第25話 地図にないパビリオン
午後はFブロックかGブロックだなと考えてG線の広場に来たが人が多い。特に健康スポーツ館あたりは混雑気味だ。健スポ館の隣の集英社館も、見た目が奇抜だから記念写真を撮る人がたくさんいる。スリランカ館前の涅槃像で写真を撮る人も見かける。まだ見ていないパビリオンがたくさんあるけれど、こうやって漠然と万博の風景を眺めているのも面白い。
Gブロックにある東の回廊光のガレリアにはまだ入ってないな、と思って入ってみた。風のガレリアは休憩所にちょっと売店がある感じだけど、光のガレリアにはパピルスプラザというがっつりしたショッピングプラザがあった。土産屋以外にレストランもある。アービーズというローストビーフサンドイッチのお店が目についた。サンドイッチというけれど、見た目は丸いバンズに肉をはさんだバーガーみたいなのだ。明日のお昼はあそこで食べてみよう。
お土産はどうしようかなあ、家と佐々木鉄工と図書館愛好会のみんなには買うことにしよう。クッキーだな。軽いし暑くても溶けない。最終日に余ったお金で……ってお金余るかなあ。今日は夕飯とバス代が浮いたから多少余るかもしれない。ものすごく余ったらアホザルにもオマケで買ってもいい。
のんびり歩いてFブロックへ行く。観覧車の前にWTO館というパビリオンがある。世界観光機関のパビリオンらしい。何やってるとこかよくわからない。観光というからには世界各国の観光地の紹介だったりするのかしら? 入ってみると世界観光機関の事業の紹介が主だった。そしていろんな国のパンフレットがいっぱいあった。じっくり見ると面白いかもしれないが、ここはもういいや、と思って外に出て、これまで目に止まらなかった小さなパビリオンに気づいた。
人があまりいない寂しいそのパビリオンには南太平洋館と書いてある。私が今持っている会場マップにはその名前がなかった。精密な大きなマップには名があるのだろうけど。全く並ばなくていいからどんどん入ってみる。スタッフは一人いるけど暇そうだ。小さなブースがいくつかあって、それぞれのブースにはカヌーや織物や小さな彫刻や籠などが展示されていた。こういうかたちで籠一つを小さなブースに展示してひっそりと「国際科学技術博覧会」に参加する国もあるのだと思うと、胸が痛くなるような気がした。これは忘れてはいけない展示だ。私は南太平洋館をずっと覚えておきたい。この小さなブースはそれぞれの国にとってささやかだけど経済的な痛みを伴う重い一歩なのだろうと思ったら息苦しくなった。これもまた科学万博のひとつの要素なのだろう。
カヌーだってあの洗練された形になるまでには多くの試行錯誤があっただろう。カヌーをくり抜くための道具を作り、その道具で少しずつ木を削りカヌーの形を作ってゆく人の手を想像すると身体が熱くなるような気がした。カヌーは間違いなく技術によって作られている。だから「国際科学技術博覧会」にカヌーがあるのは正しいことだ。
南太平洋館に参加しているのはパプアニューギニア、トンガ、フィジー、そこまではどこにあるかどんな国なのか頭に浮かぶけれど、キリバス、ツバル、西サモア、ソロモン諸島、ナウル、バヌアツとなると全くわからない。私にとっては世界地図の太平洋の小さな点だ。その小さな点の上にそれぞれ歴史があってそれぞれ人生があってその結果ここに籠やカヌーがあるのだと思ったら、頭がくらくらしてきた。知恵熱が出そうだ。
この小さなパビリオンにも売店はあって、アクセサリーやコースターが売られていた。どうしてかわからないけど、私は魚が刻まれた記念メダルを衝動買いしてしまった。お金ないのに。知恵熱のせいにしておこう。
Fブロックにはアフリカ諸国共同館があって、経済的には南太平洋館と似たかよったかかアフリカのほうが苦しいくらいじゃないかと思うが、私は世界情勢に詳しいわけじゃない。アフリカ諸国共同館には貧しさよりパワーを感じた。アフリカ館は何はなくとも色が派手だし、太鼓のパフォーマンスも楽しげだった。南太平洋館には貧しさも感じたけど、淡い郷愁のようなものを感じた。折口信夫の説に南方起源説ってあったね、オカルトに近いとは思うけど。南方の海は懐かしい。私は太平洋のはしっこにある日本という島国の海辺で生まれ育った。御前崎の灯台から見える丸い水平線を見て、この海は太平洋の小さな島まで続くのだと思ったことを思い出す。
指に刺さった小さなトゲのような思いを抱いて、私は南太平洋館を出た。カハクくんとの約束の時間までまだ二時間あるが、大きな企業パビリオンを見る気にならなくて星丸ランドに行った。星丸ランドは小さな遊園地でこどもたちが遊んでいる。ジェットコースターみたいなのは私も乗りたいけど、ここはあくまでこどもたちのための場所だろう。ぼけっと遊園地を眺めていた私は、ふとメグに電話しようと思った。家には一応毎日電話する約束をしていて、昨夜もキャンプ場の公衆電話から電話したけど、メグにはまだ電話してない。もう夕方だからメグはたぶん家にいるだろう。
「もしもし、メグさんいらっしゃいますか」
「ささほ? 私よ私。万博はどう?」
私は、南太平洋館で胸が痛くなった話とカハクくんの話をした。
「あの三人組の一人? もしかしてメガネかけてたやつ?」
メグ、なんでそんなに記憶力がいいの? 人の顔を覚えられないたちの私には不思議でたまらない。
「あいつあんた目当てで声かけたんだと思うよ」
「それはないでしょ、チョコのほうが可愛いじゃん。何を根拠に」
「あいつあんたのお尻をちらちら見てたもん。あんた案外アホだから気づかなかったんでしょ」
「確かに気づかなかったけれども」
「じゃあねぇって別れたあとなんか振り向いてまでお尻見てたわよ」
「なぜメグはそこまで観察できるの……? そしてなぜお尻……」
「あんたのお尻、プリプリして可愛いのよ、胸はないけど。いつもジーンズだから余計にお尻がプリプリ」
メグまで失礼なことを言う。胸はね、カップの小さいブラでつぶしてるからないんだよ。どっちかというと胸要らない。でも、お尻……「お尻が可愛い」とカハクくんが言ったと聞いてしまったことを思い出す。そういえば、アホザルもお尻ばっかり狙うのだった。私の価値はお尻にあるのか? それはかなり嫌だ。
「約束したんならごはんはありがたくおごってもらいなさい。でも気をつけてね」
「うん」
電話を切って、ぽっちゃん湖を渡るぴょんぴょん橋を歩き、Aブロックに着く。万博のネーミングセンスにツッコむ気も起きない。お尻のことは忘れておこう。私はアメリカ館に行きお絵描きロボットを眺めた。
「このロボットは写真を元に絵を描いたり、プログラム通りに絵を再現したりするのではなく、ロボット自身が考えて描いてゆくのですヨ!」
お兄さんの説明は今日も調子が良い。お絵描きロボットのアームはキビキビと予測不能の動きをして、抽象的線画を描いてゆく。
「一時間くらいロボットを見てますネ? 大丈夫ですカ?」
眺めていすぎて、アメリカ館のお兄さんに心配された。
★★★
南太平洋諸国館が正しい名前です。大きな万博マップには名前がありますが、いまネットで検索して出てくる会場マップには記載のないものがほとんどです。カヌーや籠はすべて私の記憶を元に書いたので記憶違いがあるかもしれません。魚のメダルは検索してみたらヤフオクで売られた痕跡がありました。でももう売れたのか出品をやめたのかもう売られてなくて値段は不明。たぶん500円以下。
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