第3話 魔王候補その2:シャニ(魔族)

シャニは加藤先輩以外では唯一といっていい、仲の良い相手だ。もちろんあちらの世界でである。


彼女は背が高く、とても大きな暗い赤の羽を持ち、眼光鋭い一重の目で睨まれた相手は必ず凍り付く。一見恐ろしいが、殺戮を厭い、内外問わずトラブルは穏便に済ませる方針で意見が一致する。とてもありがたい。


「魔王様、最近お疲れでしょうか」


シャニは時折気遣ってくれる。魔族とは思いにくかった。しかし、向こうから見れば私だって魔族に見えているからだろう。自分でも何かに姿が映るたびにヒエッと思う。


「シャニにはばれるね」

「わたくしでよければお話を伺いましょう」


シャニはわかりやすく微笑んでくれる。うっかり、全部話してしまいそうになる。


「魔王って交代制だよね」

「権力が長期間ひとりに固まってよいことはあまりありませんから」

「外部からでも良いものなの?」

「欲にまみれた内部のものよりも、そのほうが良いのです。短期にわかりやすく貢献しなければ切られるという緊張感もあります」


そういうものかな、と思って伸びをする。もしかしたら、シャニになら託してもいいかもしれない。


「シャニは魔王になりたいとは思わない?」

「こちらの者が成れるのであれば、成ったとてすぐに座を狙われます。可能であっても、わたくしは命が惜しいのでご免こうむります」


シャニは、それに、と続ける。


「わたくしが、先々代からあなたに至るまでお仕えしている間ずっと『まだるっこしいので人類を早急に絶滅させたい』と本当は願っていても、引き継いだら即座に実行すると知っても、魔王にしたいと思いますか?」

「シャニは穏健派だと思っていたよ」

「それはまあ仕事ですから」


シャニは優雅にほほ笑む。人間に近い情緒だと思ったのが間違いだった。こいつも魔族だ。


「ちなみに、王を弑した場合、あるいは明確な命令に反した場合は、生きているのを後悔する苦痛を明瞭な意識のまま千年味わうという呪いが、わたくしも含めた魔族全員に掛かっております」

「自ら選んだ王でもないのに、愚王だったとしても従うの?」

「わたくしどもはそのようにできております。なお」

「なお?」

「余程のことがあれば、わたくしは千年の苦痛を顧みず弑し奉りますのでお覚悟を」


シャニならやるだろう。やるような気がする。目がこわい。まあ、今そうしていないということは、余程目に余るということではないのだろう。


「わかった。とりあえず、発展のためにせいぜい頑張るよ」

「よろしくお願いいたしますね」



「何考えてるんだアホウ!」


と私をののしったのは、現実世界に戻ったあとの加藤先輩だ。図書館でレポート用の本を見繕うのを手伝ってもらった帰りである。


「シャニは信頼できると思ったんですが」

「魔族に信頼もクソもあるか。仕事の腕は信頼できても内面は魔族でしかないぞ。シャニはできる奴だがそれでもだめだ」


まあ先代の魔王が言うのだからそうなのだろう。シャニは加藤先輩にも仕えていた。


「それで、本当に魔族には引き継げないんですか?魔王なのに」

「引き継ぎしなくてよかったな。できるにはできるらしいが、本当に魔族に引き継ごうとした時点でとんでもない苦痛が来るぞ。」

「ちなみにどんな?」

「膿んで熱を持った足の指を踏みつけにされ、かわるがわるペンチでつねられ、溜まっていく膿を絞ることも許されないような痛みだ。それが全身だ。気絶もできない」


想像したくもない。聞いただけでなんだか痛くなってきた。


「ずいぶん具体的ですね。もしかしてやったことあるんですか?」

「僕の先々代が三秒だけ試したらしい」

「三秒もよくやりましたね」

「それだけ誰かに託したかったんだろう」


そんなのよくも私に押し付けたな。だから勉強までサポートしてくれているのか。助かってもいる。


「水野さんは向いているよ。本当にやめたい?」

「やめたいというより、人間としての人生をこっちで歩みたいですよ」

「なぜ?」


なぜ。そういえばなぜだ。なりたい仕事があったかといえば、具体的にはまだない。


「学生のうちはともかく、職についたら、特に雇用される立場になれば、ほかの人に決められた課題を達成して利益や実績を出すことになるよ」

「まあそうですね」

「魔王とどう違う?なんなら魔王のほうが自分でコントロールできるよ」


まあ、それは、そうなのか?考えてしまう。


「なんてね。いまのはあまり考えなくていいよ。働き方も人生も人それぞれだ。雇用されるだけがすべてじゃないし」

「じゃあなんでそんなこと言うんです」

「魔王やるにしても、このくらいの口車で動揺しちゃだめだよ」

「だから辞めたいんですって」


加藤先輩は笑う。


魔王を辞めたらこの時間がなくなるんだ、というのが惜しくなってしまった。

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