第41話 冥界の契約と「悪徳の断罪者」

 石山の憎悪は、彼の肉体の痛みと結びつき、限界に達していた。その夜、彼は自宅のアパートで、手持ちの薬を一気に飲み干した。身体の痛みに耐え、社会の理不尽に打ちのめされる「生」から、逃げ出したかったのだ。

​ 意識が遠のき、身体が冷えていく。救急車が到着したとき、石山はすでに脈拍が極端に遅くなり、脳波も平坦になりかけた「仮死状態」にあった。

​ しかし、彼の意識は死にはしなかった。代わりに、彼は冷たい、無彩色の空間に漂っていた。

 💀 冥界との取引

​ その空間で、彼の前に一人の存在が現れた。その姿は固定されておらず、時には彼の憎悪を象徴する金田の形をとり、時には「減産」を告げた事務的な経営者の顔、そして時には、彼が排除された「コンベア」の冷たい鉄骨の集合体に見えた。

​「お前は、**『社会の理不尽』**を憎んでいる。その憎悪は、純粋で、美しい」

​ その声は、深淵から響くようだった。

​「お前は、**『壊れた道具』として、無力なまま死ぬのか?それとも、その道具を、より強大な力で『再構築』**し、お前を苦しめた『支配者』たちに復讐するのか?」

​ 石山は、全身の痛みと怒りを込めて叫んだ。

​「復讐したい! 俺のような弱者を使い捨てにする、あの冷たいシステムを、全て破壊したい!」

​ その瞬間、彼の身体を「システム」と「支配者」の集合体が貫いた。それは、苦痛であると同時に、強烈なエネルギーの注入だった。

​「ならば、力を与えよう」

​ その存在は言った。「お前の**『殺意と復讐』は、世界の均衡を崩しかねない。故に、その力には『制約』**が伴う」

​ 彼は、石山の魂に二つの魔力の源を植え付けた。

 黒魔術(ブラック・ソーン):

​ 源:石山の内なる憎悪と復讐心。

​ 効果:**「悪意ある支配者」や「冷酷なシステム」の「破壊」に特化する。ただし、無関係な人間に向けた場合、術者自身に甚大な苦痛と報いが返ってくる。これは、彼の復讐心を「断罪」**という目的だけに限定するための枷だった。

 白魔術(ホワイト・ロータス):

​ 源:石山の奥底に残る**「公正な社会への願い」**。

​ 効果:「善行」を行うことで魔力が蓄積される。身体の「治癒」、人々の**「苦痛の緩和」、そして「情報」**の正確な入手などに使える。この力がなければ、彼の壊れた身体はすぐに崩壊するだろう。

​「お前は、善行を積み、白魔術で自身の身体を維持し、情報を集めねばならない。そして、その情報に基づき、黒魔術でターゲットを**『断罪』するのだ。お前は、『悪徳の断罪者(ヴェンデッタ)』**となる」

 ​契約が成立した瞬間、石山の身体に白と黒の光が走った。彼は、身体に痛みを感じながらも、確かな「力」が宿ったことを悟った。

​ 

 🏥 蘇生と「最初の善行」

​ 数日後、石山は病院のベッドで目を覚ました。医師は奇跡的な蘇生だと首を傾げたが、石山は自分の身体が別人になったことを知っていた。

​ 腰と肩の鈍痛は消えていない。しかし、白魔術の力が彼の身体をゆっくりと修復し始めていた。彼の精神的なイライラも、以前よりは制御可能になっていた。

​ 彼は、病院の窓から外を眺めた。彼の復讐の対象である「社会」がそこにあった。

​(まずは、力を使ってみる…)

​ 彼は、隣のベッドで苦痛に顔を歪めている老人がいることに気づいた。老人は、不衛生な環境と、治療の遅れに不満を漏らしていた。

​ 石山は、静かに老人に近づき、そっと手をかざした。心の中で「この人の苦痛を和らげたい」と強く願う。

 ​スゥ…

​ 彼の掌から、わずかに温かい白い光が放たれた。それは、彼の「最初の善行」による白魔術の力だった。老人の顔の歪みが消え、安らかな寝息に変わる。

​ 老人の苦痛が和らぐごとに、石山の体内の白魔術の源がわずかに増幅するのを感じた。

​(この白魔術は、俺の『命綱』であり、『盾』だ。そして、この力で、俺は『断罪』のための準備ができる)

 🏭 復讐の対象:明治電工

​ 退院後、石山が最初に向かったのは、以前勤めていた明治電工だった。

​ 減産とリストラが続き、工場の雰囲気はさらに荒んでいた。

​ 石山は、会社の情報システム室に忍び込むことを決意する。彼のターゲットは、「減産」の決定を下した経営者個人ではなく、その決定を可能にした**「会社の闇」**そのものだった。

​ 彼は、黒魔術の「破壊」の力ではなく、白魔術の「情報」の力を試した。

​「この会社が抱える、**最も隠された『不正』**の情報を、正確に把握したい」

​ 彼が情報室のドアに手をかざすと、白い光が手のひらから放射状に広がり、電子錠のセキュリティを無力化した。彼の脳裏に、会社の隠された会計データや、裏帳簿のイメージが流れ込んでくる。

 明治電工は、コスト削減のため、製造工程で出る有害な産業廃棄物を、ダミー会社を通じて不法投棄していた。

​ さらに、減産を装ったリストラと同時に、実際には作業量を維持しながら、コストの安い**「偽装請負」**を使って違法な労働力を雇い入れていた。

​「これこそが…俺を蹴り出した『金と数字の暴力』の正体か」

​ 石山の瞳が、冷たい黒い光を帯びる。

 ​彼の身体を壊し、彼の人生を打ち砕いた「システム」への復讐の対象が、ついに明確になった。

​(まずは、この会社を、内側から『断罪』する)

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ブラック企業に死の鉄槌を! 鷹山トシキ @1982

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