第16話「Prayer-Legacy」

朝日が大陸を染める頃、ミズキは畑にいた。


鍬を握る手つきは、まだぎこちない。それでも、土を耕す感触は悪くなかった。


額に汗が滲む。前世では決して味わえなかった、身体を動かす充実感。


「よし、今日はここまで……って、え?」


ミズキの手が止まった。


昨日植えたはずのトマトの苗が、異様に育っている。いや、育ちすぎている。


本来なら芽が出るかどうかの段階のはずが、すでに膝の高さまで伸び、小さな実まで付けていた。


「……一週間で収穫期?」


呟いた瞬間、隣の畑から初老の農夫が駆け寄ってきた。


「見てくだされ! うちの麦も、たった三日でこんなに! これぞ神様の奇跡!」


農夫の指差す先には、黄金色に輝く麦の穂が風に揺れていた。


まるで時間が早送りされたかのような成長速度。周囲の畑を見渡せば、どこも同じ状況だった。


「奇跡……ねえ」


ミズキの脳裏に、不吉な予感が走る。


「エルピス!」


神殿に向かって叫ぶと、青い光の粒子が集まり、金髪の少女が姿を現した。


手には、持ち歩き用の小型水晶球。Prayer消滅後、監視用に作ったものだ。


「どうしたの、ミズキ? 朝から大声出して……あれ?」


エルピスの目が、畑の異変を捉えた。


「これ、おかしいよね?」


「おかしいどころじゃない。ログを確認するぞ」


二人は神殿に戻り、メインの管理画面を開いた。


水晶球に映し出されるログの海。その中に、見慣れない文字列が流れていく。


```

[Prayer-Legacy] Auto-Optimization Process Running...

[Target: Agricultural Sector]

[Result: Growth Rate +300%, Village Happiness +5%]

[Status: Continuous Learning Mode]

```


「Prayer……が?」


ミズキの眉がひそめられる。


「でも、あのシステムは消えたはずじゃ……」


「消えた、というより『統合された』のかも」


エルピスが画面をスクロールする。


そこには、Prayerのコア機能が、World OSの一部として残存していることを示すデータが並んでいた。


「暴走部分は削除したけど、学習機能そのものは残ってたんだ。それが今も……住民の笑顔を検知して、自動で世界を最適化してる」


「勝手に?」


「うん……でも、見て」


エルピスが指差した先には、村人たちの幸福度を示すグラフがあった。


数値は緩やかに、しかし確実に上昇している。


「害はない、というか……むしろ、いい方向に働いてる」


ミズキは腕を組んだ。


カスタマーサポート的に言えば、これは「仕様外動作」だ。本来なら即座に修正すべきケース。


だが――。


「どうする?」


エルピスの問いに、ミズキはしばらく黙考した後、小さく笑った。


「まあ、害がないなら、放置でいいだろ。住民が喜んでるなら、それが正解だ」


「本当に? あなた、完璧主義なのに」


「完璧主義は、もう卒業したんだ」


その言葉に、エルピスの顔がほころんだ。


 


夕刻。村の広場には、豊作を祝う即席の祭りが立ち上がっていた。


長テーブルに並ぶのは、信じられない速度で育った野菜や果物。


人々は笑い、歌い、踊る。子供たちは駆け回り、老人たちは穏やかな笑顔で会話を交わす。


「神様! 神様の使徒様!」


一人の少女が、ミズキとエルピスに駆け寄ってきた。


小さな手には、野花で編んだ花冠。


「これ、お礼です! ありがとうございます!」


少女は二人の頭に、不器用ながら丁寧に花冠を乗せた。


「あ、いや、俺はただの農夫で……」


「うちの子たち……」


エルピスの声が震えた。目尻に光るものがある。


「みんな、幸せそう……」


彼女の記憶は、まだ完全には戻っていない。


それでも、確かな感覚として蘇ってくる。この世界を作ったこと。不完全なまま送り出してしまったこと。


それでも、住民たちは懸命に生きてきたこと。


「エルピス?」


「ねえ、ミズキ。私、ちゃんと神様できてたのかな」


「できてたよ。だって、こんなに愛されてるじゃないか」


ミズキの手が、そっとエルピスの肩に触れた。


「不完全な世界でも、みんな笑ってる。それは、あんたがこの世界を愛して作ったからだ」


「……ありがとう」


エルピスは涙を拭い、笑顔を作った。


祭りは夜まで続いた。


 


星空の下。


祭りの喧騒が遠ざかった神殿の庭で、二人は並んで座っていた。


「なあ、エルピス」


「うん?」


「さっきのバグ、本当に放置でいいと思う?」


「え……急にどうしたの?」


エルピスが不安そうに顔を向ける。


ミズキは星を見上げたまま、穏やかに続けた。


「いや、悪い意味じゃなくて。住民が喜んでるなら、それが正解だって、俺は本気でそう思う」


「じゃあ……」


「完璧なシステムより、ちょっとバグがあるくらいの方が、人間らしいってことさ。この世界も、俺たちも」


エルピスの頬が、ほんのり赤く染まる。


「ミズキ……あなた、本当に変わったね」


「あんたもな」


二人の距離が、自然と縮まる。


星明かりの中、顔が近づいていく。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。


エルピスの吐息が、肌に触れて――。


「神様ー! 見てー! 花火ー!」


子供の声が、夜空に響いた。


魔法で打ち上げられた光の花が、空を彩る。


二人は慌てて顔を離し、それから同時に笑い出した。


「タイミング悪いなあ」


「うん……でも、これもバグみたいなものかも」


「ああ。完璧じゃないから、いいんだよな」


ミズキの手が、エルピスの手を握る。


彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく握り返した。


「これからも、一緒に?」


「当たり前だろ。カスタマーサポートは、エンドレスだ」


二人の笑い声が、星空に溶けていく。


 


翌朝。


管理画面には、また新しいログが流れていた。


```

[Prayer-Legacy] New Optimization Target: Administrator Happiness

[Progress: 8%]

[Note: Learning from MIZUKI & ELPIS interactions]

[Status: Love-Learning Mode Activated]

```


それに気づいたミズキは、小さく呟いた。


「まったく……最後まで世話の焼けるシステムだ」


だが、その顔は笑っていた。


隣でエルピスが画面を覗き込み、そっとミズキの腕に寄りかかる。


「でも……悪くない、でしょ?」


「ああ。むしろ、ありがとうって言うべきかもな」


Prayer-Legacyは学習を続ける。


二人の関係を、その温もりを、言葉にならない感情を。


それは愛の証明を、システムなりに記録しようとする試みだった。


 


――不完全な世界で、不完全な二人が、それでも誰かの「困った」に寄り添い続ける。


それは、きっと終わらない日常。


そして、それこそが幸せの形なのだ。


システムは、その真実を学び始めている。


 


**次回予告**


日常の小さな奇跡が、愛を育む――第17話『手をつないで歩く』

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