イセカイ・ウィズ・シップ

だりょ

始まりの孤島

第1話 転生

 おもむろに「彼」は語り始める。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 大昔、世界にはいくつもの大陸と島があった。

 大陸や島々の間を繋ぐのは大洋。

 一度海に出ればあらゆる大陸、あらゆる島に渡ることができると言われていた程広大な海。

 穏やか過ぎるほど平和な海だった。


 いつからか、そこに人が集住して文明を成すようになった。

 平和な世だったからか、文明は大陸中に広がっていくつもの国が出来上がった。

 ある者は新天地を求めて穏やかな海を渡り、ある者は小さな島に移り住んで思い思いに開拓した。

 こうして人の移動は海を越え、世界各地に新たに無数の国が建国された。


 やがて国同士で交易を行い始めた。

 最初は陸路だったが、次第に無いものを持つ他の大陸とも交易するようになった。

 海路は開拓され、海上交易は栄えた。


 しかし、転機が訪れた。

 人が魔法を獲得したのだ。

 不思議な力は豊かな国力による研究によってすぐに解明され、様々な用途に使われるようになった。

 生活を便利にするため、街を守るため、国を滅ぼすため。

 魔法は人の生活を一変させた。

 だが、それは束の間の繁栄だった。


 ある時、突如として海に怪物が現れた。

 海の怪物は猛威を振るい、海路が潰された。

 交易は完全に停止し、海は果てしなく広大な地獄に成り果てた。

 その底にはいくつもの船団の墓場ができた程に。


 魔法は魔物を呼び覚まし、人の生活を悪い方向にも一変させたのだった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「…………あの、神様?それってつまりどういうことですか?」


 真っ白な部屋にぽつんと佇む姿のおぼろげな存在に、俺は尋ねた。

 その存在――本人が言うには神様――は待ってましたと言わんばかりに落ち着いてその問いに答える。


「私の担当する世界の歴史だよ。これは、私がずっと見てきた事実だ」


「事実?」

「そう、そのとおり。これは実際に存在する、君の知らない世界の物語だよ」

「はぁ……」


 俺がこんな間の抜けた返事をしたのは、状況をまだ把握できていなかったからだ。

 目が覚めた時にはここにいて、この神様が神様だと名乗り、そしてすぐに歴史を語り出した。

 混乱していたので神様であるというのは何とか飲み込んでいたが、思い返せば腑に落ちない点がいくつもある。


 とりあえずそれ以前の問題、神様は神様なのかについて聞いてみる。


「あの、神様。あなたは本当に神様ですよね?拉致監禁の権化とかじゃないですよね?」

「何を疑っているんだ」

「すみません」

「そもそも君は既に死んでいる。その魂を私が呼び寄せたんだ」


「おいおい、こりゃ確かに死んでるなぁ……。さすがの俺でも全裸にはならんよ……」


 俺の身体は綺麗に素っ裸。

 下着は何もつけてない。

 服といえば、ギリシャ人の着ていそうな肩から掛けるタイプの布をまとっているだけ。

 ファッションセンスが壊滅的、どころじゃない。


「じゃ、じゃあ。何で俺を呼び寄せたんですか?……まさか、異世界転生ってやつ……?!」

「そのまさかだよ。君には私の世界に転生し、役割を果たして欲しい」

「役割……?」

「まあ、それは後で話そう。君の聞きたいことが他にあるんだろう?それを先に聞こうじゃないか」


 ふーん、なかなか気が利くじゃん。

 ワンチャン心を読まれてる可能性があるけど、この神が素晴らしい人格者で心を読まずとも気を利かせられるという残された可能性に俺は賭けたい。

 いや、全然賭ける。


「じゃあ失礼して。どういう経緯で俺は死んでここに来ることになったんですか?」


「そんなに自分の死に様を聞きたいのかい……?」

「いや、そう言われると」

「だよね」


「じゃあ一瞬だけ画像として見せるよ」


 神様が画像を見せたのは本当に一瞬だったが、俺の目に焼き付くには十分な時間だった。

 路上で血を流しうつ伏せに倒れる姿。

 周りには通行人と思わしき人が立っている。


「なんか嫌だな、自分の死体を見るのは」

「だから言ったのに」

「……神様、むしろ見ることを肯定してましたよね?」

「そうしないと君が死んだことに納得しないと思ったから」


 ……神様の論理は怖い。


「で、次は経緯か。経緯は、ほんの偶然さ」

「偶然?」

「私が転生者となる魂が欲しいと思ったタイミングで、君が死んだ。それだけだよ」


 なんだそれ。

 ほんの偶然なのかよ。

 ……創作の中では、神は異世界人を呼ぶためにわざと人を殺すという。

 俺もまさか……?


「それはない。君が勝手に死んだだけだ。こればっかりは自己責任ってやつだよ」

「そっか、俺は死んだのか……。全く記憶が無いんですが、自殺……だったんでしょうか」

「いいや、どうやら少女を助けていたようだ。君は心優しいな」


 反応をみるに、本当に何も干渉は無かったらしい。

 正直ほっとした。

 命の犠牲など顧みずに無理に召喚するような、ヘイトを買う系の神じゃなくてよかった。


 って、心読まれてた?!


 一旦整理しよう。

 俺は少女を助けた代わりに死んだ。

 行き場がなくなった俺の魂を、この神が呼び出した。

 そしていま俺はここで、異世界転生させられようとしている。

 そして、神は心を読める。


「んで、役割って?」


 思いつく限りの聞きたいことは出し切ったので、そろそろ本題に入ることにする。

 俺としてはここでダラダラ喋っているのも構わないが、姿形がおぼろげな存在とこれからを過ごすのもどうかと…………これ以上はやめておこう。


 神様は口を開く。


「簡単なことだよ。私の世界を救ってほしい」


「……急にスケールが大きいんですけど」

「別に魔王を倒せとか、そういうことじゃない。ただ人々に魔物と戦う力を与えてほしいんだ」

「それなら神の力で恩恵をばばっと」


「それができたらよかったんだけどなぁ……」


 神様はそう呟きながらあぐらをかいて座った。


「私の力ではこの悲劇を見守ることしかできない。あるいは、君のようなこの世界の理を外れた者を送り込むことくらいしか」


 神様だから、色々制約があるのだろう。

 全能ではないらしい。

 苦労しているんだな。


「でも、俺そんなアイドルみたいなことできないですよ。生きる気力を与えるつったって」

「勘違いしていないかい?与えるのは実際に戦う力、戦闘力だよ。もちろん授けるのではない。文明レベル、魔法レベルを君の手で引き上げてもらいたい。ほら、君の世界でも、銃やら大砲やらがあっただろう?」

「文明レベルを……引き上げる……?俺は指導者か何かになるんですか?」

「違うよ。君の能力と知識と行動で私の世界を育ててほしい。当面の目標は世界をあるべき姿に戻すことだ」


 俺の荷、重すぎない?

 だいぶ重要な役割な気がするんだけど。


「あるべき姿、それは海上交易の復活。今は海に巣食う魔物によって完全停止しているが、それが復活すれば文明レベルは自然と上がっていく。君のもたらした変革も伝わっていくだろう」


「でも、俺ができることなんて死なないよう生きることくらいしか……」

「安心してくれ。君たちの言う、転生特典か?それを渡すから。それがあれば多少は危険が緩和されるだろう」

「おいおい他人事みたいに」


 だが、転生特典を出してくれるならやる価値はある。

 ……いや、そもそも俺は死んでいる。

 もう一度生きられるだけで幸せなんだ。

 そこに、更に生きやすくなる能力を授かる。

 これ以上喜ばしいものはない。


「ていうか、魔物は際限なく湧き出るんでしょ?倒しても倒してもきりがないじゃないですか」

「まあそう言うな。君には私の授けた力がある。問題は無いはずだよ」

「とりあえず魔物について教えて欲しいです。せめて元凶だけでも」

「あのなぁ」


 神様は長いため息をついた。


「第一私ゃ何も知らんのだ……」


「え?何が?」

「いや、何も」


 顔はぼやけてよく見えないが、声色から分かるのは、神様は凄くうんざりしているということ。

 諦めて大人しく転生されろと言いたいのかもしれない。


「要は、海をあるべき平穏な姿に戻せればいいということですね?」

「……いや、そこは任せる」

「へ?」

「だって、君の人生なんだろう?私にとやかく言う筋合いはないさ。縛り付けるようなことはしない」


「ただ、君が私の授けた力で第二の人生を謳歌しようという場合、あの世界では凄く不便だと思う。魔物たちのせいで国同士の繋がりも薄くなっているしね。楽しみたいなら魔物と戦うことになるだろうさ」


「利害の一致ってやつか……。結局は神様の思い通りになるってことですね。それを分かってて、こういう打診の仕方をしたと」


 まあ、それも悪くない。

 神様の筋書き通りになったとしても、俺の人生は俺のものだ。

 俺の好きなようにやらせてもらおう。

 たとえその結果が神様を喜ばせることになったとしても。


「それで、どのような転生特典を?」

「陸の魔物との戦闘は、君が思い描いているような剣と魔法の戦いと何ら変わらない。問題は海での戦闘だ。海の魔物は陸の魔物よりも遥かに強力で、誰も為す術がない。海での戦いで優位に立てるような、そんな能力を授けよう」


「あ、剣と魔法の世界なんすね……。じゃあ、冒険者ギルドとかもあるんですか?」

「それは無い」

「え」


 ……無いんだ。

 剣と魔法の世界なのに、無いんだ。


「言っただろう?いや、言ってないか。国同士のつながりは途絶えている、と」

「それは何となく聞いた覚えはあります。海上交易がどうたらこうたらみたいな」

「陸路もその例外ではない。近隣の国、近隣の村としかつながりが無く、魔物のせいで長距離移動が困難なのが現状だ」

「なかなかハードっすね」


 つまり、魔物の討伐隊が本格的に組まれることは無く、自分たちの領地に引きこもって、攻めてくる魔物を撃退するので手一杯ってことか。

 ハードモードどころじゃないじゃん。


「だからこその君の知識だ。それがたとえ創作の産物であっても、私の世界では現実になる」

「てことは、ギルドの創設とかもやらなきゃってことですか?」


「君が充実した生活を望むなら、ね」


 すごく圧を感じる……。

 蛇に睨まれた蛙の気分だ……。


 言外に世界を発展させてくれと告げられているが、それを無視しても結局はそうなることが決まってるんだから恐ろしい。

 一から魔法世界を作れると聞いて、俺は既に少しウズウズし始めているのだ。

 多分、言われた通りに動くんだろうな。


 神様はふっと軽く息を吐いた。

 神様の表情が緩んだのが、ぼやけてても分かった。


「下界では魔法が発見されてまだ日も浅い。分かったことよりも分からないことの方が多い。だから安心しろ。私が望まなくとも、君は多くを見つけ出す」


 熱のない手が俺の頭に置かれる。


「それで、転生特典の話だったか」


「最初の環境についてだが、残念ながら私は直接手出しできないからね。生まれる場所、周囲の環境は完全に運だ」


「って、それが一番大事じゃ……?!」


 ……最後の最後で重要なことを。

 赤ん坊になるのは覚悟していたが、しかし生後の無事が保障されないのは心配だ。

 魔物の巣の横で生まれたらどうしよう。


 それに、できた友達が悪いやつだったら。

 危険な人物が周囲にいたら。


「大丈夫。君は心優しく、そして強い。新しい環境でも上手くやっていけるよ」


「いや、そういう心配してるんじゃ」


 ……俺は分かってるよ?

 心を読んだ上での発言だよね?

 ったく。

 まあいいや。


「そろそろ決心はできたかな?異世界に行く心の準備はいいかい?」

「はい。お願いします」


 俺の頭には再度無機質な手が置かれる。

 神様は何やらぶつぶつと唱えている。

 それにしたがって、頭に置かれた手がほんのり温かく――。


 そして、俺の視界は光に包まれた。

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イセカイ・ウィズ・シップ だりょ @daryodaryo

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