誰か魔王を代わってください!

kei

第1話 加藤先輩と魔王の引き継ぎ

あれはもう、1年半も前のことだ。


私の高校進学のタイミングで、両親が仕事の都合で海外に行くことになってしまった。着いていく選択肢が無いわけれもなかったが、治安の問題もあって私は日本に残ることになった。


「涼子、なにかあったら、何もなくても連絡はしてね」

「電話もメールもするよ。そっちも気を付けてね」


そうして両親は旅立った。


ひとりで帰った、一気に静かになった家。


電気を点け、冷蔵庫を開けると、手料理のタッパーがたくさん入っていて、付箋でひとつずつメッセージがついていて、それがぜんぶ私の好物だったから、少し泣いてしまった。


さて、そんな私の高校生活は、初日の帰りに速攻で平穏から外れてしまったのである。


入学式を終えて、正門の前で撮った写真を母に送り、家までの道を半分くらい過ぎたところの曲がり角。


電信柱の裏に、長身のイケメンが倒れていた。


艷やかな長髪の中から生える黒ぐろと光る角。光沢のあるマント。本物にしか見えない重厚感のある鎧。魔王のようだった。


最近のコスプレはよくできている。


まあ私は善良なので、倒れた人をそのまま捨て置くわけにもいかなかった。


まわりに人もいない。助けを求めるフリをする変質者の可能性も無きにしもあらずなので、少し距離を置いてから声を掛ける。


「あのー、生きてますか?」


うめき声が聞こえた。生きているようでなによりだった。


「返事できますか?」

「その声は、水野涼子さんか?」


なぜこちらを知っている。こちらからは見覚えがなかった。


「どちら様ですかー?」

「加藤和明。中学のとき同じ部活だった」


加藤先輩は線が細かった。顔もまあ整ってはいたが、この人とは似ても似つかない。


「言いたいことはわかる。でも本物だ。花田先生をウーパールーパーみたいで可愛いと言っていただろ」


それは言った。ならばこの人は加藤先輩だろう。


「加藤先輩だとして、救急車呼びますか?」

「救急車はいい。僕は動けない。もし助けてくれるなら、ちょっと手を翳して、こちらが何か言ったら『はい』と言ってくれ」


まあそれだけならタダだ。右手を翳す。


「こうですか?」


加藤先輩らしき人も手を翳す。


「『力を引き継ぐ』」

「『はい』」


光が彼の手から溢れ、私の右手に吸い込まれる。痛みは無いがグイグイと入り込む感じがした。右手を慌てて振っても止まらない。


「これ何なんですか!?」

「引き継ぎだよ。もう止められない」


しばらくすると、すべてを吸い込み終わった。体を見回しても、頭を触っても、特に変化は無さそうだった。


先程の彼は、見覚えのある加藤先輩に変わっていた。眼鏡が似合っている。見ないうちに少し背が伸びたようだ。かなり元気そうで、倒れていたのは仮病だったのかもしれない。


「本当に加藤先輩だったんですね」

「だからそう言っただろう」


なんだか偉そうだ。


「何だったんですか今の」

「魔王の引き継ぎだよ」

「もう少しわかりやすく」


加藤先輩は、少し息を吸い込む。


「水野さんがこの度魔王様に就任あそばされたということ!」

「ハア」

「なんか気が抜けるな」

「無理があるでしょう。さっきの先輩みたいに格好が変わればアレですけど」

「魔王チェンジ、って言ってみて」

「魔王チェンジ?」


光が溢れる。数秒後、視界が少し高くなった。


見下ろすと、先ほどの加藤先輩と意匠の近い鎧。恐る恐る頭を触ると立派な角。


「コスプレは嫌!」

「めちゃくちゃ似合ってるよ?」

「戻してください!」


加藤先輩は笑顔のまま黙る。


「まさかずっとコレですか?」

「戻りたい?」

「当たり前です!」


加藤先輩は、仕方ないなあ、と言って残念そうな顔をする。


「人間チェンジ、って言って!」

「人間チェンジ!」


光が溢れて、元の姿に戻れた。


「なんなんですかその呪文!」

「僕が決めたんじゃないよ」

「だいたい何なんですか『魔王チェンジ』のセンス!」


また光が溢れ、先ほどの姿に戻ってしまう。


「うわああああああ!!」


加藤先輩は愉快そうに大笑いした。



ひとまず人間の姿に戻って説明を受ける。


「水野さんがもう魔王なんだよ」

「だからその魔王ってなんなんです?」

「さっき変身したよね。呪文覚えてる?」

「言いませんよ」


加藤先輩は舌打ちをした。


「魔王って何するんです」

「お、乗り気だね」

「違います。念のためです」

「週末に召喚されて、魔王業をするんだよ」

「報酬は?」

「まかないはあるけど報酬はないよ。そもそも通貨違うし」


いやだ。都の最低賃金は保証してほしい。


「やりません」

「やらないのはいいけど、週に2日は発散しないと勝手に魔王の姿になって、そのうち人間に戻れなくなるよ」

「そんなの押し付けたんですか。返します」

「一度魔王になったら、もうなれないんだなあ」


加藤先輩は嬉しそうに言う。


「詐欺だ!」

「ほかの人に渡せるよ。相手がはいと言えばだけど」

「すぐ渡します!」


加藤先輩は小首をかしげる。なんだか腹が立ってきた。


「でも、変な人に渡すと殺戮を繰り返すよね。向こうの世界でだけど、後味悪いよ」

「私は良いんですか?」

「倒れていた僕に声を掛けてくれただろう。他の人は無視したよ。水野さんで良かった」


イケメンのレイヤーが昼日中から一般道に倒れていたら普通は怖い。避けられて当然だと思った。でもなんだか言いにくい。明日は我が身である。


「できる限りサポートもフォローもするし、勉強もタダで教える。どうかな?」


まあ、それなら、と頷いてしまった。


それから1年半。私は女子高生と魔王の二足のわらじで頑張った。向こうの人間への被害も極力抑えた。


頑張ったが、限界というものは来る。何より、そろそろ受験勉強のシーズンだった。


私は、魔王業の引き継ぎ先を探すことにしたのだった。

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