第24話 万博の魔力

 ぜーはーぜーはー。私はいま、自分を「目的地に到着し休息するもの」として再定義します。しんどいので椅子に座る。くるま館の列はまだ短い。20分待ちである。20分なんて待つうちに入らん。


 くるま館のスペースハイウェイを行くのはスペースライダーという緑色の乗り物だった。四人乗りらしいので私はどうなるのかと思ったけど、男の子を連れた母親とおばあちゃんと私の四人で乗ることになった。親子連れとおばあちゃんは他人である。おばあちゃんいわく「私、一人旅の72歳なのよ」。いいなあ、私もそういう72歳になりたい。考えてみたらおばあちゃんもここまで走ったんだよねえ、私そんなタフな72歳になれるだろうか。


 車がゆっくり動き出す。ビューッて走るわけじゃないのね。クラフトワークの「アウトバーン」みたいに優雅に速度制限なし! は無理か、ここはアウトバーンでもニュルブルクリンクでもない屋内だった。リニアモーターカーは屋外だけどあれも端から見たらノロすぎたな。あれじゃ田舎の男子高校生の自転車のほうが速い。なんて思ってたらスペースライダーはパビリオンの外に出た。あれ、外走るの? と思ったがそれも違った。円筒型のくるま館の外壁を登ってゆく螺旋状のチューブがあった、あそこを通っているんだ。速くはないけど着実に高所に登ってゆく。スーパーゴンドラゴンほどではないけど高い。


「これはいい眺めですね」


 おばあちゃんに話しかけると、


「ほんとにいい眺めね。大阪万博の自動車館より進歩してるわ」

「大阪万博に行ったんですか?」

「ええ。大阪万博に行ったけどあまり見られないうちに終わってしまった。どうしてもまた万博に来たかったの。万博って何度来てもいいものね」


 万博がいいものか私にはまだわからない。でも確かに万博には魔の誘引力があるような気がする。万博の魔力。魔の山つくば。パビリオンの待ち時間は退屈過ぎて引き伸ばされ、パビリオン内の時間は濃密過ぎて引き伸ばされ、時間感覚が狂いに狂ってゆく。 


 車はやがてパビリオンのてっぺん近くまできた。これで終わりか戻るのかと思ったがまた予想を裏切って、車はパビリオン内に入ってゆく。今度は映像だ。自然の中を走り抜けてく自動車だね。実際に乗っているスペースライダーは遅いけど、ドライブ映像は疾走感があって楽しかった。スペースハイウェイは楽しかったよとチョコに話そう。


 スペースライダーを降りておばあちゃんと未来の車を見て回った。さっき一緒に乗った小学生の男の子は大興奮である。スーパーカーブームは終わったと思うけどブーム関係なく男の子ってこういうの好きだね。カーテックプラザでは産業ロボットが溶接をしていてびっくりした。そうか、ロボットって溶接ができるんだ。派手な火花はなく小さな火花だったけれど、それは確かに溶接の火花で、トーチを操るアームは無駄なくきっぱりと動いた。


 おばあちゃんはくるま館のあと三菱未来館に並ぶという。鉄鋼館に並ぶつもりの私とは別な道だ。「がんばってね、あなたはきっと次の万博にもそのまた次の万博にも行ける」という不思議な別れの言葉をもらい、私は鉄鋼館にゆく。


 鉄鋼館は鉄塔や鉄パイプやワイヤーなどの鉄がそのまま見学できる建物で、青空を映す壁は遠目にブルーシートみたいで、完成しているのに工事中のように見えた。こういうのかっこいい。列は二時間待ち。待って入って中を見たらお昼だな。椅子を出して座り、火浦功の『スターライト☆だんでぃ』を開く。列に並ぶ時間は読書には向かない。でもオードリーが言ったように、頭をからっぽにして読める本なら大丈夫。『スターライト☆だんでぃ』は思った通り頭をアホにして読む本でバカバカしい。でも誤算がありましたね、鉄鋼館に入る前に読み終わっちゃった。とはいえもうすぐ鉄鋼館に入れる。


 鉄鋼館でもグレーの3Dメガネを渡された。立体映像にもだいぶ慣れた。もう驚かない。と、このときは思っていた。うん。鉄と人間の歴史を学ぶ映像のときもまだそう思っていた。でもさ、ボールがまるで私の顔面狙ったみたいに飛んでくるの、不意打ちじゃない? 避けるよ! いや、相手は映像だから避けようがないよ! 驚くよ! なんで鉄鋼館でサッカーボールが飛んでくるの! すごかった。もう一度見たいレベル。理屈じゃない。


 鉄鋼館は展示ホールも面白かった。重さ33.6kgだという隕鉄はレプリカだけど、あんなの空から落ちてきたら恐ろしいというのはわかった。それと磁性流体っていうの初めて見た。鉄が流れ踊り弾けてまた戻る、いつまでも見ていられそう。動く金属に心はなくてそのうわべは跳ね踊る。萩原朔太郎の「静物のこころは怒り、そのうはべは哀しむ」を真似したけどなんか違うな? 私の他にもアホみたいにずっと見ている人がいた。なんか癖になるんだよ。でもそろそろお腹が空いてきたので鉄鋼館を出る。


 魔界都市〈つくば〉は魔界都市らしく、各国の料理や宇宙食っぽい謎の料理が食べられる。コズミック・スナックのことを思うと宇宙食っぽいのは遠慮したい。ものによるけどカロリーメイトとさほど変わらないのでは? 何より私は今、熱烈に野菜を食べたい。野菜はどこだ。実も芋も食べられないポマトじゃなくてレタスやトマトのような野菜が食べたい。そう思って風のガレリアに行ったら普通の野菜サンドイッチがあった。こういうのでいいんだよ。サンドイッチを買ってカハクくんはどこだろうと探すと、コスモ星丸グッズの売り子をしていた。お仕事中だからサクッといこう。


「こんちは、今日は昨日より遅くて大丈夫だからokだよ」

「晩ごはん食べないでおいでよ、おごるから」


 やった、夕食代も浮いた。


「万博閉門後に西ゲートを出たところで待ってるけど、それでいい?」

「南ゲートのほうがいいかな、従業員の駐車場南なんだよ」

「じゃあ南ゲートで待ってるね」


 手を振ってカハクくんに背を向けて歩き出したら、後ろで声がした。


「お、ナンパ成功したのか?」

「ナンパじゃないよ」


 カハクくん、誰と喋っているのでしょうか。好奇心に抗えず振り返る。カハクくんと同じ制服を着た人が台車に商品を乗せて持ってきたところだった。この顔は印象が強いから覚えてるぞ、三人組の豚の人だ。猪悟能っぽいからゴノウくんと呼ぶことにしておこう。私は聞いてないふりしてコスモ星丸うちわの後ろに隠れた。


「ナンパじゃなきゃなんなんだ。おまえ、あの子のお尻が可愛いって言ってたじゃないか」

「それだけが理由じゃないよ。あの子一人旅なんだよ、まだ16歳なのに」

「まあおまえにしちゃがんばったな」


 お尻が可愛いって何……なんかお尻の肉切除したくなってきたよ。しょんぼりしつつ風のガレリアを出て気づいた。カハクくんって魔の山つくばの住人じゃん。怖い怖い。魔の山つくばに取り込まれないようにしなくっちゃ。


 ★★★


 ささほは車について詳しいわけではなく、ニュルブルクリンクを知っているのは高齋正のSF短編「ニュルブルクリンクに陽は落ちて」が好きだから。スーパーカーブームは1980年ころには終息しており、ささほにとっては「小学生のころ流行った」というイメージ。


 ポマトはテーマ館にありました。ポテトとトマトを無理やり交配したものです。ささほが言うように実も芋も食べられません。

 

 つくば万博の業務用駐車場は東西南北すべてにあるのですが、西ゲートと差異を出したくて南にしました。カハクくんの職場は西ゲートに近いのに歩かせてごめんね。

 

 西遊記三人、猿と河童と豚が揃いました。猿は静岡の鉄工場におります。ささほは三蔵法師ではないので(名前はなんとなく似てるけど偶然)三人引き連れて天竺を目指したりはしません。

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