歩くメロス〜信じる者が狂気に変わる。友情は、歩き続ける呪い。〜
兒嶌柳大郎
第1話 忘れてないから
新田蓮は、スマホの画面を見つめていた。
仙台に住む幼馴染、相馬拓海から届いた動画メッセージが再生されている。
「高熱が出た。でも、お前とのこと、忘れてないから」
拓海の顔は赤く腫れ、額には汗が滲んでいた。
声はかすれていたが、言葉には妙な確信があった。
蓮は思わず息を呑む。
「……何だよ、これ」
隣で美咲が心配そうに覗き込む。
「拓海くん、風邪かな?」
蓮は首を振る。
「いや……何か、変だ」
その時、テレビから緊急速報の音が鳴った。
画面には「メロス症候群(通称:遊歩病)」という見慣れない言葉が踊っていた。
《感染者は「歩行者」となり、自我を失い、生前最も強い絆を感じていた相手を目指して歩き続けます。接触時には「抱擁」と呼ばれる感染行為が行われ……》
蓮は震える指でスマホを操作し、拓海と共有している位置情報アプリを開いた。
「……嘘だろ」
拓海のアイコンが、仙台から東京へ向かって移動していた。
しかも、時速5km。
まるで歩いているかのような速度で、一直線に蓮の自宅を目指している。
「美咲……あいつ、俺を目指してる」
蓮は呟いた。
拓海との絆が、彼を歩行者に変えたのだ。
蓮は立ち上がり、美咲の手を取った。
「逃げるぞ。今すぐ」
「え? どういうこと?」
「説明してる暇はない。あいつが来る。俺たちを……いや、俺を追って」
蓮は荷物も持たず、車のキーを掴んで玄関へ向かった。
美咲は戸惑いながらも、蓮の必死な様子に押されて後を追う。
エンジンが唸りを上げ、車は夜の東京を西へと走り出した。
後部座席に置いたスマホの画面には、拓海のアイコンが、確実に蓮たちの現在地を追っていた。
蓮はハンドルを握りながら、心の奥底で呟いた。
「俺が親友だったせいで……あいつは、化け物になった」
その横で、美咲は静かにスマホを見つめていた。
画面には、未読のメッセージがひとつ。差出人は、相馬拓海。
次の更新予定
歩くメロス〜信じる者が狂気に変わる。友情は、歩き続ける呪い。〜 兒嶌柳大郎 @kojima_ryutaro
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