清楚で巨乳なお嬢様生徒会長と夜の校舎で張り込みすることになった〜犯人は掲示板に魚肉ソーセージを描いたようです〜
ジャムシロップ
第1話
夜の生徒会室って、こんなに静かだったっけ。
時計の針が九時を回った頃、僕――
廊下はすでに消灯されていて、ここだけがぽつんと明るい島みたいに浮かんでいる。
「お待ちしておりましたわ、裕人さん」
窓際のソファに、いつもの姿勢で腰掛けていたのは、この学園の生徒会長にして学園一の美少女――
黒髪の姫カットが、蛍光灯の白い光を受けてさらりと揺れる。上品な微笑み、姿勢、制服の着こなし。皆が口を揃えて「完璧なお嬢様」だと評するのにも納得がいく。
目の前に座られると毎回ちょっと実感が湧かない。
「杏奈会長、遅くなってすみません! 先生のところで宿泊の許可証もらってきました」
「いえ、構いませんの。ありがとうございます、お疲れさまでしたわ」
杏奈会長はそう言って、書類を受け取り、さらりと目を通す。
「ふむ……『本件は、生徒の自主性に委ね、あくまで穏便な解決を期待する』……いつも通りの文章ですわね、進路指導の先生」
「はは……穏便って便利な言葉ですよね……」
苦笑いしつつ、僕は向かいの椅子に腰を下ろした。
――事の発端は、数日前の職員会議だったらしい。
夜な夜な、校内の掲示板に「きわどい落書き」をする輩がいる。進路指導室前の真面目なプリントの横に、どう考えても学校にはふさわしくない、アレな絵が描かれるのだとか。
教師たちは当然困っていた。このまま野放しにするわけにもいかない。でも、あまり大事にすると保護者まで巻き込んだ騒ぎになる。そこで白羽の矢が立ったのが「生徒会」だった。
生徒会長は学園一の信頼、そして副会長は真面目さだけが取り柄――そういう話らしい。
なんだよ真面目さだけって。もっといろいろあるじゃん。
(しかし……ハードル高くない?)
心の中でツッコミを入れていると、杏奈会長がふわりと微笑んだ。
二人きりの生徒会室。僕と杏奈会長の二人きり。
「さて、裕人さん。本日の任務、改めてご説明いたしますわね」
「は、はい。お願いします」
「今夜、わたくしたちは宿泊許可をいただいております。日付が変わる頃、問題の掲示板付近に移動し、落書き犯が現れるかどうかを確認する――それが今回の作戦ですわ」
「了解しました。二人で張り込みですね」
「ええ。先生方は『姉小路さんと高倉君なら安心だ』と仰っていましたわ。夜の学園に男女を二人きりで残すのにずいぶんお気楽ですわね。というのは半分冗談ですが……ふふ」
さらりと「男女二人きり」と言いながら、杏奈会長はまったく照れた様子もない。
代わりに照れてるのは僕の方だ。
(そうだよな……これ、冷静に考えてかなり危ない状況だよな……)
学園の生徒会長と、学園一のお嬢様と、夜の学校にお泊まり。男子からしたらラノベの帯に書いてあってもいいシチュエーションだ。
それが今ここに実現するだなんて、生徒会の仕事とはいっても、気が気ではない。
そんな僕の心臓の騒ぎをよそに、杏奈会長は真剣な表情になる。
「……とはいえ、落書き自体は決して笑って済ませられるものではございませんわ。掲示板には進路指導の掲示物も貼られております。そこに、あのような――」
そこで微妙に言葉を濁す。
「あのような……?」
「……形状的に非常によろしくない、男性を想起させる図案と申しますか」
ああ、やっぱりそれなんですね。
頭に浮かんだのは……立派な魚肉ソーセージだ。
僕は喉の奥で「あー」と変な声が出そうになるのをどうにか飲み込んだ。
「先生のお話によりますと、初日はまだ簡素だったそうですが、日を追うごとに描写が――その、どんどん細かくなっているとか」
「細かく……?」
「ええ。線の太さ、陰影、躍動感……」
「や、躍動感?」
「……いえ、何でもございませんわ」
杏奈会長は頬を微かに赤らめながら慌てて咳払いをし、「とにかく」と話を締めた。
「学園の風紀を守るのが生徒会の務めですもの。今夜こそ、犯人を突き止めてみせましょう」
そう言って、きっぱりした瞳でこちらを見る。
僕は、その目がちょっと好きだ。
完璧なお嬢様とか学園一の美人とか、いろいろ言われているけれど。
そのどれよりも「何かを守ろうとしている時の優しくてカッコ良い使命感に満ちた顔」がやっぱり素敵なんだと思う。
「はい。副会長として、全力で会長をお守りします」
「ふふ、守ってくださるのは心強いですわね」
杏奈会長は嬉しそうに微笑んだ。
「では……その前に、夜食になにか召し上がります? このままですと、張り込みの途中でお腹が鳴ってしまいますわ」
「……正直、もう鳴りそうです」
「ふふ。では裕人さん、あちらの棚をご覧になって」
指さされた先には、生徒会の備品とは思えないくらい、いろいろなカップ麺やらスナック菓子が整然と並んでいた。
「うわぁ……これ全部、杏奈会長が?」
「そうですわ。『心を満たすこともまた、生徒会の大切なお仕事ですわ』と申しましたら、会計が通してくださりましたの」
(よく分からない仕事だけど……会計、チョロいな)
心の中でだけツッコミをつけながら、僕はありがたくカップ麺を一つ手に取った。
「いやぁ、夜のカップ麺って罪深いですよね〜……太りそうで」
「そうですわね。でも――」
杏奈会長は、自分のカップの蓋をそっと押さえながら言った。
「たまにいただく“罪”というのは、とても甘美なものですわ。……裕人さんも、そう思いませんか?」
「えっ」
「夜更かし、寄り道、好きなものを食べ過ぎること。どれも褒められたことではございませんけれど……しかし、だからこその背徳感というものがありますわ。それも、誰かと一緒にでしたら、もっと――ね?」
いつもは目にすることのない、いたずらっぽい笑み。
杏奈会長は横髪がカップの中のスープに浸らないようそっと押さえながら、湯気の立つカップから麺を一口、上品にすすった。
静かな生徒会室に響くずるっ、という音はなかなかに庶民的だった。
(なんだろう……今の話、めちゃくちゃ意味深に聞こえた……)
罪とか甘美とか……夜とか。単語の並びがどうにも良くない。
僕の知っている杏奈会長の構成要素とは少し違うような、そんな……。
けれど、杏奈会長は何も気にしていないような顔で麺を味わっていた。
その姿もまた、美しかった。
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