第6話 賑やかな食卓を
夕暮れの金色の光が、薬舎の窓をやわらかく染めていた。
外では、木々の葉がカサリと鳴り、鳥たちが巣へ帰っていく。
和井先生とミオは、買い物袋を抱えてリビングへ入った。
一日歩き通しだったのに、2人の顔には不思議と疲れがない。
代わりに、どこか嬉しさと満足が混じった穏やかな笑みがあった。
「和井先生、今日の夕ごはんは何を作りますか?」
ミオが袖をまくりながら聞く。
「今日は、畑で採れた野菜と、街の人が分けてくれた鶏肉を使ってスープを作ろう。」
「わぁ、いいですね!美味しそう!」
ミオの声には弾むような明るさがあった。
「じゃあ先生、私が作ります。先生はソファで休んでてください。」
「いや、一緒に作ろう。その方が早いし、楽しいだろ?」
先生が笑うと、ミオもつられて笑った。
和井先生は袖をまくり、野菜を洗いながら包丁を軽やかに動かす。
トントン……と心地よい音が薬舎に響く。
「先生、料理上手なんですね!」
「そりゃあな。何百年も一人暮らしだぞ?」
ミオはイタズラっぽく口を尖らせる。
「でも先生、竜のときは素材をそのまま“パクッ”ていくんじゃないですか?」
先生は吹き出した。
「はははっ、オレにも食のこだわりくらいあるさ。」
笑い声が弾けて、鍋の中でスープがゆっくり煮立っていく。
ミオは切った野菜を丁寧に鍋へ入れ、チキンを加え、調味料を少しずつ足していく。
薬草の香りが部屋いっぱいに広がり、外の夜気と混ざって心地よい温もりをつくり出していた。
やがて鍋がぐつぐつと音を立て、
ふわりと漂う香ばしい匂いが、2人の空腹を刺激した。
「わぁ〜!美味しそう〜!」
ミオは目を輝かせると、ぐぅ〜とお腹が鳴った。
その音に、2人は顔を見合わせて笑い合う。
「スープができる間に、パンを焼いておいたぞ。」
先生がトースターからパンを取り出しながら言う。
「準備完了!」
テーブルに皿とスープを並べ、2人はそろって座った。
「「いただきます!」」
まずはスープを一口。
ミオの顔が、ぱっと花のように綻んだ。
「先生っ、野菜がすごく甘いです!」
「それは薬舎の裏の畑で育てたやつだ。
土にハーブの灰を混ぜると、甘みが出るんだよ。」
「チキンも柔らかいし、パンと合います!」
「お裾分けしてくれた街の人に感謝だな。」
和井先生も、穏やかに笑った。
薬舎の窓の外では、夜風に鈴の音がかすかに混じっている。
食卓には、まるで家族のような静かなぬくもりが流れていた。
しばらくして、先生がふと真剣な表情になる。
「ミオ、本当に……オレの弟子になる覚悟はあるか?」
ミオもスプーンを置き、まっすぐ先生を見つめた。
「はい。和井先生のように、人を癒やす薬師になりたいです。」
その目の中には、幼い頃からの孤独や悲しみではなく、
小さな希望の灯が確かに宿っていた。
先生は微笑み、グラスの水を一口飲んで言った。
「なら、明日の朝から始めよう。カモミールを使って傷薬を作るぞ。」
「はい、先生!」
食後、ミオは自室に戻り、ふかふかの毛布にくるまった。
初めて持つ“自分の部屋”。
机の上には、新しいノートと羽根ペンが置かれている。
「明日から……薬師デビューかぁ。」
呟きながら、ミオは微笑む。
部屋のヒノキの香りがほのかに漂い、
そのまま静かに、眠りの海へと落ちていった。
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