【企画】雲の上の郵便屋

篠崎リム

雲の上の郵便屋

 人の祈りを空に届けるてるてる坊主のテル。

 彼は、雲と地上をつなぐ「郵便屋」として働いている。


 届けるのは願いの手紙。

 返すのは、空からの返事――雨、風、虹、そして抜けるような青空。


 地方ごとに、それぞれ天気を司る神様がいる。

 テルは、その神々を敬い、一生懸命に日々働いていた。


 ⸻


 ある日、彼は東の空を司る老神のもとを訪れた。

 柔らかな雲を口元にまとった老神は、雷鳴のような声で言う。


「また願いを運んできたのか、坊主よ」

「はい。『明日は晴れにしてほしい』――運動会があるそうです」

「……駄目じゃ。明日は雨で決定しておる」

「でも、きっと子どもたちは楽しみにしていると思いますよ?」

「駄目なものは駄目じゃ。雨が降らねば、困る者もおる。

 農の神も、川の神も、皆それぞれの役目を果たさねばならぬのだ」


 てるてる坊主は小さく頭を下げた。

「はい、わかりました……」


 けれど地上を見下ろすと、校庭で子どもたちが一生懸命に運動会の準備をしている。

 どうしても放っておけなくて、彼はこっそり天女様のもとへ向かった。


「まぁ、てるくんじゃない。どうしたの?」

「えっと……学校のあたりだけ、少しの間でいいので晴れにしてもらえませんか?」


 天女様は扇をぱたぱたと動かしながら、にっこり笑う。

「いいわよ? でも条件があるの」

「条件、ですか?」

「そう。今度の天界合コン、あなたもちゃんと来てちょうだい」


 テルは一瞬固まって、目線を逸らした。

「……ぼく、ああいうのはちょっと……」

「だーめ。みんな、あなたに会いたがっているのよ」

「うぅ……雲行きが、ちょっと怪しくなってきましたね……」


 天女様はくすっと笑い、扇を軽く口元に当てた。

「ふふ、じゃあ、約束してくれたら――その時に晴れ間をあげるわ」

「は…はい…わかりました…」

「プフフ。楽しみにしてわね、てるくん」


 ⸻


 そんなある日、天TUBEの記者からインタビューを受けた。

「過酷な仕事で、大変じゃないんですか?」


 てるてる坊主は少し眉をひそめ、雲の隙間から顔をのぞかせた。

「ええ……まあ、正直に言うと、とても大変ですね」


「空の上は、うだるような暑さの日もあれば、風速50メートルの突風の日もあります。

 雨が滝のように降り注ぐと、身体がぐちょぐちょになり、雪の日には凍えながら手紙を運びます。

 休みの日もほとんどなく、空の上では小さな仕事ひとつひとつにも気を使わなければなりません。

 それに――最近は神ハラも多いですし」


 でも…とテルは言葉を続けた。


 テルはそっと一枚の手紙を取り出した。

 そこには宛先不明の押印がされていた。


「これは?」


 てるてる坊主はそよ風に揺れながら、少し照れたように笑った。

「ええ、たまに宛先不明の手紙が届くんです。

 規則で中身を確認するのですが――」


 テルは手紙を広げて見せた。

 そこには、たった一行の言葉が書かれていました。


『いつも。ありがとう』


「誰に宛てた手紙かもわからないんですけど……この言葉を見るたび、疲れなんてどこかに飛んでいくんですよね」


 少し照れたように頭を下げ、テルは手紙を胸に抱き直した。


「…あ、もうこんな時間、そろそろ配達に戻らないと……」


「ええ、ありがとうございました。最後に一つ言わせて貰ってもいいですか?

 その手紙はきっと………………」


 記者の言葉に、テルは小さく微笑みを返した。


 そして――


 浮かび上がった色とりどりの風船が飛び交う中を、

 今日も雲の上の小さな郵便屋さんは、

 誰かの願いを抱き、静かに空を駆けていく

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