骨という檻のなかで

心臓が 

不器用なモールス信号を打つ

生きているということは

この 

巨大な気体のスープの中で

溺れながら

それでも肺胞を震わせ続ける微細な抵抗

の ことだ

風が吹く

わたしの喉元を通り過ぎて

あなたの肺へと還っていく

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詩の行先 乃木ひかり @nogi_hikari

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