東京サイキックオーバー

青瀬凛

第1話 日常

 バチッ。

 開いた左手の掌で光が弾ける。

 電撃。それが生まれつき自分に備わった能力、PSI(サイ)であった。

 どれほど「普通」に憧れただろう。どれほど超能力を持たない同級生達と同じになりたいと願っただろう。

 感情が昂ると思わず放ってしまう電撃を抑えるために気を張る毎日。普通に見えるように、普通になれるように。自分なりにではあるが努力している。だけど、正直疲れた。何も気にせず普通の人生を謳歌できる周りの人間が羨ましい。羨ましくて堪らない。

「京極勇護さん」

 受付から名前を呼ばれ、俺は重い腰を上げて立ち上がった。真面目な顔をしたスタッフの女性の前に進み出る。

「確認のため、フルネームをお願いします」

 そう言われ、俺は淡々と自分の名前を答えた。

「京極勇護です」

 正直、ここであまり名前を呼ばれたくはないし、答えたくもない。患者の取り違えを防止するためだと分かっていても、だ。だって、この場所、病院の「PSI科」の前にいるということは、自分がPSI持ちであることを公表しているようなものだから。

「ありがとうございます。そちらの椅子でお待ちください」

 そう言って、スタッフさんが「診察室」と書かれた部屋の前の長椅子を指し示す。

「ありがとうございます」

 俺はまた淡々と答え、その中待合の椅子に腰掛けた。目の前の磨硝子の嵌められた白い引き戸も、掲示物が疎らに貼られた灰色の掲示板も、見飽きるほどに見慣れている。何せ生まれてこの方、この病院で世話になっているのだ。だからそれも当然のことである。

 俺がこの病院で生まれた時から、両親は何かと苦労をしていたと聞く。

 それは想像に難くない。何故なら両親はどちらも超能力者ではないし、先祖にもそのような者がいたという記録はないからだ。赤子の頃、俺は泣く度に電撃を発生させていたらしい。当時、幸いにも人に害を為すほどの力はなかったが、万が一のことがあってはいけないと、俺の能力の対処法に頭を悩ませた両親は病院を頼りながら必死に俺を育ててくれた。そして、自分である程度の力の制御が出来るようになった今でも、両親は俺と俺の持つ力のことを心配してくれている。

 出生といえば、超能力の発現には幾つかのパターンがあるらしい。一つは遺伝によるもの。これは分かり易いだろう。もう一つは突然変異によるもの。これが俺のパターンだ。更には後天的に能力を獲得する場合もあるらしい。まあ、自分は研究者ではないので専門的なことは分からないのだが。

 ぼんやりと考え事をしているとふいに眼前の戸が開く。俯いていた顔を上げれば、これまた見慣れた主治医の顔が此方を覗いていた。

「どうぞ」

「失礼します」

 先生に続いて診察室に入る。中はいつもの通り、診察する医師のための机と患者のための丸椅子、手荷物用の籠があるくらいのシンプルな内装である。俺は促されるままにその古びた椅子に座った。座るや否や、先生が口を開く。

「体調などはいかがですか」

 今日もお決まりの質問から始まった。

「大きくは変わりません。ただ、ここ二、三週間ほど、ぼうっとしている時に電撃の発現が何度かありました。先ほどもなんですが」

「そうですか。最近は忙しくありませんでしたか」

「高校の定期試験がありましたので、忙しかったといえば忙しかったです」

 ここ最近のことを思い出しながら答える。

「そうなのですね。疲労が溜まっている時には力が発現し易くなるので、もしかしたらストレスの影響があるのかもしれませんね。あとは、身体の成長に伴って少々能力が強くなっていることが考えられます」

 そういえば昔、同じような説明をされたことがあった。通常、能力は大人になるにつれて強くなっていくという。俺も他の例に漏れず、少しずつではあるが力が強化されていっていた。小学生の頃は掌でパチッと弾ける程度だった電撃も、高校生になった今ではより激しい衝撃を伴って発現するようになっていた。

「先生、将来的にこの力はもっと強くなるんですか」

「まだ成長期なので、おそらくはそうでしょう。ただ、これまでの経過を見る限り、京極さんの能力の発現は緩やかですので、日常生活に多大な影響を及ぼすほどにはならないと考えられます。あくまで今現在の見立てではありますが」

「そうですか……」

 まだ力が強くなるのかと、軽い失望を覚えたが、生活が大きくは変わらないならまだ良い方なのだろう。今だってそれなりにしんどいので、これ以上能力が強くなってほしくはないのだが。

 俺はそれから先生に現在の体重や食欲、その他諸々の体調を話し、診察は粛々と進んでいった。

「他に何か気になることはありませんか」

「いえ、今のところはありません」

「分かりました。でも心配なことがあれば何でも言ってくださいね。では今日の診察は以上になります。次回はまた四週間後で大丈夫ですか」

「はい。大丈夫です」

「ではこの日で。お大事にしてください」

「ありがとうございました」

 俺は立ち上がり、先生に会釈をして診察室を後にした。

 会計を待ちながら俺は来週のカウンセリングの予定を思い出していた。

 もうずっと続けている能力制御の訓練。個人的にも教わった通りにトレーニングを行っているが、成長はゆっくりとしている。もどかしい。ただ、そもそも制御自体が難しく、自在に操ることができる人材は限られているという。思わず零れそうになった溜め息を堪える。

「京極勇護さん」

 窓口から名を呼ばれる。診察の時と同様に進み出る。

「フルネームをお願いします」

「京極勇護です」

「ありがとうございます。本日の会計は千五百八十円になります」

 いつも通り会計を済ませて病院の外へ出る。陽は来た時よりも高く昇り、カンカン照りとまではいかないが白く眩しい。反射で眇めた目を庇うように右腕を額の前に掲げた。

 青空を見上げると何もかもが虚しくなる。

「はあ……」

 とうとう溜め息を吐いてしまった。

 叶うなら、この能力を無効化したい。もちろん、そんな方法は現代では確立されていないから、叶うはずもないのだけれど。なら、せめて完全に能力を制御して発現を抑え込みたい。そうすれば、俺もきっと普通に見えるようになれるのに。

 重たい気分を抱えたまま、俺は今日も代わり映えしない景色の中、帰路につく。

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