第10話 未来と古代を行き来して

 三菱未来館の建物は鏡だらけでギラギラしている。パンフレットを見たら顧問として小松左京の名があって、金もないのに見に行った映画『さよならジュピター』のことが脳裏をよぎり、一瞬嫌な予感がした。端的にいうと駄作映画だったので。三菱未来館は「ここに立つだけで未来人の気分」なんて謳われていたけど、未来人は未来のものを見ても驚かないと思う。明るいエントランスで私は言葉にできない違和感を覚えた。でも一時間半並んだのだから楽しまなくては。


 ちょっとしたアニメを見てから「みつびし21」と書かれた五十人乗りの乗り物に乗り込む。遊園地の乗り物みたいで面白い。ゆっくり動き出した「みつびし21」は真っすぐ動くのではなくほんの少しずつ上昇してゆく。映像はまず生命の誕生と進化、それからいくつもの五角形や六角形でできた奇妙なスクリーンに動物の絵が次々に映し出され、その次は海底の風景。 


 盛りだくさんにいろいろなものを見せられるけど宇宙はまだかと思ったころ、やっとロケットと宇宙ステーションが出てきた。2030年の宇宙ステーションという設定。オードリーが好きそうなSFの宇宙ステーションとはちょっと違うな。ソ連のサリュートみたいな現実の宇宙ステーションは狭くて居心地が悪そうだが、2030年の宇宙ステーションは本当にあんなに快適になるのだろうか。そのころ私は還暦過ぎてるなあ。


 「みつびし21」はゆっくり下降している。映像が変わって目の前が宇宙になった。流れ星、ハレー彗星、宇宙だよ、こういうのだよこういうのが見たいんだ。「空にあるものはみんないい」って稲垣足穂も言ってる。やがて青い地球が見えてきて短い宇宙の旅はおしまい。


「みつびし21」を降りて、他の展示物を見るために移動する。


「面白かったね」と私。

「宇宙の映像はいいわよね」とメグ。

「海底の景色もよかったです」とタナカ。


 チョコはにこにこ機嫌よさそうに、


「私気づいたのです! 今乗ったのも観覧車なのです!」


 え、そうだっけ? そのへんにいるコンパニオンに尋ねると、本当に「みつびし21」は一種の観覧車だった。パビリオン内にあると観覧車だってことがわかりにくいが、考えてみれば真っすぐ進むのでも曲がるのでもなく上昇したり下降したりしたよな。


 三菱未来館の片隅には『さよならジュピター』のセットが展示してあったけど、見なかったことにして冷房の効いたパビリオンを出る。夏の熱気が襲ってきて私たち(メグを除く)は立ち止まった。なぜかって? 温度差によりメガネが曇ったからである。メガネを拭き拭きして、講談社ブレインハウスの列の最後尾を見る。


「二時間待ち?!」

「さっきより伸びてるじゃないの」

「どうしましょう」

「もう並びたくないのです」


 私も並びたくない。午後二時過ぎの炎天下。他のパビリオンの最後尾の札を見ると最短で二時間待ち、長いのは三時間待ちだ。はっきり言葉にしないまでも、講談社ブレインハウスとこのあたりの人気パビリオンは諦めようという気分をみんなが共有し、とぼとぼと歩く。歩くのはいいけどどこに行くの? このぶんじゃ他も混んでる。エキスポセンターのプラネタリウムも混んでいるだろうなあ。


「Gブロックに行きませんか。集英社館があります。ささほさんのお父さんオススメのサントリーも」


 誰もタナカに反対せず、Gブロックに行くことになった。


 あちこちに点在する売店やモニュメントを見ながらだらだら歩く。GブロックのG線の広場に来たときは三時を回っていた。G線……ここでアリアを歌えというのか。メグとタナカがカメラフィルムを買うというので、私とチョコはスリランカ館の前にあるバカバカしいほど大きな涅槃像にもたれて待った。寝釈迦の頭に登ってる子どもがいる。こらこら不敬だぞ。私もちょっと登りたい。チョコは目を離すと登りかねん。


 寝釈迦にもたれかかったままあたりを眺める。バーミヤンにでもありそうな磨崖仏とインカっぽい石像を合成したような集英社館、NECの巨大パラボラアンテナ、白い巨大テントのような燦鳥(サントリー)館、万博会場はどこもカオスだけれど、Gブロックはごった煮感がすごい。


 メグとタナカが買物を済ませてきた。みんななんとなく集英社館を見る。気になるよね、見るからに変だもの。変わった建築物ばかりの万博会場の中でも際立って変てこりんだ。ニュースで万博会場を映すときも、この集英社館の建物は異彩を放っていた。最後尾の待ち時間は45分。三時間待ちという数字を見てきた私たちには、この待ち時間がとても短いものに思えた。


「集英社館行こっか」


 最初から集英社館に行くと決めていたかのように、私たちは集英社館の列に並んだ。未来の次は古代、いや超古代文明ってやつ? 学研『ムー』の世界だ。


「インカとオルメカは違うのです、ささほさん。インカは南アメリカの古代文明で、オルメカはメキシコの古代文明なのです」


 パンフレットをもらってきたチョコが解説する。集英社館の下の方にあるインカっぽい石の顔はオルメカ文明のものだそうな。ああいうのまとめてインカだと思ってたわ。私には「太陽の帝国インカ超古代文明の謎!」なんて惹句の『ムー』を読んだ程度の知識しかない。オルメカ文明のものだという巨大な石の顔はインカ特集の『ムー』で見た記憶があるが、なにしろ『ムー』だからね。『ムー』に書いてあることを信じちゃいけません。


「アステカ文明というのもありますね」

「アステカもメキシコですがアステカより古いのがオルメカなのです」 

「ささほ、チョコが話してること全部パンフレットの受け売りよ」


 チョコは博識だなと感心する私にメグが言った。 


「なあんだ。じゃあチョコ、マヤ文明はどこ?」

「わかんないのです……」

「マヤ文明は中米ですね。豊田有恒の『パチャカマに落ちる陽』の解説で読みました」

「タナカもあれ読んだの? 『パチャカマに落ちる陽』いいよね。泣ける」

「泣けますよねぇ。山田ミネコの絵で少女マンガ化してほしいです」


 おしゃべりしていれば45分間なんて短いものだ。何文明だかわからないいろんな古代遺跡のレプリカが鎮座する珍奇な空間に、私たちは吸い込まれていった。



 ……………



「うーん」と私。

「微妙」とメグ。

「………」チョコは無言。

「本当に疑問符ばかりでしたね」と比較的まともな感想を述べるタナカ。


 ナスカの空撮、エジプトのピラミッド、オルメカの巨石人頭像とピラミッド(オルメカにもピラミッドがあるんだ)など、古代遺跡をどっさり見せてくれる映像は悪くない。繰り返す。映像は悪くない。でもナレーションとテロップが、中島梓が書いていた通り本当に疑問符ばかりだったのだ。


「われわれはどこから来たのか」

「われわれは何者か」

「われわれはどこに行くのか」


 ゴーギャンの絵のタイトルかよ。集英社じゃなくて『ムー』の学研に作らせて、テレビのオカルト番組みたいに「驚愕!ブラックメンは超古代文明の生き残りだった!」 ってやってくれたら楽しかったのに。でもここが「科学」万博である以上、そんな大ボラは吹けっこないか。 


 ナレーションは疑問符ばかりだったけれど集英社館の外観が異様で面白いという事実は変わらないので、私たちは集英社館の前で記念写真を撮った。


 さて、われわれは今からどこに行きましょうか。



 ★★★



 Gブロックの巨大な涅槃像はスリランカ館のもの。その涅槃像はいま会津若松市の「祈りの郷会津村」にあり、なぜか金ピカに生まれ変わっています。万博に展示されていたときは白でした。


ナビタイムトラベル 祈りの郷会津村

https://travel.navitime.com/ja/area/jp/spot/02301-t10537/

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