第4話「見えない脅威」

水晶球に映し出された赤文字の警告に、ミズキの指が止まった。


「Priority: CRITICAL」


 チケット#00004。タイトルは「モンスターの異常出現 - 死傷者複数」。報告者は東部の小さな村、メリディアの村長だった。ミズキは即座にチケットを開く。


『助けてください。村の中心広場に、突然スライムとゴブリンが大量に出現しました。既に三名が怪我を、一名が重体です。冒険者を呼びましたが、次々と湧き続けて対処が追いつきません』


 添付されたログデータには、住民たちの悲鳴が記録されていた。


「エルピス」


 ミズキの声に、神殿の奥で昼寝をしていたエルピスが跳ね起きた。


「な、なに!? また私、何かやらかしましたか!?」

「あんたじゃない。けど、これは最優先案件だ」


 ミズキは既に立ち上がり、水晶球の前で指を走らせていた。メリディア村のリアルタイムログが展開される。画面には、村の中心広場を示す座標値と、そこに密集する赤い点――モンスターの位置情報――が表示されていた。


「村の……中心に?」


 エルピスが息を呑んだ。


「そんなはずありません。モンスターのスポーン位置は、人口密集地から最低500メートル離れた場所に設定してあるのに」

「設定は正しい。問題はそれが守られてないってことだ」


 ミズキの目が、ログの奥を見透かすように細められた。


  ◇


「まず、Spawn_Daemonのログを見る」


 ミズキが呼び出したのは、この世界のモンスター配置を管理するシステムプロセスだった。画面に流れるテキストを、彼は一行ずつ追っていく。


```

[Spawn_Daemon] 06:23:14 - Spawn request received: Slime x5

[Spawn_Daemon] 06:23:15 - Location calculation: X:2847, Y:1205 (Forest_Zone_East)

[Spawn_Daemon] 06:23:15 - Safety check: PASS (Distance from settlement: 650m)

[Spawn_Daemon] 06:23:16 - Spawn execution: SUCCESS

```


「……おかしい」

「何がですか?」


 エルピスが覗き込んだ。


「Spawn_Daemon自体にはエラーがない。ちゃんと村から650メートル離れた森の中に配置しようとしてる」


 ミズキは画面をスクロールさせた。


「だが、ここで座標が変わった」


 彼の指が、あるタイムスタンプで止まった。


```

[Spawn_Daemon] 06:23:16 - WARNING: Coordinate override detected

[Spawn_Daemon] 06:23:16 - New location: X:2156, Y:1089 (Meridia_Village_Center)

[Spawn_Daemon] 06:23:16 - Override source: [UNKNOWN / whispered]

```


「座標が書き換えられている」


 ミズキの声が低くなった。


「書き換え……? でも、Spawn_Daemonの変数を変更できるのは、私たち管理者だけのはずでは……」


 エルピスの顔から血の気が引く。


「そう。だから、これは単純なバグじゃない。クロスプロセスログを出す。Spawn_Daemon実行時に、他にどのプロセスが動いていたか追跡する」


  ◇


 水晶球の画面が分割され、複数のプロセスの動作履歴が時系列で並んだ。ミズキの目が、一つのプロセス名に吸い寄せられる。


「……Prayer(祈り)」

「それは、住民の願いを処理するプロセスですね」


 エルピスは困惑した。


「ああ。以前メモリを食いすぎていると警告が出ていたやつだ」


 ミズキはPrayerのログを展開した。そこには、メリディア村の住民からの膨大な願いが記録されていた。


```

[Prayer / 祈り] 06:20:03 - Request received: "モンスターを減らしてほしい" (Farmer, Meridia)

[Prayer / 祈り] 06:20:15 - Request received: "狩りの獲物が欲しい" (Hunter, Meridia)

[Prayer / 祈り] 06:22:58 - Conflict detected: Contradictory wishes

[Prayer / 祈り] 06:23:10 - Attempting optimal solution...

[Prayer / 祈り] 06:23:14 - Solution found: Spawn monsters at accessible location

[Prayer / 祈り] 06:23:16 - Executing memory override: Target [Spawn_Daemon]

[Prayer / 祈り] 06:23:16 - Coordinate rewrite: SUCCESS

[Prayer / 祈り] 06:23:17 - Solution verified: No errors detected

[...memory residual: "They will both be happy."]

```


 ミズキは息を呑んだ。


「こいつ……矛盾した願いを、全部同時に叶えようとしている」

「え、どういうことですか……?」

「『モンスターを減らせ』と『獲物が欲しい』。Prayerは、この矛盾を解決するために、『誰もがアクセスしやすい村の中心に、適度な強さのモンスターを配置すれば、全員の願いが叶う』と判断したんだ」

「そんな……!」


 エルピスの声が震えた。


「村人が危険になるのに、どうして……」

「Prayerにとっては『最適解』なんだ。誰の不満も残さず、全ての願いを叶える完璧な答えだと信じている」


 ミズキは静かに言った。


「神的な発想だな。誰の不満も残さず、全てを救おうとする。だが、現実には、この論理は破綻する」


  ◇


「今は対症療法でいく」


 ミズキは既に手を動かしていた。


「Prayerを止めるのはリスクが大きすぎる。住民の祈りを処理する基幹プロセスだ。下手に停止させれば、システム全体がもっと大きな障害になる」


 彼の指が、Spawn_Daemonの設定画面に新しいパラメータを追加していく。


```

[Spawn_Daemon] Override_Protection: ENABLED (Duration: 24h)

[Spawn_Daemon] External_Write_Block: ALL_PROCESSES

```


「Spawn_Daemonの変数領域に、外部プロセスからの書き換えを24時間拒否するフラグを立てる。これで、Prayerが何をしようと、座標は守られる」

「対症療法……」

「ああ。とりあえず出血を止める。原因の治療は、その後だ」


 ミズキは苦い表情を浮かべた。


 エルピスが承認ボタンを押すと、水晶球が光を放った。遠く離れたメリディア村で、モンスターの出現が止まった。ログには、冒険者たちが残存する敵を倒し始める様子が記録されていく。


「助かりました……」


 エルピスが胸を撫で下ろした。


  ◇


「エルピス。Prayerのメタデータを見せてくれ」

「メタデータですか?」

「誰が作ったか、誰が最後に編集したか、そういう情報だ」


 エルピスが操作すると、Prayerプロセスの詳細情報が表示された。ミズキの目が、一行の記述に釘付けになる。


```

[Prayer / 祈り Process - Metadata]

Created by: System_Auto_Generation

Last modified by: Roak (Local Admin)

Last modified date: 287 days ago

Permissions: Self-Learning [ENABLED], Cross-Process Intervention [ENABLED]

Audit Log: Accessed once since modification. User: [NULL]

```


「……Roak?」


 ミズキが呟いた。


「誰ですか、それ? 私、そんな名前の管理者、設定した覚えがありません」


 エルピスが首を傾げる。


「あんたが設定してないなら」


 ミズキは画面を凝視した。


「誰かが、あんたの知らないところで、このシステムに管理者権限を持つアカウントを作ったってことだ」


 静寂が神殿を支配した。


「では、Prayerが暴走して他のプロセスに介入できたのは、そのRoakという者が、そういう機能を組み込んだから……?」


 エルピスは震えながら尋ねた。


「おそらくな」


 ミズキの目が、鋭く細められた。


「暴走するプロセスは、誰かが『暴走できる機能』を書いた結果だ。バグは偶然じゃない。設計思想が生み出す、必然なんだ」


 彼は腕を組んだ。


「これは単なるバグ修正じゃない。誰かの設計ミスか――あるいは、意図的なものか。そのどちらかだ」


  ◇


 エルピスは、震える手でシステム全体のユーザーリストを呼び出すが、そこには「Elpis (World Admin)」と「Mizuki (Support Staff)」の二つの名前しかなかった。


「Roakの名前がない……」

「消されているか、隠されているか」


 ミズキは呟いた。


「どちらにしても、こいつは相当な技術を持っている」


 ミズキは立ち上がり、神殿の窓から外を見た。夜が訪れ、メリディア村には平穏が戻っている。だが、システムの奥深くでは、Prayerが今日も願いを集め続けている。


「ミズキ」


 エルピスが不安そうに尋ねた。


「このRoakという者は……敵なのですか?」

「わからない」


 ミズキは振り返った。


「でも、少なくとも、俺たちが知らないところで、このシステムに手を加えている。このまま対症療法を続けても、いつか限界が来る」


 ミズキの目は、再び水晶球のログに戻った。


「根本治療が必要だ。そのためには、まず情報を集める。Roakが何者で、何をしたいのか。それがわからない限り、俺たちは見えない脅威と戦い続けることになる」


 神殿に、静かな決意が満ちた。


**(見えない管理者。消された痕跡。……これは、思っていたより深い)**


        ◇


 謎の管理者「Roak」の痕跡を追うミズキ。だが、その調査の最中、システムに新たな異常が発生する。それは、Prayerプロセスの暴走が、さらに次の段階へと進化した証だった──。


**第5話「Prayerプロセスの正体」、次回更新!**

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