第4話 来客と和井先生の秘密
カモミール畑で薬の材料を集めたあと、
ミオと和井先生は〈天星薬舎〉へ戻ってきた。
窓辺にはやわらかな朝の光が差し、
瓶の中の星々が淡く瞬いている。
薬棚の奥からは、乾いたハーブと香木の香りが静かに漂っていた。
和井先生は、カウンターの上にミオが拾った星のカケラをそっと置いた。
「よく頑張ったな。初めてにしては、上出来だ。」
「ありがとうございます、先生!」
二人が笑い合った、そのとき――
カラン……と、入り口の鈴が鳴った。
「すみませーん、和井先生はいらっしゃいますか?」
5歳くらいの女の子を連れた婦人が、戸口に立っていた。
「はい、私ですが。どうされました?」
和井先生が穏やかに近づく。
婦人は、やつれた顔で頭を下げた。
「娘が夜になると泣いて眠れなくて……お医者さまにも診ていただいたのですが、原因が分からなくて。街の方に“天星薬舎へ行けばいい”と聞いて、来ました。」
「そうですか。」
和井先生は、静かに頷くと、小瓶を棚から取り出した。
「これを試してみてください。――星の薬です。」
「星の薬……? 本当に、これが……?」
婦人の声が震える。
「ええ。星のカケラを少しだけ溶かしたものです。
心の痛みが静まって、ゆっくり眠れるはずですよ。」
和井先生は、微笑みながら瓶を手渡した。
「ですが……こんな高価なもの、とてもお支払いできません。」
婦人が申し訳なさそうにうつむく。
「お代は結構です。」
和井先生は柔らかく首を振った。
「この薬舎は、街の人々の支えで成り立っています。
だから、オレもその恩返しをしているだけですよ。」
婦人は何度も頭を下げ、娘の手を引いて帰っていった。
鈴の音が、静かな余韻を残して消えた。
「……先生、タダで薬を作ってるんですか?」
ミオは驚いたように目を丸くする。
「そうだよ。」
和井先生は、窓の外を見やりながら微笑んだ。
「この薬舎の建物も、街の人から譲ってもらったものなんだ。
食べ物も、ほとんどが分けてもらったもの。
だからこそ――命の限り、恩を返したい。」
その笑顔には、わずかな翳りが差していた。
「先生は、街の人から愛されてるんですね。」
ミオは、少し寂しそうに言った。
少しの沈黙のあと、ミオが口を開く。
「……先生。竜の心臓の結晶って、どうやって手に入れてるんですか?」
和井先生は、少し目を伏せて答えた。
「それは――オレの心臓の結晶の半分だ。」
「……え?」
静まり返る薬舎の中、先生の声が低く響いた。
「昔、オレが竜として空を守っていた頃、
人間たちは落ちた星のカケラを、金のために奪い合っていた。
オレは、それを許せなくて……怒りのままに、街を焼いた。」
ミオは息を呑んだ。
「その中に、一人の少女がいた。
――“お父さんを返して”と、泣きながらオレを見上げたんだ。」
和井先生の瞳が、どこか遠いものを見ていた。
「その時、ようやく気づいた。
自分が、何を壊してしまったのかを。
それからは、その罪を償うために薬を作っている。
……自分の命を削りながら、ね。」
「命を、削りながら……?」
ミオの声が震える。
「オレの命を他の人に分け与えてるから、
夢に竜のオレの姿が出てくるんだ。」
そして、和井先生は続ける。
「星の薬を作るたびに、心臓の結晶が少しずつ減っていく。
いつか、完全に消えたとき――オレも、星になる。」
ミオの頬を、涙が伝った。
「そんなの……そんなの、嫌です。
先生がいなくなったら、誰が星の薬を作るんですか!」
和井先生は、静かに微笑んでミオの頭を撫でた。
「ミオは優しい子だな。」
「先生、死なないで。
私が……違う形で、星の薬を作ってみせるから!」
その声には、夜の孤独を越えた確かな決意が宿っていた。
――孤児院の塀、冷たい夜風、眠れなかった夜。
そのすべてから救い出してくれたのは、和井先生だった。
今度は、私が先生を救う番だ。
和井先生は、目を見開いた。
そして、静かに微笑む。
「……ありがとな。」
そっとミオの肩に手を置く。
その掌のぬくもりは、悲しみを溶かすように優しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます