第18話「隠された事実」

 佐奈ちゃんとの楽しい休日を過ごし、また教師として頑張らないといけない平日を迎えた俺は、授業をする合間でなんとか村雲さんの件で手掛かりがないか探りを入れる日々を送っていた。

 しかし、まるで情報統制されているかのように、何一つ手掛かりは出てこない。

 本当に手詰まりで、もう村雲さんの家に押しかけるしかないか――と考えていた時のことだった。


「先生」


 お昼休み、以前のように授業終わりに職員室へ向かっていた俺を、上条さんが呼び止めてきたのは。


「ん、どうかした?」


 明後日は土曜日なので、佐奈ちゃんと遊ぶ俺に釘を刺しに来たのかな――と一瞬思ったが、何やら上条さんは神妙な面持ちだった。

 佐奈ちゃんのことなら、いつも通りクールな態度で文句を言ってくると思うので、何かまじめな話なんだと思い、俺も身構える。

 彼女は場所を移そうと言わんばかりにきびすを返し、彼女について行くと――もはや俺たちが内緒話をする場所となりかけている、校舎裏に連れて行かれた。


 そこで、彼女は重々しく口を開くと――

「たいして仲良くなかった子ですし、どうせ先生もすぐ放っておくと思ったので、本当は言う気がなかったんですけど……実は去年、村雲さんが担任に『あのね、村雲さん。いじめは、いじめられるほうにも問題があるのよ?』と、溜息交じりにあきれた表情で言われているところを目撃しました。その次の日から彼女はこなくなったので、ほぼ間違いなく……」

 ――俺が今、一番知りたかったことを口にした。


「どうして……?」


 気が付けば、俺の口から無意識のうちにその言葉が出ていた。


 それは、なんで隠していたんだ、という意味合いや、なんでその担任はそんなことを言ったんだ、という意味合い。

 そして――なんで今更、教えてくれたんだ、という意味合いが含まれていたと思う。


「いろいろと言いたいことはあると思いますが、私が知っている情報は本当にそれで全てです。確証はないので、いたずらに噂を広めることは避けたのと、先生が信用できない人だった場合――私にとってリスクが大きかったので、今まで話すつもりはありませんでした」


 俺がここ数日間探り続けても、いじめを受けていたという情報は出てこなかった。

 普通いじめといえば、教師が意識していなかった時は気付きづらいが、意識をすればその予兆ややりそうな生徒に心当たりが出てきたりする。


 それすらなかったことで、教師に信じてもらえないことや、もしくはそういった問題をめんどくさがり、隠してしまいそうな先生に話してしまえば、自分の立場が悪くなる。


 もっと言えば、教師が上条さんの情報で下手に動こうものなら、いじめの片鱗すら周りに気付かせていないいじめっ子に、自分が目を付けられる可能性があると、上条さんは恐れていたのだろう。


 実際、上条さんはやりとりだけで、村雲さんはいじめに遭っていたと思っているだけであり、犯人もわからなければ、いじめを受けていた証拠もない。

 ただ――担任の先生が村雲さんに返した言葉を踏まえれば、間違いなく村雲さんはその担任教師にいじめに関して相談をしている。

 そして、信頼して頼った担任にさえ見放されてしまったことで、村雲さんは絶望し、学校にこれなくなってしまったんだろう。


「ありがとう、勇気を出して話してくれて。これで、俺もやっと動けるよ」


 俺は今まで隠していたことについては触れず、笑顔で上条さんにお礼を伝えた。

 世の中では、見て見ぬふりをした奴もいじめの共犯だ、などと言われるが、それは自分が安全圏にいる奴らの戯言ざれごとだ。


 実際に自分にも危険が及ぶリスクがあるとなれば、行動できる人間のほうが少ない。

 だから俺は、遅れてでも素直に話してくれた上条さんの誠意に感謝をした。


 それに、いじめ問題に関しては学校側が隠蔽いんぺんしようとすることも珍しくないので、先に見極めようとした上条さんの考えは正しいと思う。

 何より、今話してくれたということは、俺に対しては打ち明けても問題ないと信用してくれたということなので、俺はその信用に応えたかった。


「――っ。お礼を言うだなんて、やっぱり変な人……」


 まぁ上条さんは、自身の腕をもう片方の手で掴み、なんだかバツが悪そうに俯いてしまったが。

 責められるとでも思っていたんだろうなぁ。


「その担任教師だった人は、あまり生徒のことは考えないような、冷たい人だったのかな?」


 俺は一つ気になったことがあり、上条さんに尋ねてみる。


「いえ……むしろ、生徒想いで優しい先生で、多くの生徒から慕われている人でした。女性の先生でしたしね……」


 なるほど……だから、村雲さんも勇気を出してその先生には相談したのか。

 それなのに、あんな返しをされたら……絶望するのもわかってしまう。


 だけど、違和感もあった。

 本当に生徒思いで優しい先生なら、いじめ問題を放っておくはずがない。

 親身になって話を聞くのだろうに……もしかしたら、オンオフを使い分ける先生だったのかもしれないな……。


「ちなみにだけど、去年の担任ってことは辞めたという俺の前任者だと思うんだけど、そのいじめっ子に何かされて辞めたという可能性は?」

「それはないでしょうね。寿退職なので」


 一応可能性として聞いてみたが、さすがに考えすぎだったようだ。

 となれば、ロクに話を聞かないままいじめ問題に関しては放置していた可能性が高いな……。

 他の先生方が知らないのも、それが理由だろう。


「その先生に相談していた時の村雲さんの表情は、やっぱり深刻な感じだった?」

「はい……私には、あの子が嘘を言っているようには思えませんでした。だけど、誰も見ていなくて、知らない――よほど、陰湿いんしつな人間による仕業でしょう」


 短い付き合いだが、上条さんは人のことをよく観察している子だと思う。

 そんな子が嘘を言っているように見えなかったということは、いじめ問題と確定しても問題ないだろう。


 そして、彼女の言う通り――本当にこれがいじめ問題なのだとしたら、相手はかなり陰湿で、しかもずる賢い人間だ。

 これは覚悟して望まないといけない……と、俺は思った。

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