第2話旅の準備1
「凄いわ! ああやって売り買いをするのね!」
家出を決行した一日目。
小さなカフェの一室で、声を弾ませる私に、向かいに座る侍女のジャンヌは肩をすくめて苦笑していましたが、こればかりは仕方ないと思うのです。
ドキドキの高揚感が覚めないのですから。
何故、こうまで興奮しているのかというと――
ほんの数時間前、私は、お母様から受け継いだ宝石箱を抱えて、ジャンヌと共に街の宝石店へ足を運んでいました。
宝石店にわざわざ出向くなんて今までなかったことです。
出向く必要がなかったとも言えますが。
宝飾品を買うときは、屋敷に商人を呼びつけておりましたので。
しかも購入するのではなく、宝石類を売りに出すためにです。
新鮮に感じるよりも逆に不安で……。
『ジャンヌ……。本当にこの宝飾品が売れるのかしら?』
『もちろんでございます。このルビーはただの宝石ではございません。透明度といい、色合いといい、最高の逸品でございます。ダイヤモンドの指輪も、エメラルドのネックレスも、全て一級品でございます。加えてこちらのサファイアの青はそうそうお目にかかれるものではございません』
ジャンヌの力説に少々引いてしまいましたが、それと同時になんだかとても頼もしく見えたのです。
そして、その勘は当たっていました。
なにしろ、ジャンヌは商人との交渉がとても上手だったのです。
『この宝飾品の価値を考えれば安いくらいですよ?』
『しかし、この値段は……』
『宝石の価値がお分かりなら、このお値段でも十分お得なはずですが?』
『……それは』
『別にこちらはいいのですよ? 宝石店は王都にはいくらでもありますので』
『なっ!』
『これは独り言なのですが、ここより品揃えの良いお店は他にもありますしね。たとえば三軒先の店とか』
『……ぐっ!』
『あちらならこの三倍は出すでしょうね』
『わ、分かりました。いい値で買い取らせていただきます』
商人は悔しそうに顔を歪めながらも、ジャンヌに言われた通りの値段。この場合は三倍の値段で宝石を買い取らせていました。
その後もジャンヌは手を変え品を変え交渉を続けていきました。
それは、もう見事な手腕で……。
『この値段で如何でしょう?』
『その価格設定はおかしいですね』
『通常価格ですが……』
『もっと出せるはずですよね?』
『……』
『王都一の宝石店の名が泣きますよ』
『……』
『私としてはこれくらいを考えているんです』
『……っ』
『通常価格、ですよ?』
『……わかりました……』
そんな調子で、あれよあれよという間に交渉は成立してしまいました。
商人達はその都度、苦虫を噛み潰したような顔でしたが。
何とか値切ろうと必死になる人もいましたが、最後はジャンヌに言いくるめられていましたわ。
圧倒的な勝利です!
ついつい、見とれてしまったほどですわ。
ですが、こればかりは仕方のないこと。
ジャンヌの言葉ひとつで値が跳ね上がってゆくのですから!
ゼロの数がどんどん増えてゆくのは、見ていてとても爽快です!
見惚れるとはこのことを言うのでしょうね。
「ジャンヌ、本当に凄かったわ!」
「大したことではありません」
「いいえ! 大したことよ!」
興奮が抑えきれません。
「ジャンヌは凄いわよ! 商人相手に一歩も引かなかったんですもの! あっという間に値段が上がっていって! 素晴らしかったわ!」
「
「そんなことはないわ! ジャンヌの交渉力のおかげよ。これで旅費は完璧ね! それはそうと、ジャンヌ」
「なんでしょう?」
「宝石店での売買はみんなあんな感じなの?」
「宝石店にもよります。質の悪い店もありますので。見極めが大事ですが、今までの店は全て貴族相手に取引をしている店です」
「つまり、信頼できる店ということね」
「はい」
きっぱりと言い切るジャンヌに、私はふと疑問に思ったことがありました。
些細なことかもしれませんが、どうも気になって……。
あら、これは普通のことなの?
売る側の常識かしら?
などなど、色々と考えてしまったのです。
さすがに、第三者がいるお店の中でそれを聞くわけにはいきませんしね。なので、思い切って尋ねてみたのです。
宝石店を何ヶ所も回った理由を――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます