第9話 回る客席、歌う行列
日立グループ館といばらき館は隣り合っている。いばらき館前では、11時から配布する整理券目当ての人々が長い列を作っていた。
「いばらき館に入るのは無理かもしれないわね」
「そうですねメグさん。いばらき館はあきらめて、午後はBブロックの三菱未来館と講談社ブレインハウスに行きましょうか」
「三菱未来館も混んでそうなのです。昨日ずいぶん並んでたのです」
午後の行動方針を軽く決めて、日立館に入る。予約してあると楽だ。かといって全部のパビリオンが予約制だと臨機応変な対応ができないから、一部のパビリオンだけが予約制なくらいがちょうどいいのかもしれない。
コンパニオンの案内で二階のインターフェース・シアターに行く。ここでもグレーの偏光メガネを受け取り、この円形劇場は客席が動くのだと説明を受ける。メガネは最後の劇場で使えとのこと。
最初はレーザーグラフィックショーで派手な光が飛び交う。おお綺麗だと感心してるとすぐ終わって客席が動き始め、人々がざわめく。これはなかなか面白い。次は犬と猫のロボットが出てきて歌って踊る。メグが好きそうなショーだ。もうちょっと見ていたいと思うタイミングでまた客席が動き出し、今度はアニメが映し出された。いかにも未来! って感じのやつ。でも私は知っている、こういうの十年二十年経つと古臭くなるんだ。二十年前のSFマガジンに載ってる未来の絵は笑っちゃうほど古い。古いのは古いので味はある。それに古くならない絵もある。古くなる絵と古くならない絵の違いは今生きてる私たちにはわからないんだ。
最後の劇場は立体映像なのでメガネをかける。客席が動くのにも慣れてきた。画面には最新のCGで描かれた星が光る宇宙。これはいい。手を伸ばしたらさわれそうという映像ではないが、スペースオペラやテレビで見たスター・ウォーズの世界だ。オードリーこういうの絶対に好きだよなあ、オードリーの愛読書『赤い惑星の少年』や『宇宙の戦士』を思い出す。私は、本質は向日的なハインラインより絶望一回抜けて明るくなったようなキャプテン・フューチャーが好きだが……なんて考えていたらあっという間に終わった。短い。もう少し見せろ。文句を言ってももう一度見るためにはもう一度予約をとらなくてはならない。名残惜しいが席を立つ。
一階に案内されてまだまだ見るものがあると知る。ロボットが彫刻をするロボット工芸コーナーと電子写真館というのがあって、タナカとメグが電子写真館にはまりこんだ。タナカは世界名所巡りみたいな画像と自分を合成してメグに写真を撮ってもらい、メグは原辰徳と野球をする写真をタナカに撮ってもらっている。タナカもこういうところだと被写体になりたいらしい。飽きもせずお互いを撮り合うカメラマン二人に呆れた私とチョコは、ロボット工芸コーナーを見に行った。
ロボット工芸コーナーではロボットが氷を彫刻していた。ターンテーブルを挟んで向かい合う二本のアームが動き、アームの先についたカッターが精緻に氷を刻み、氷を飛び散らせる。これは綺麗だ。出来上がってゆくのは猫でレーザーで派手に光っているけど、猫よりアームの動きと飛び散る氷のほうが綺麗だ。ずっと見ていられそうだ。NHK教育でやるような、工芸職人の熟練の技を見せる番組があるじゃん、寄木細工や江戸切子を作る過程を見せるやつ、私ああいうのすごく好きなんだよ。ロボットアームの正確さは熟練の正確さとは違うんだろうけど、でもこういうの好き。
「ささほ、もう次に行くわよ」
ようやく撮影に満足したらしいメグとタナカがきた。私まだロボット見てたいんだが仕方ない。日立グループ館を出るとちょうどお昼どきだった。私はハンバーガーを食べたいのだが、メグは文句言いそうだ。おのおの好きなものを買ってきて一緒に食べたらいいのではと思い、提案したらみんな賛成した。
私とタナカはアメリカ館に行った。私はハンバーガーを注文。田舎之女子高周辺にはハンバーガー屋がないから私はこういうアメリカンな食事に憧れがあるんだ。タナカは何やらキョロキョロしている。
「カッコいいお兄さんはどこですか」
「スタッフなんだから売店じゃなくてパビリオンの中にいるよ。アメリカ館は混んでなくていつでも行けるから、今はごはん買いなさい」
タナカは残念そうだったがホットドッグを買った。広場に行くとチョコとメグはいばらき館で弁当を買ってきていた。売店は整理券が要らない。多少並ぶとしてもすぐ買えたようだ。チョコは納豆巻、メグは常陸牛の牛丼、推測ではあるが価格差がすごい。牛丼、納豆巻の十倍くらいの値段じゃない?
それなりに美味しい食事を終え、この先は並ぶのが前提だからトイレを済ませてBブロックに移動する。
「うわあ……」と私。
「すごい列なのです!」とチョコ。
三菱未来館が一時間半待ちで、講談社ブレインハウスは一時間待ち。でんでんINS館、アイ・ビー・エム館、鉄鋼館もそれぞれ長蛇の列だ。どこに行っても長い間待つことになりそうである。
「突っ立っててもなんにもならないから、三菱未来館に並びましょ」
メグの一声で三菱未来館の列に並ぶ。夏の午後の日射しがまぶしくてつらい。一言で言うとひづらしい。「ひづらしい」っていうのは遠州弁で「日射しがまぶしくてつらい」という意味だ。こういうときのためにあるような方言である。メグの体調は大丈夫だろうかと心配してメグをみると、小さな携帯椅子を取り出してちゃっかり自分だけ座っていた。
「私もメグさんみたいに椅子を持ってくればよかったのです……」
疲れてきたのだろうチョコがしょぼくれた。がんばって朝から走ったものね、疲れたよね。
「タナカは椅子持ってきてないの?」
「持ってきてないんです。そこまで思い至りませんでした」
「私昨日はGブロックで二時間も待ったのよ。それよりマシじゃないかしら」
「でも日射しがつらい……ひづらしい……」
私が嘆くとメグは、ショルダーバッグからさっとサングラスを取り出してかけた。私はメガネだからサングラスはかけられない。オーバーグラスならありだが。
「ひづらしいなんて田舎のおばあちゃんが使う言葉よ」
「どうせ田舎のおばあちゃん子ですよ。でもつまりメグだってひづらしいの意味はわかるんじゃん」
「私が生まれたところではひどろしいと言ってたのよ」
「どこだよそれ」
「静岡市の田舎」
まだまだ行列は進まない。だんだん口数が少なくなってきた。こどもの泣く声も聞こえる。雰囲気がよろしくない。
「つまんない!」
チョコが叫ぶ。こどもじゃないんだから大人しくしなさいよ。でも高校生はこども? かもしれない。少なくとも少年法は適用される。
「つまんないから、こういうときは!」
こういうときはどうするんだろうと思ったら、
「歌うのです!」
チョコは唐突にカーペンターズの"Top of the World"を歌い始めた。なぜその選曲? 周りの人が軽く笑う。私たちの前に並んでいた白人のカップルが振り向き、笑いながらチョコに合わせて歌い始めて私は少し驚いた。どういう心境かタナカも"Top of the World"を歌い出す。これは私も歌わなくちゃいけない流れ? もうこういうときは歌おう。歌ってしまうのが勝ちだ。英語の授業で歌わされたから歌えないことはない。歌詞がわからないところはラララで流してしまえ。メグも苦笑しながら小声で歌う。声がだんだん増えた。手拍子が起きた。誰かが口笛を合わせた。"Top of the World"をきっかけに小さいけれど笑いと歌の輪が広がった。歌い終わって拍手が起きて前のカップルも含めてみんなでハイタッチ。いやもう全く意味がわからない。なんでこんなノリになったの?
チョコに「なんで"Top of the World"?」と訊いたら「外国の人がいるから英語の歌にしようと思ったけど英語の歌は"Top of the World"しか歌えないから」と答えた。チョコらしい答えではある。チョコにはチョコの論理があると思うんだが凡人には理解しがたいよ。まあアフリカンなステージで踊っちゃうチョコだからな……
列がぐっと進む。三菱未来館に入れるのはもうすぐだ。
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