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@Project_FLORIA
【運命のライブ編】
【運命のライブ編】第1話
K-POPガールズグループ
『FLORIA(フロリア)』
彼女たちは、新人という冠がようやく外れ、日本と韓国の音楽シーンの中で確かな熱を帯び始めた新進気鋭のグループだった。
その人気は着実に右肩上がりの曲線を描き、ついにその日、彼女たちはデビュー以来最大規模となるアリーナクラスの会場のステージに立とうとしていた。
「みんな、最後まで全力でいこう!」
艶やかな黒髪のストレートヘアをなびかせた最年長の『カエデ』が、ステージ袖で円陣を組んだメンバーに笑顔を向ける。
リーダーの『ソユン』は、色素の薄い肌と、それに似合うふわりとした金色のボブが照明に透けているが、緊張からかその表情は硬い。
「ソユンちゃん、顔がガチガチですよ。また緊張で眠れなかったんですか?」
「み、ミジュこそ!さっきから振り付けの確認ばっかりしてるじゃん!」
「二人とも!今はファンのみんなに集中!いつも通りやれば大丈夫!」
最年少の『ミジュ』とソユンがじゃれあうのを、ムードメーカーの『サラ』が明るく制する。
「サラの言う通り。今日は私たちのすべてを見せよう!」
カエデの言葉に、3人が力強く頷く。
客席を埋め尽くす無数のペンライトの光は、彼女たちが流してきた汗と涙が、決して無駄ではなかったことを証明していた。
しかし、その熱狂の裏で、彼女たちの世界を揺るがす邂逅が起ころうとしていることを、まだ誰も知らなかった。
***
4人のライブは順調に進み、後半に差し掛かった頃。
会場のVIPエントランスに、一台の巨大な黒塗りのリムジンが、音もなく滑り込んできた。
屈強なSPが囲む中、後部座席から一人の男が降り立つ。
世界の金融市場を支配する若き王『K』。
34歳にして総資産500兆円をその手中に収める、現代の支配者。
彼の隣には、無表情の女性秘書が控えている。
「会長、ご帰国のお時間が迫っております。30分ほどご覧になられたら、空港へ」
「……ああ」
Kの返事は喜怒哀楽が感じられない、虚無に満ちたものだった。
彼は数年前に資本主義というゲームにおいて世界の頂点に立ったあと、全てに
このライブに来たのも、アイドルに興味があったからではない。ただ、日本での重要な商談を終え、彼が拠点としているアメリカへ帰国するタイミングで、主要スポンサーの一社から懇願される形で招待状を受け取っていた。
本来であれば来ることはない社交辞令として受け取ったものだが、たまたまタイミングが合い立ち寄ったのだった。
そのため、まさかKが姿を現すとは、スポンサーの役員たちは夢にも思っていなかった。
「け、K会長が、ご来場された……!?」
その一報は、瞬く間に会場の運営本部上層部を大混乱に陥れた。
ステージ上で繰り広げられている華やかなパフォーマンスなど、もはや彼らの意識にはない。
「VIPルームの用意を!最優先で!」
「周辺の警備に可能な限り人を回せ!」
「音響!照明!VIPルームに不快な音や光が漏れていないか今すぐ確認!」
上層部から現場スタッフ全員へ、インカム越しに怒号のような指示が飛び交う。
FLORIAのマネージャーの一人である『美咲』も、その異常な緊迫感に巻き込まれていた。
(もう何なの……?大事なライブ中なのに、どこのお偉い様が来たっていうのよ……)
VIP席へと向かうKの動線確保のためだけに、多くのスタッフの神経がすり減らされていた。
そしてVIP席へとKを案内するスポンサーの役員は、滝のように流れる冷や汗をハンカチで拭いながら、必死にへりくだった笑みを浮かべて迎えた。
「ま、まさか、K会長にお越しいただけるとは、大変光栄でございます。す、すぐにVIP席へご案内いたします……」
Kはそんな彼らに一瞥もくれず、警護されたまま、分厚いガラスで仕切られたVIP席の中央へと静かに腰を下ろした。
ステージでは、FLORIAの4人が激しいダンスナンバーを披露している。
客席のボルテージは最高潮に達していたが、Kの周りだけは、まるで深海のような静寂と冷気が漂っていた。
「……」
Kは、目の前のステージに視線を向けたまま、隣にいる秘書の『アンナ』に問いかけた。
その声には、あまり感情がこもっていない。
「アンナ、どんなグループなんだ?彼女たちは」
「はい」
アンナは、程よい緊張感を伴ったまま、淀みなく報告を始める。
「グループ名はFLORIA(フロリア)。
日韓合同の4人組K-POPアイドルです。
今センターで踊っている金髪の女性がリーダーのハン・ソユン、23歳の韓国人。華奢でビジュアルも良く人気があります」
Kの視線が、ソユンを捉える。
「その右、黒髪のロングヘアの日本人女性が、橘カエデ、25歳。グループの最年長です」
「左でポニーテールを揺らしている長身の女性が、メインボーカルのキム・サラ。21歳で韓国とオーストラリアのハーフ」
「最後、その隣の黒髪のボブカットが、最年少のカナタ・ミジュ。19歳の日韓ハーフです」
アンナは、まるで入社応募者のスペックを読み上げるかのように、一人ひとりのプロフィールを淡々と説明していく。
Kはそれを黙って聞いていたが、アンナが話し終えると、ただ一言だけ呟いた。
「そうか」
その表情は変わっていない。
瞳の奥に宿る色が、目の前の光景をどう捉えているのか、普段から多くの時間を共に過ごすアンナも読み取ることはできなかった。
***
その頃、ステージ上で踊るカエデは、激しい振り付けの合間、一瞬だけ客席に視線を送った。
彼女は、持ち前のプロ意識から、本番前に関係者席やVIP席の位置を確認する
今Kが座るVIP席の存在も、本番前に頭の片隅に入れていた。
(あれ、あそこの席、さっきまで空いてたのに……)
ひときわ豪華な作りのその一角。
今日は使われないものだと思っていた。
しかし今、その中央に一人の男性が座っている。遠くて顔までは判別できない。
だが、その周囲にいるスーツ姿の男たちが、明らかに彼に対して、異常なまでに気を使い、何度も頭を下げている様子が見て取れた。
(……誰だろう?すごく偉い人なのかな)
一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎったが、そんなことより、今は応援してくれるファンに全身全霊で応えなければならない。
カエデは、すぐにステージ上でのパフォーマンスに意識を戻した。
***
ライブは熱狂の渦の中、クライマックスへと向かっていく。
激しいダンスナンバーが終わり、息を弾ませたメンバーたちがステージドリンクで喉を潤す。
「はぁ…はぁ…、ソユン、次のMCお願い!」
「う、うん!……えっと」
束の間の静寂の後、リーダーであるソユンの声が会場に響き渡った。
「みんなー!今から近くに行ってもいいかなー?」
その言葉を合図に、ステージから客席エリアへと続く花道が明るく照らし出される。
ライブ終盤前の、恒例のファンサービスの時間だ。
メンバーたちは、檻から放たれた小鳥のように、客席エリアに降りて広がり、ファン一人ひとりの顔を確かめるように、手を振り、指でハートを作り、笑顔を振りまいていく。
「サラ!こっち見て!」「ミジュかわいい~!」
会場のあちこちから、メンバーの名前を叫ぶ声が上がる。
サラとミジュはペアになって、ステージの端から端まで駆け回り、そのエネルギッシュな姿でファンを煽る。
ソユンは、アリーナ席の前列にいた女の子を見つけると、屈んで目線を合わせ、天使のような優しい笑顔を送っていた。
カエデは一人、ゆっくりと中央の花道を進みながら、会場全体を見渡し、遠くの席のファン全員に届くように、大きく手を振る。
ひとしきり、熱狂するファンとの交流を終え、4人が再びステージの中央へと集結した。
息を整え挨拶をして、最後の曲へ。
それが、いつもの流れ。
しかし、その時だった。
「ねえ、みんな」
カエデが、ふと何かを思いついたように、メンバーたちにだけ聞こえる声で囁いた。
そして、すっと人差し指を上げる。
その指が示したのは、会場の真ん中上段に位置する、例のガラス張りのVIP席だった。
「最後に、あそこに挨拶しよう」
それほど深い打算があっての行動ではなかった。
単にちょうど会場の真ん中であり、このファンサービスタイムの締めくくりとして、最も絵になると思ったこと。
しかし、あの席に座っているであろう男の異様な存在感が、カエデの頭の片隅に僅かに引っかかっていたこともまた事実だった。
サラとミジュは、カエデから突然の指示に、「知り合いでもいるのかな?」と顔を見合わせた。
しかし、それ以上の疑問は持たなかった。
ステージ上では、この最年長の姉が持つ判断力に、メンバーは絶対の信頼を置いている。
二人はプロとして、何の迷いもなく、満面の笑みを浮かべた。
ソユンに至っては、カエデがただ、なんとなく一番目立つ場所を指しただけだと思った。
それでも構わない。
誰にだって最高の笑顔を見せるのが、アイドルとしての自分たちの仕事だ。
「せーの!」
ソユンの掛け声で、4人は一斉に、VIP席に向かって、この日一番の笑顔で大きく手を振った。
***
それは、ほんの数秒の出来事。
それは、数多のライブの中でのありふれた一場面に過ぎない。
そしてそれが、自分一人に向けられたものだという自惚れがあったわけではない。
しかし、VIP席で無表情で見ていたKの心に、確かな波紋が広がった。
(……)
ただ、無数の光の中から、最後に自分が見つけ出されたような、ほんの僅かな高揚感。
世界の経済活動の最前線で休まず戦ってきたKにとって、今目の前にいる少女たちが、金や権力と無関係の輝きを放っていることに惹かれていた。
(……可愛い……のか?)
初めて、そう思った。
これまでアイドルのことなど興味を持ったことは微塵もなかったKは、自分の感情に驚いていた。
ファンサービスの時間が終わり、会場の照明が落ちる。
そして、静寂を切り裂くように、重厚なイントロが流れ始めた。
ライブの最後を飾る、彼女たちの代表曲だ。
先ほどまでの、ファンに向ける親しみやすい笑顔は、そこにはもうない。
K-POPらしい挑発的な視線、クールな表情、そして、鍛え上げられた肉体だけが表現できる、しなやかで色気を漂わせるダンス。
そのギャップが、さらにKの興味を惹きつけた。
Kの心に、「FLORIA」という存在が鮮やかに刻まれた瞬間だった。
***
曲が終わり、ステージが完全に暗転する。
そして、割れんばかりのアンコールが始まりかけた時、秘書のアンナは時計を見て移動を促そうとした。
「会長、そろそろお時間が――」
「アンナ」
Kは会場についてから初めてアンナに視線を送り、言葉を遮る。
Kの言葉に、後ろに控えていたスポンサー役員たちも、びくりと身体を震わせた。
Kは隣に立つ秘書に、低く威厳がありつつも、わずかな恥じらいを含むような声で命じた。
「……挨拶できるように手配しろ」
あまりにも彼のイメージからかけ離れた命令に、アンナは一瞬思考が停止した。
彼と話したがる者は世界中に数えきれないほどいるが、彼が誰かへの「挨拶」を求めたことは、少なくとも自分が秘書に就いてからは初めての経験だった。
世界一の資産を持つ彼の時間は、1分1秒が大金に相当する。
ましてやアイドルの楽屋挨拶などを望むはずがない…。
となると考えにくいが消去法で、今日の接待役であるスポンサーへの社交辞令…ということだろうか。
「……かしこまりました。本日ご足労いただいた、取引先の役員の方々とのお席をすぐ手配いたします」
アンナは、それが無難な回答だろうと返した瞬間、Kは短く否定した。
「違う」
その一言は、怒ってはいないがほんの少し拗ねたようなニュアンスを含んでいた。
「これ以上言わせるなよ」という目線に、アンナは反射的に頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした。私の勘違いでございます。ただちに、FLORIAの皆様との、ご挨拶の場を手配いたします」
そう言うと、アンナはKの返事を待たず、まるで弾かれたように早足でその場を離れた。
彼女は、完璧なポーカーフェイスの下で、世界一の大富豪が見せた「初めての熱」に、驚きと戦慄に似た興奮を覚えていた。
(何か起こりそうですね……)
Kが初めて見せた、人間らしい欲求。
それが、FLORIAという4人の少女に向けられた。
世界のパワーバランスが、静かに書き換えられ始めた瞬間だった。
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