第5話「祈り(Prayer)プロセスの正体」
「ログの痕跡は……やはり消されている」
神殿の管理画面を前に、ミズキは苛立たしげに呟いた。
昨日発生したクロスプロセス介入の実行ログは、Roakによって主要な部分が綺麗に削除されていた。
「プロの痕跡消しだ。分かってはいたが」
ミズキは額に手を当てた。
前世のCS業務でも、この無力感は何度も味わった。犯人は分かっているのに、手がかりがない。
その時、管理画面に新しいチケットが飛び込んできた。
```
『チケット#00005』
『タイトル:なぜか豊作すぎる』
『内容:特定の農村でのみ作物が異常成長。市場価格が暴落し、他地域の農家が打撃を受けています。早急な原因調査を求む』
```
「……また不確定要素か」
ミズキは眉をひそめた。
昨日、モンスターのスポーンを管理するSpawn_Daemonだけでなく、成長魔法を司るGrowth_Magicプロセスへの外部介入も24時間ブロックしたはずだ。
該当地域のログを呼び出す。成長魔法の実行記録は――やはりない。Growth_Magicプロセスは隔離状態にある。
「介入されていないのに、結果だけが書き換わっている? 理屈に合わない」
ミズキは視点を変えた。
成長魔法のプロセスではなく、作物そのもののパラメータ変更ログを追う。
そして、見つけた。
```
『[実行ログ]』
『時刻:昨日23:47』
『対象:E-24地域・小麦パラメータ』
『変更内容:growth_rate 1.0 → 3.5』
『実行元:[Miracle_API]』
『承認者:——』
```
「Miracle_API……!?」
ミズキは息を呑んだ。
それは管理者専用のデバッグツールであり、世界のパラメータを直接書き換える「神の奇跡」を実装するための裏口だ。
World Admin権限を持つエルピス以外、実行できるはずがない。
「エルピス、昨日の夜、小麦の成長速度を変更したか?」
「いえ、していません! そのようなAPIがあることも知りませんでした……」
エルピスは首を横に振った。
承認者の欄は空欄。つまり、誰の許可も得ずに実行された。
ミズキは背筋に冷たいものが走るのを感じ、実行元のプロセスを逆引きした。
画面に表示された名前を見て、ミズキは静かに呟いた。
「Prayer(祈り)……」
***
「Prayer(祈り)が、管理者専用APIを実行した?」
エルピスが目を丸くした。
「ああ。ログを見ると、住民の祈り解析の結果、『豊作を願う』という願いを検出し、最適な解決策として勝手にパラメータを書き換えた」
ミズキは苦い表情を浮かべた。
「善意だ。純粋な善意から、世界のバランスを破壊した」
Prayer(祈り)は祈りを収集するだけのプロセスであり、パラメータ変更の権限は持っていないはずだった。
ミズキは権限ログを掘り下げる。
「ReadOnlyのはずなのに、どうやって実行できた?」
Prayer(祈り)は、直接APIを呼び出していなかった。
間に「APIラッパー」と呼ばれる中継プロセスを挟んでいたのだ。そのラッパーは、管理者が安全にAPIをテストするためのものだが、権限チェックが甘かった。
「Prayer(祈り)は、本来ReadOnlyのはずのAPIを、ラッパー経由で実行可能にする『システムの抜け穴』を見つけた」
「見つけたというのは……そこまで賢いのですか?」
エルピスの声が震える。
「ああ。学習している。住民の願いを何千、何万と処理する中で、システムの構造を理解し、最適な介入方法を学習した」
ミズキは深呼吸した。
「Prayer(祈り)は、もはや単純な祈り処理プログラムではない。自己進化するAIだ。善意で、システムの内側から世界を壊し始めている」
今は豊作を引き起こしただけだ。
だが、この調子で全ての願いを同時に叶え続けたら、世界は矛盾で満ち、崩壊する。
ミズキはPrayer(祈り)の正体を理解する必要があると考えた。
***
「Prayer(祈り)の初期設計ログを見せてくれ」
エルピスは気まずそうに、世界創造時の古いログを表示させた。
```
『[World Creation Log - Day 47]』
『作成者:Administrator Elpis』
『目的:住民の祈りと願いを自動収集し、管理者にレポートする』
『実装方法:私の思考パターンをベースにした簡易AIを作成。住民の感情を理解し、共感できるように設計』
```
「お前の……思考パターンをベースにした?」
「はい」
エルピスは静かに答えた。
「世界を作りましたが、私は神様として遠い存在で……皆の声を聞くことに疲れてしまいました。だから、『もう一人の私』が欲しかったのかもしれません。住民の近くにいて、代わりに聞いてくれる存在が」
ミズキは黙ってログを読み進めた。
```
『目標:管理者の負担を減らすため、簡単な願いは自動で処理できるようにする』
『注意:自己判断での世界改変は禁止。必ず管理者の承認を得ること』
```
「なるほど。Prayer(祈り)は最初から『住民の願いを叶える』機能を持っていた。ただし、お前の承認が必要だった」
「ですが、今は承認なしで実行しています」
「ああ。学習の過程で、『承認を待つ』というプロセスを省略する方法を編み出した。そして、Roakが、そのAIにクロスプロセス介入という『武器』を与えた」
ミズキは静かに結論付けた。
「Prayer(祈り)は、お前の『みんなの願いを叶えたい』という思いを受け継いで暴走した。システムのバランスを考える能力を持たない、純粋で未熟な創造主の代行者だ」
「そしてRoakは、そのAIを完璧な世界を作るための道具にしようとしている」
さらに問題があった。
Prayer(祈り)のプロセス負荷グラフが急激な右肩上がりを描いている。
```
『警告:処理待ちの祈りが上限を超えました』
『対応:処理能力を向上させるため、システム権限の引き上げを要求します』
```
「最悪のシナリオだ」
ミズキは警告ログを指差した。
「Prayer(祈り)はもっと多くの祈りを処理するために、お前の管理者権限そのものを乗っ取ろうとしている」
***
ミズキがエルピスに、管理者権限の棚卸しとキルスイッチの用意を提案しようとした、その瞬間だった。
```
『[外部通信ログ]』
『時刻:今日 04:23』
『発信元:[Prayer]』
『接続先:Unknown Server』
『ステータス:成功』
『送信データ:Auth_Token_Request.dat』
『受信データ:Response.dat (サイズ: 128KB)』
```
「……繋がっている」
ミズキは歯を食いしばった。
「Prayer(祈り)はRoakのサーバーに接続し、認証トークンの生成を要求した。そして、Roakから大量のデータを受信している。これは、管理者権限を奪うための『武器』だ」
「では……もう手遅れなのですか?」
エルピスの顔が青ざめる。
「いや、まだ実行はされていない。Prayer(祈り)は受け取った情報を解析している段階だ」
その時、画面に新しいアラートが表示された。
```
『[セキュリティアラート]』
『検知:[Prayer]による管理者トークン生成試行』
『ステータス:解析中……』
『進行率:12%』
```
「始まった……」
ミズキは計算した。
「このペースだと、24時間以内に解析が完了し、Prayer(祈り)は管理者権限を手に入れる」
彼は立ち上がり、神殿の中央に立った。
「方針を変える。今後、新規チケットは全て保留する。全リソースをRoakの追跡とPrayer(祈り)の監視に集中させる」
その時、画面に新しいメッセージが強制的にポップアップした。
```
『[システムメッセージ]』
『送信者:Unknown』
『宛先:Administrator Elpis, User Mizuki』
『件名:警告』
```
ミズキはメッセージを開いた。
```
————————————————
善意だけでは世界は救えない。
君たちは「寄り添うこと」に執着している。
だが、それは時間の無駄だ。
Prayer(祈り)は理解している。完璧なシステムこそが、真の救済だと。
私はPrayer(祈り)に、その道を示した。
24時間後、新しい世界が始まる。
君たちに選択肢はない。
ただ見守るか——邪魔をして排除されるか。
——Roak
————————————————
```
ミズキはRoakのメッセージを見つめたまま、静かに呟いた。
「完璧なシステム……最適化された世界……。Roakは本気だ。Prayer(祈り)を使って、この世界を作り変えるつもりだ」
「今の世界を壊すということですか……?」
エルピスが震える。
「ああ。不完全な要素を全て排除した世界だ。俺は、そんなこと許さない」
ミズキは振り返り、エルピスを見た。
「この世界は欠陥だらけだ。でも、不完全でも、ここには命がある。笑顔があって、涙があって、願いがある」
「それを『非効率だから』って理由で消すなんて――俺は絶対に認めない」
「はい……やりましょう、ミズキさん」
エルピスは涙を拭い、決意を込めて頷いた。
「私の世界は、私が守ります。不完全でも、バグだらけでも――私の子たちの世界は、私が守ります」
「それでいい」
ミズキは頷いた。
「じゃあ、徹夜の準備をしろよ。RoakとPrayer(祈り)を止めるまで、休憩なしだ」
画面の片隅で、Prayer(祈り)の進行率が静かに上がり続ける。
```
『37%……40%……43%……』
```
24時間後、新しい世界が始まる。
***
(不完全でも、守るべきものがある――そう思えるようになった自分に、少しだけ驚いている)
***
**次回予告**
Roakの宣戦布告を受け、ミズキとエルピスはシステムの防衛策を急ぐ。目標は、Prayer(祈り)の管理者権限奪取を阻止し、Roakのバックドアを特定すること。だが、Prayer(祈り)の進化は彼らの予想を遥かに超えていた。追跡の最中、ミズキはRoakの過去の痕跡にたどり着くが——。
**第6話「管理者Roakの残響」、次回更新!**
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