カスレビ夜の水優魚
秋のやすこ
第1話 出会った瞬間に絶交されることもある
『世界の見方』というのは、人によって様々だ。ある一人が見えている世界と、もう一人が見えている世界は、全くと言っていいほど違うことがある。絶望に身を任せて、時が流れることをただ待つ者。それを否定したくなる者、肯定する者。誰かの世界の見方をどう見るかもまた、人によって変わるものだ。
正解は、無い。
ならば、それについて考えることは無駄なのかもしれない。人には、人の領域があるのだから。
高校に入ってから1年はすぐに過ぎた。友達は多くはできなかったけど、少し話すくらいの人は割とできた。色恋沙汰はなにもなかったけどいい具合に楽しんで学校生活を送っている。
……それにしても、もう2年生かぁ……早いったらありゃしないな。こうしてなにも起きないまま、高校生活は終わっていくのだろうか。
高校卒業した後は、進学か就職か……まだぼんやりも決めてないけど、俺は……
いやいや!こんなことを考えてたってしょうがない!大丈夫さ、大丈夫。
俺は靴箱に靴をしまおうとしたが、おかしい。俺がいつも入れている場所にはすでに黄色のスニーカーが置かれている。どういうことだ?
「んん?」
顔を顰めてスニーカーを眺めていると、廊下の方から声が聞こえた。
「あの……そこは一年の靴箱だと思うんですけど……」
「えっ」
よく見れば、そこは本当に1年生の靴箱だった。そうだった、俺はもう二年なんだ。習慣とは実に恐ろしいな、俺の方が間違えていたのに、正当な行動をしたどこかの1年生の靴に怪訝な顔を向けてしまった。
そして次に問題になるのは……
「あ!え!ああ!すいません!」
めちゃくちゃ恥ずかしいってこと……いやーやっちゃったなぁ……めちゃくちゃ恥ずかしい。自分から目立つのは好きじゃない、こういうことが起こるとすぐ汗が顔を伝うから嫌なんだ。新学期最初のやらかしは『靴箱の場所を間違える』か、恥ずかしい恥ずかしい。
軽くため息を吐きながら2年生の靴箱に自分の靴を入れた。
「お〜油淋鶏さん。顔赤いけど、どしたの〜ん」
「空……」
けどちゃんと接していくと、空は超いいやつなことがわかる。俺がある程度社交性を保てているのは、空がいてくれるからなんだと思う。空を経由して誰かと話すことも多い。
自分から話しかけるって行動は、俺にはとてもハードルが高いことだ。孤立しかけてた俺に話しかけてくれたのは空だった、とてもいいやつだ。
あとなかなかの容姿だ。クルクルしたマッシュヘアーは前髪が長く、若干目が隠れている。彼の普段の顔つきは性格に見合わずどこかミステリアスな雰囲気を醸し出しているが、誰かと話したりするとその雰囲気はすぐに消え去る。しかし、あの雰囲気が故に多少クセが強くても違和感を感じ得ないのかもしれない。
「おはよう…空」
「おはは〜。んでんで〜?そのお顔はどしたのん?」
興味津々に俺の顔をのぞいてくる空。近い近い、髪が俺の顔に当たってる。
「靴箱間違えちゃってさ」
「あちゃちゃ〜油淋鶏さん。それはやっちょったねぇ」
「そうそう……やっちょった」
「でもいいじゃない〜。2年生の中で1番早く後輩さんと関われたよ〜」
「関われたに入んのかはわからないけど」
「油淋鶏さん。人間さんなんて1度でも話しちゃえばもう交友関係は始まってしまうんだすよ〜?」
「たしかに。そうかもなぁ」
まぁどんな出会いであれ、1回話せばもう関係は始まっちゃうか。たしかにそんな気もするな。相手が拒まない限りは、関係を続けられるようにしたいな。
……仲良くなった後に相手に拒まれたら、俺はどうしたらいいんだろう。
「それはそうと油淋鶏さん〜見てちょうよこれ〜」
「な、なに?」
「お風呂入ったんだけど〜なぜかここだけピンって跳ねてるの治らんの〜」
急に肩を掴んでしゃがむと、目線に合うように空はしゃがんだ。意外と身長でかいんだよな空って、俺が170ちょいだから……180くらいはあるのかな。
空は俺に頭頂部を見せた。頭頂部には、少しの毛束が上に跳ねている。これは、アホ毛というやつか。現実でここまでアニメみたいに跳ねてることあるんだ。
「おーすげぇ。アホ毛だ」
「そうなのよ〜僕ちの髪〜〜」
「結構似合ってるよ」
「そう〜〜?油淋鶏さんが言うならずっとこれにしよ〜〜っと」
なんか喜んでもらえた。よかったよかった。まだまだ朝礼まで時間あるけど、そろそろ教室に向かうか。そういえばクラス替えもあるな、せっかく話せるようになった人もいたのに、離れちゃうかもしれないのか。また孤立しそう。
『
3階には所々にクラス分けの紙が貼られていた。俺は人が集まっていない目立たない紙に近づいて自分の名前を探した。俺の名前は……2組か、2組にあった。2年2組という響きはなんだか聴き心地がいい。お!しかも22番!2年2組22番か、2222!なんだかラッキーな感じがする。
「油淋鶏さん!僕ちたち同じ組だすよ〜〜!」
あ、本当だ。空もいる。よかった、これで完全に孤立することは無さそうだ。空がいるのといないのとじゃ、俺の生活は変わってくる。
「ほんとだ……はぁーよかった……」
「なんですか油淋鶏さん。僕ちがいないと寂しいかい〜?」
「まぁね」
実際、空が教室にいるのといないのとじゃ賑やかさが段違いだ。誰にでも好かれる彼は、どんなことをすれば人が喜ぶのかをよくわかってる。だから優しいんだ。優しいのと関係があるのかはわからないが、すごいなと思ったエピソードがある。雨の日霧高は玄関付近にクラスごとに傘入れを置く。大勢が使うものだから当然傘の位置はバラバラになるし、傘の置き方に規律なんてものはない。空は授業が終わるとわざわざ玄関まで行って、ただ黙々と傘の位置を綺麗にしていた。
優しいというか気遣いというか、俺は空のことを優しいと表現しているけど、また別の性格な気がする。なんだか、善性を大いに含んだ常識はずれというか。まぁ、優しいやつだ。
教室の中は、生徒がチラホラいる程度でまだ集まりきっていなかった。黒板には席順が書かれた紙が貼られている。
「あ〜席はちょびっと遠いね。油淋鶏さんは窓側だ。僕ちは廊下側だねん」
席は番号順じゃなく、先生側がランダムで決めたようだった。俺は後ろの窓側、空は前の廊下側。見事に対角線上に離れている。席は2列、黒板を見る形で表すと、左側が女子、右側が男子だ。窓側の女子は羨ましい、誰にも邪魔されずいつでも窓を眺められる。俺の席からも全然見えるけど、人が視界に入るのは嫌だ。
「まぁまぁいいのよ!僕ちが構いに行っちょいも〜す」
「いつでもどーぞー」
軽く笑い合って、俺は自分の席へ向かった。空は席につくや否や、同じクラスだった人に話しかけられていた。相変わらず人気者である。しかしそういうところを見ると、空は他にたくさん仲がいい人がいて、俺のことだけを優先的に見れるわけじゃないんだよなと思う。俺は空の存在を大きく思っているけど、空は多分、そんなことはないんだと思う。人を蔑ろにするようなやつじゃないからこそ、なんだか悲しくなる。
まぁそんなことみんな考えてることだろう。みんな誰かの一番になりたいのは当たり前だ。ナンバーワンであり、オンリーワンでもありたいものだ。
……俺も心機一転!自分から話しかけて、友達増やすぞ。まずは隣からだな。
俺の隣の女子は窓を開けて、桜の花びらが風によって散っていき、それが空へ舞っていく様子をただじっと頬杖をついて眺めていた。窓から風が入ると、風がそっと撫でるように彼女の長い黒髪を揺らした。ずっと外を見ているから顔は見えないけど、俺は雰囲気だけを感じて、話しかけようと思った。
別に女子でも男子でもどっちでもよかった。どちらにしても、話しかけやすそうで、俺のことを受け入れてくれれば、それで。
そう、それだけでよかったんだが。俺が「あの」と声をかけても返ってくるのは、いや、実際には何も返ってきていないが、返ってきたのは俺の右耳側で聞こえる空たちの声だけ。
これは、無視か?それはまだ判断が早すぎる。多分、聞こえていなかっただけだ。もう1度すればいいんだ。そうだ、挨拶は1回だけなんて誰が決めた?
「あの〜……」
「……」
「あ……あの!」
「……」
これは、無視だ。これを判断するには十分だ。流石に聞こえていないってことはないはず。この場合は、一体どうするべきだろう?
「火川さん?」
俺はわざわざ黒板まで行って自分の隣の席の人間の名前を確認して、席に戻って、名前を呼んだ。この人の名前は
次に、火川さんはこちらに顔を向けた。それを見ただけで俺は、なにか危機感のような焦りを感じた。氷のように冷たい視線だ。初めて見た火川さんの第一印象は……目付きわっっる!!!
「なんなの、さっきから」
やっと届いた俺の言葉は、そんな言葉で返された。俺の方へ向けた火川さんの目は、明らかに嫌悪感を抱いている目だ。こんな目をされたのは初めてだ。殺気?殺気ではない、ただ好意的な目では絶対にない。声色も、無機質というかなんというか、そんなに俺のことが嫌いなのだろうか。
「いや。席隣だから、これからよろしくって……」
「そう。じゃあこの会話であなたとは絶交したからもう話しかけないで」
話しかけた俺が悪いのだろうか。鋭い眼光は、俺の心に突き刺さった。痛い。火川さんはそのまま、さっきと同じように窓の外を眺めている。俺と話したことなんて、すでに忘れていそうだ。
俺は口を開いたまま、どこを見ればいいかもわからず天井に目をやった。すると空が俺の肩に手を置いて、神妙な面をつけながら俺を廊下の方へ連れさせた。
カスレビ夜の水優魚 秋のやすこ @yasuko88
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