なきぼっくす

じゃじゃうまさん

曇蜘蛛

「…それは曇蜘蛛くもりぐもじゃないかい?」


彼はそう語る。

彼らはそう語る。

私の目には一人にしか見えない彼は、彼からすると彼ららしい。

その彼らである男、鈴木りんぼく 京浜けいひんはそう語る。

オカルト好きでありながら現実主義、身だしなみは荒いが整理整頓に命を懸ける。

よくわからない、よくわかるはずのない鈴木京浜(年齢不詳)はそう語る。


「曇蜘蛛?なんですそれ?」

「至極簡単に言うなら雲の妖怪だ。雲というこの世にありふれた物体からあふれ出る妖怪。あふれものの妖怪だ。」

「はぁ…」


分かりやすくため息をつきながら、私は足元にある椅子に鎮座する。

スカートを手で押さえ、ゆっくりと。

私は今、学校終わりにそのまま彼の事務所にお邪魔しているので、制服姿だ。

彼らのオカルト相談事務所に。


「…正直、私。今でもオカルトなんか信じてないです。よくわかんないものは嫌いです。」


カバンからお茶を飲み、彼の目をそっと見つめる。

去年の冬、彼と出会ってから何回かお邪魔しているが、彼の話は正直、どれもよくわからない。

夜に視認た黒猫、古い人形店、真っ黒なチューリップ…あれもこれもよくわからない。


「まったく、君はスタンスを崩してくれないな。こんなに妖怪と遭遇であっているのは、愛されているのは僕の人生の中で君くらいなんだ。少しは興味や関心を持ってくれよ。」

「愛されてるって…そんなのに愛されたくないです。大体、曇蜘蛛?っていう妖怪じゃないかもしれないですか。ただの気のせいの可能性も…」


椅子に深く腰掛けて、ひじ掛ける鈴木さん。


「…正直、君の話的に、考えられるのは曇蜘蛛だけなんだよ。矛盾点は多いものの、そんなこと、話だ。」

「…別に、ほんとに気のせいかもしれないじゃないですか。」

「万が一君が気のせいだと思っているなら、わざわざ相談しに来るわけがない。今までの君は言っても、僕の話を聞きにくる程度だっただろう?だが、今回は相談してきた。なにか、信じているんじゃないのかい?」


あるいは…と、少し伸ばしてから、顔を近づけてくる。

机に置いた私のお茶を自分の方に寄せて、鈴木さんの目は鋭く、切れやすく私を見つめる。


「確信しているんじゃないのかい?これは気のせいじゃない妖怪なんだって。」


「もう一度、ちゃんと、聞かせてくれるかな?」






「…おーい、黒金くろがね~?」


友人である、私の友達。

親友の手加賀美てかがみに肩を揺らされ、目を覚ます。

目の前には、夕暮れの光に照らされた黄色い制服が映る。

部活終わり、学校の廊下で眠っていたところを、同じ部活の手加賀美に起こしてもらったのか。


「…おはよ、手加賀美。今何時?」

「今6時11分。午後ね。」

「…結構寝ちゃった。」

「ねぼすけ。私が起こさなかったら大変だったよ?もう。」

「…ありがとね。」

「ふふっ。」


小ぶりに笑う手加賀美は、手招きをして玄関まで歩く。

後を追うように私もとぼとぼ立ち上がり、玄関を出る。

手加賀美に手を振り、帰路に就く。

手加賀美とは帰りの方向が違うので、というより、家の方向が反対なため、校門を出たらそのままさようならなのだ。

すこしオレンジの風味がある街並みを眺めながら、私は歩く。

寝ぼけて、寝ぼすけていて、足元不注意になりながらも、なんとか歩く。


中学生。

私、黒金くろがね まいは中学三年生だ。

もうすぐ受験もある季節に、私は緊張と高揚感を覚える。

中学の面々はほとんど小学と変わらなかったため、高校は離れたところを受験したい。

離れたところ。

そう、離れたところに。

ふと、上を見つめる。

離れたところにいたとしても、私たちは同じ空の下にいるのだ。

誰から、どこから聞いた言葉か忘れたが、それらしい格好いいセリフを小さくつぶやく。

夕暮れの空。

雲。

それぞれが各々の各自な形状で空中に滞在している。

空は自由でうらやましい。

雲は自由でうらやましい。


「ミシシシ」


空中のどこかから、虫の鳴き声が聞こえる。

虫の鳴き声と言うか、唸り声、歯の擦れ合うような音。

歯ぎしり。


「ミシシシシ」


音が近づく。

近づくという表現が間違っているような気もする。

恐らく、

わからない、よく知らない、ご存じではない悪寒が背筋に走る。

遭遇ったことのない、何かが降りてくる。

恐怖とざわめきの中で震えながら、目を閉ざす。

大きく目をつぶり、雲を見る。


視認

オレンジを帯びた、透明感のある蜘蛛を。

視界いっぱいに入りきったような、巨大な、誇大のような、冗談のような大きさの、一匹の蜘蛛を、視認た。


飛び出した。

それから逃げられると思ったわけではなく、恐怖したからでもない。

視認た瞬間に、近づいてはいけないと、この距離感にいてはいけないと、そう感じてしまった。

一心不乱に、ただ走った。

生きるために。

死なないために。

消えないために。




「…って感じです。」


私はお茶を鈴木さんから取り返し、飲む。

走り疲れて、走り続けたため、喉が渇いている。


「…舞ちゃんは、曇蜘蛛、どう書くかわかる?」


メモ紙とボールペンを渡され、とりあえずで書いてみる。

数秒、ペンの音がカリカリと、あるいはスススと鳴る。


「曇りに…そのまま蜘蛛。違うんですか?」

「いや、正解だ。正解だからこそ、おかしいんだ。」

「は?」


メモ紙をもう一枚だし、視線をメモ紙に誘導する鈴木さん。

ぐっと視線を近づけて、話を聞く。


「…第一、曇蜘蛛が降りて来る条件は、

・雲が見えて

・雲が多く、太陽が見えていなくて

・雲を見つめた時

だ。」

「でも、今日は別に曇っていたわけじゃない。なんなら、何なら晴れているともいえるような天候だ。」

「それならば、曇蜘蛛以外の蜘蛛の妖怪だと考えるのが自然だ。」

「でも、舞ちゃんが言った容姿の特徴。」

、その場その時の雲の色をしている蜘蛛の妖怪は、正直曇蜘蛛しか考えられない。」

「…でも、おかしい。」


鈴木さんの長い説明が止まった。

説明というか推察というか、しゃべくりが止まった。


「…おかしいって…なにがですか?」

「曇蜘蛛は、視認て逃げ出したくなるような危険な妖怪じゃないんだよ。明治時代から伝えられている曇蜘蛛の怪談にも、そんなものはなかった。」

「その怪談では、一人の子供が曇り空に願いを吐露したときに、曇蜘蛛が現れた…程度の、なんてことないおとぎ話みたいなもんなんだ。」

「なのに、そうなのに、一目散に走りだしてしまうほどの威圧感があった…」


不思議だ。と、話す。

そんなはずはないのに、そんなはずになってしまった。

あろうはずのないことが、あるはずになっている。

そんなわけないものが、そんなわけもあることに。


「…いや、でももしかすると…」

「なんて?」

「…いいや、気にしないでいい。いいか、舞ちゃん。」


少し貯めを作る。

「今日から一週間、。」

「…雲を見ると、また曇蜘蛛が出る可能性がある。そうでなくても、条件がわからない。同じことは繰り返さない方がいい。」


雲を見ない。

言われてみれば、雲をしっかり見たのは、今日が久しい。

上を見上げることなんか、ほとんどない。

見上げても、徳がない。

下を向いて、前を向いた方が何倍も有用だからだ。

雲を、一週間見ない。

一週間後、また経過を聞かせてくれと言い、鈴木さんはソファで眠りについた。

自分のハット帽を顔に乗せ、静かに眠りにつく。


雲を見ない生活を、3日間続けた。

違和感もない。

曇蜘蛛を見ることもない。

今日も部活で、私と手加賀美は、会話をする。

大きなプール。

競泳部である私たちは、学校と合併した市民プールで練習をしている。

プールサイド、私と手加賀美は会話する。

なんてことないような、とりとめのない取りこぼしてもきづかないような、言葉たちを垂れ流す。


「あ、先輩!」

「…城紀じょき。走り回ったら危ないよ。」


プールサイドなのに全力でこちらに駆けてくる後輩の城紀に、小さく注意しながら、隣にスペースを作る。

城紀 小冬こぶゆ

元気な中学二年生。

同じ競泳部の後輩であり、元気がある女の子だ。

三年生…主に私に懐いている。

理由はわからないが、城紀は私を視認るたび、無条件に駆けてくる。

不思議だが、慕われるのは嫌いじゃない。

どこか愉悦のような、愉快な感覚に陥る。

嫌いだ。


「先輩…と、手加賀美さんも聞いてください聞いてください!いい提案があります!」

「いい提案?黒金だけじゃなくて?」

「もちろんです!はたくさんいた方が楽しいじゃないですか。」

「お祭り?あったっけそんなの?」

「あるじゃないですか、ほら、8月の6日に、花火大会!」


今からちょうど三日後…そんなお祭りあっただろうか?

花火大会。

花火を、見上げる時に、見えてしまうのではないか?

視認えてしまうのではないか?


蜘蛛を

妖怪を

不可解を


「…先輩?大丈夫ですか?」

「…あ、あぁ、ごめん。うん、。」


心配そうに視認つめる城紀に、つい返事してしまう。


「たのしみにしてますね、花火大会!」






85

深い夜。

眠れない夜に嫌気がさし、感情に身を任せ、テレビをつける。

光の点滅を目に流し込み、ぼーっと考える。

妖怪。

ずっと、信じてこなかった。

そんなものいないって。

いるはずもない。

こんなに狂信的に、妖怪を拒否するのか、否定するのか。

ずっとわからないままだ。

知らないまま、15歳になった。

不可解なもの、非科学的な現象は嫌いだ。

それ以上に。

信じれるものも嫌いだ。

崩れたら、きっと失望するから。

失望する自分を嫌悪するから。

テレビは鳴りやまない。

土曜日は始まる。


8月6が、始まる。




花火が散る。

綺麗な花火を、高いところから見下ろす。

暗い夜空。神社の境内。

にぎやかな街を見下ろし、花火を待つ。

だがきっと、私は花火を見られない。

少し視線を上げるだけで、雲が見えてしまいそうだからだ。

蜘蛛が、視認えてしまいそうだから

花火が上がるまで、皆で持ち寄った手持ち花火を散らす。

静かに三人で花火を見つめる。


「…ねぇ、城紀ちゃん。」


下の屋台で買った狐のお面をつけた手加賀美が、静かに話しかける。


「どうしました?」

「…ごめん、黒金、少し…二人で話したいな。城紀ちゃんと。」

「?うん、いいけど…」


真剣な声の手加賀美。

顔は暗くてよく見えなかったが、どこか強いまなざしをしていたように感じる。

そっと下を見ながら立ち上がり、階段を下りる。

境内を下りると、屋台や明かりが羅列されている。

この町にはこんなに人がいたのかと思うほど、人が多い。


「…鈴木さんもいるのかな。」


どこか、不安を感じる。

人の多いところでは、妖怪があふれ出やすい。

今まで見たこともないような人の波を見ながら、鈴木さんの言葉を思い出す。

笑い声。

話し声。

歓声。


聞きなれた声。

悲鳴。

上から、正しく言うとすれば境内から、悲鳴が聞こえる。

理解せざるを得ない状況。

この声の正体。


「手加賀美!!」


階段を駆け上る。

浴衣で着たせいで上りづらさを感じながら、諦めず階段を上る。


血生臭い匂いが鼻を包みながら、嫌悪感を振り払い、上りきる。



視界の上から、何かが伸びている。

それを説明できない。

断言できない。

このあたりに明かりがないからでも、暗くて視認えないからでもなく、純粋に、ただからだ。

視認えないものを、私は説明できない。

血で染まった形から推測するに、に見えてしまう。

だが、こんな大きさはありえない。

生き物として、なによりありえない。


血生臭い匂いの正体は、人間だった。

見たことのある、見たことしかない。


また、顔が見えない。


手加賀美の胴体に、視認えないソレが刺さっている。

刺されている。

刺されている。

手加賀美に。

刺されている。



紅色の浴衣に、どうしようもない感覚を覚える。


城紀は?城紀が視認えない?

まさか、もう。

もう。


「…ろあね…くごあね…」


呻く手加賀美。

じっくりと、視認えないそれに持ち上げられる彼女の瞳には、血液以外の液体が流れている。

腹部からあふれ出た血液が顔に着きながらも、必死に何かを伝えようとする。


震える足を前に進め、手加賀美の手を握る。

声を聴く。


「…じにだく…ない…よ…」

「し、死なないよ。絶対。絶対。」


ゆっくり持ち上げられる手加賀美の手を必死につかむ。

血が、手に垂れる。


「まだ…花火見てないじゃん…」

「…て…ない…」

「まだ…だめじゃん…」


手を握る。

友達が死にそうでも、私は上を見れない。

震えてしまう。

友達より自分を優先してしまう自分に、苛立つ。

苛立っても何もしない。

ただ、気休めを吐くことしかできない。

曇蜘蛛に、連れていかれる。

「いや、違うよちゃん。」


「…鈴木さん…?」

「そんなに顔ぐしゃぐしゃにしながら泣いて…かわいい顔が台無しだよ?」

「…泣いてなんか…」


ふっと笑うと、鈴木さんは優しく女の子を腕から降ろす。


「…て、手加賀美…?」

「とりあえず血は止めたけど、内臓まで余裕で損傷してる。とりあえず救急車呼んでね。」

「…は、はい。」


必死に救急車を呼びながら、鈴木さんの方を向く。

なんだか、様子が違う。

今までの少しぼーっとしてるような感じじゃなくて、頼れるような…。

呼び方も。


「…あれは、僕たちの言うような曇蜘蛛じゃない。…あれは。ほら、視認てみな。もう対面してるんだ。それに、僕もいる。」


鈴木さんに言われ、そっと、静かに視線を向ける。

それを、視認る。


「…正しく言うなら、あれは蜘蛛守蜘蛛くももりぐも。蜘蛛を守る蜘蛛だよ。」

「…蜘蛛を、守る…」


曇蜘蛛くもりぐもではなく、蜘蛛守蜘蛛くももりぐも


「…なんてのは言葉の綾だ。正しく正しくいうなら、蜘蛛を守るように引っ付いている蜘蛛だ。守るようにってのは、守るふりって意味ね。ほかの妖怪の死骸の後ろに引っ付きながら、人間を捕食する…それがこいつの正体だ。ま、本格的に戦うってなったら、こんな風に視認えるようになるんだけど。」


さっきまでは視認えなかった蜘蛛の体が、鈴木さんが来た瞬間ハッキリと見える。

黒い斑点が体中に浮き出ており、蜘蛛の形を成してはいるが、蜘蛛にはとても視認えない。

体には、女性の顔が何個もある。

不気味な目で、私達を睨む。

大きさも、神社と同等か少し小さいくらいの、巨大なスケールだ。


「女を狙って、顔面の皮を剥ぐ妖怪だ。」

「…なら、なんで私は最初の時、すぐに捕食されなかったんですか?正直、あの距離なら捕食できたはずです。さっきだって、鈴木さんが来なかったら…」

「…そこなんだ。」


蜘蛛とにらみ合いながら、鈴木さんは話し続ける。


「君は、やはり…魅入られるんだ。」

「…魅入られるって…私が何に?」

「君がじゃなくて、奴らがだよ。妖怪さ。なんで君が、妖怪よく遭遇い、視認るのか、ずっと考えてた。だが、今回ではっきりした。」

「黒金ちゃんは、んだ。魅入られやすい、好かれやすい、さらに言うなら選ばれやすいんだ。」

「な、なんでですか?」

「そんなの知らないさ。妖怪の生態は未だによくわかっていないしね。」

でも…と、鈴木さんは続ける。

「神社は好都合だよ。。」


その時、救急車の鳴き声が響き渡る。


「…いっておいで。」

「…はい。」

いってきます。

私は振り返らない。

手加賀美をおぶりながら、救急車に急ぐ。





8月9日。

後日談。

あの後、急いで病院に連れていかれた、連れ去られた手加賀美は一命を取り留めた。

だが、内臓の損傷がひどく、もう水泳はできないと言われたらしい。

手加賀美に、あの日のことを聞いて見た。

だが、覚えていないと、不思議そうに頭をかく。


「なにか、大切ななんかがあったと思うんだけど…」


一方、城紀は。

親にも連絡がなく、あの日から学校にも行っていないらしい。

あの日、2人に何が起きたのかは、もうわからない。

なにも。

何もかも。


私は今日も、彼の、彼らの事務所に向かう。

ドアを開けた瞬間、彼が目に入る。


「…お、舞ちゃ…」


すぐに彼をソファに押し倒す。


「…聞きたいことは山ほどありますけど…」

「…な、なにかな?」






「…ありがとうございました。」

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なきぼっくす じゃじゃうまさん @JAJaUMaSAn

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