第28話「一つの可能性」
「まぁ、そうだね……」
気まずくなった俺は、先程と同じ言葉で相槌を打つことしかできなかった。
約束を守れなかったのは、俺の不甲斐なさが原因だ。
もっと俺が魅力的であれば――
……高校時代、背伸びをしてしまった自分が全て悪かったのかもしれない。
「――それで、いったい何を悩んでおられるんですか?」
昔の情けない自分のことを思い出していると、花火を見上げていたはずの美鈴ちゃんが俺に視線を向けてきていた。
もしかして、気付かれた……?
と、思ったのだけど――。
「何か悩み事があるんですよね? 今日も、前回も、公園にいた時、思い悩んでいる顔をしていましたよ。娘の我が儘に付き合ってもらったお礼です、話してみてください」
美鈴ちゃんは高校時代を
前回お酒に酔っていた時にも聞いてきていたけれど、別れた男だというのに俺のことを心配してくれていたらしい。
佐奈ちゃんのことを持ち出してきたのは、俺が気にしないようにするための口実でしかないだろう。
正直、生徒のことを気軽に話すのは良くないのだが……今のところ、好転する
美鈴ちゃんは頭が良く、察しもいい子なので、何かいい案が浮かぶかもしれない――と思った俺は、名前などを伏せて話してみることにした。
花火の大きな音に包まれているおかげで、周りに聞かれる心配もないだろう。
「――そう、ですか……。新しい学校に来て早々、大変なことになっておられるのですね……」
美鈴ちゃんは口元に手を当てて考える素振りを見せるが、言葉ほど驚いているようには見えない。
大方想定はしていたようだ。
「本人から話も聞きたいところではあるんだけどね、まだ口をきいてもらえないんだ。心を開いてもらえるまで頑張るしかないとは思うんだけど……」
根気勝負だな、というのが正直なところだ。
口をきいてもらえないからと俺が諦めてしまったら、もうこの問題が解決することはないだろう。
村雲さんに口を開いてもらえるまで、粘るしかないと思っていた。
だけど――
「本当に、そうなのでしょうか……?」
――俺の言葉に、美鈴ちゃんは疑念を抱いたようだ。
「えっ?」
意外な言葉に俺は美鈴ちゃんの顔を二度見してしまう。
そんな俺に対し、美鈴ちゃんはゆっくりと口を開き――
「もしかしたら……話せないのではなく、話さないのかもしれませんね……」
――更に意外なことを言ってきた。
「まぁ確かに……彼女の意思で俺と口をきいてくれないんだから、話せないというよりは話さないって表現が正しいのかもしれないけど……」
現状、村雲さんの意思で教師を突っぱねている状況だ。
信頼していた担任教師に見捨てられたという心理的トラウマが原因だとしても、彼女の意思であることには変わりないだろう。
しかし――美鈴ちゃんは、首を横に振る。
「そういうことではありません。一度は教師を頼って駄目だったとはいえ、今担任になったあなたが真剣にいじめ問題に取り組もうとしている。まだあなたとその子の間に信頼関係がないとはいえ、本人がいじめの件をどうにかしたいのであれば、いじめてきた相手の名前は言ってもいいのではないでしょうか? その子は家に閉じこもっていて、現状名前を明かしたところでこれ以上悪くなることはないでしょうから」
確かに美鈴ちゃんの言う通り、村雲さんにとってこれ以上現状が悪くなることはない気がする。
このまま学校にこなければ卒業はできず退学しかないのだし、俺が何か下手を打ったところで、家に引きこもっている彼女がいじめっ子から危害を加えられることは考えづらい。
それこそ、いじめっ子が家に乗り込むくらいしないと無理な話だが、ここまで陰湿なことをしている相手が自ら罪を曝け出すようなことをするとも思えない。
美鈴ちゃんが引っかかりを覚えた部分は、言われてみれば確かにだった。
「それなのに何も言わないのは、自分の意思で――いじめてきた相手を庇ってるってこと……? でも、前の担任にはいじめられていることを打ち明けようとしたんだよ……?」
「まだ二度しか家に伺っておられないようなので、確実にとは言えませんが……一度だけであれば、勇気が出ずに話せないということもあるでしょう。ですが何度足を運んでも打ち明けないようでしたら――庇っている線を考えられたほうがいいかもしれません。前任の先生に話されたことに関しては、私もはっきりとはわかりません。ただ……何か、自分にも非があるところがあり、一度はいじめを受け入れていたのではないでしょうか? しかし、いじめを繰り返されるうちに耐えられなくなり、我慢の限界を超えて先生を頼った。そこで――伸ばした手を跳ね除けられ、絶望したのなら……いじめをされるという状況からは逃げ、家に閉じこもった状態で自分の非だけを意識してしまうのも……わかります……。いじめではありませんが、私も似た経験はありますので。自分のせいだと無理矢理納得しようとして一度は諦めたのですが、後から納得できなくなり――どうしようもない気持ちを、今も抱えております」
美鈴ちゃんは自分の経験も踏まえて、可能性を示してくれたようだ。
彼女が言っているのは、ただ状況を聞いた上で発しただけの、考えられる一つの可能性でしかない。
だけど――『考えすぎだ』などと、無視をできないくらいには納得できるものだった。
若干俺を非難するような目を向けてきたところは気になるが、それくらい自分で思い至れ、と思われたのかもしれない。
それにしても、なるほどなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます