第20話 しっぺ返し
金田大介は、アンドロメダ自動車での冷遇と孤独に苛まれ、自暴自棄の日々を送っていた。彼の心の中には、石山や水野に振るった暴力に対する反省ではなく、ただ満たされない苛立ちと不満だけが澱んでいた。
その日、彼は仕事終わりに、巨田駅前の居酒屋で一人で酒を飲んでいた。社員たちは誰も彼を誘わず、彼もまた、誰とも関わりたくなかった。
午後10時過ぎ。酔いを覚まそうと駅前のロータリーを歩いていた金田は、突然、背後から接近してくる人影に気づかなかった。
ドンッ!
鈍い衝撃とともに、頭部に激しい痛みが走った。視界が真っ赤に染まり、金田はその場に崩れ落ちた。
「ふざけんな! なんでこんなとこにいるんだよ!」
誰かの叫び声。金田は、頭を押さえながら顔を上げると、目の前に立っていたのは、見覚えのない若い男だった。その男は、手にハンマーのような鈍器を握りしめていた。通り魔だった。
金田は、かつて自分が安全靴で石山を蹴り倒したときと同じように、一方的な、理不尽な暴力の被害者となっていた。
「や、やめろ……」
金田が弱々しく呻く間もなく、男はさらに金田の脇腹あたりをハンマーで殴りつけた。
ドスッ!
その衝撃と痛みは、金田がかつて石山に与えたものと、同じくらい強烈で冷酷だった。金田は意識を失い、巨田駅前の冷たいアスファルトの上に倒れ伏した。
金田は、すぐに病院に運ばれた。頭部と肋骨を強く打っており、全治数週間の重傷だった。彼は、自分が以前、石山に与えた暴力の因果応報であることなど、夢にも思わなかった。ただ、**「なぜ俺がこんな目に」**という憤怒と不満だけが彼の中に渦巻いていた。
入院して三日目の朝、アンドロメダ自動車の総務部長が病室に現れた。
部長は、花の一つもなく、冷たい視線で金田を見下ろした。
「金田さん。お見舞いではありません」
「ぶ、部長……」
「申し上げにくいのですが、あなたは現在、研修期間中です。業務時間外とはいえ、駅前という公の場でこのような事件の被害者となり、長期の入院を余儀なくされました。これは、当社が必要とする安定性と危機管理能力に欠けると判断せざるを得ません」
金田は、青ざめた顔で抗議した。
「ま、待ってください。被害者ですよ、私は! リストラですか!」
「リコール隠しで揺れている当社にとって、社員がハンマーで襲われるという報道はさらなる信用失墜につながります。残念ながら、あなたの研修は不合格です」
部長は、事務的な口調で続けた。
「つきましては、本日付で解雇とさせていただきます。これは決定事項です。退職書類は郵送しますので、サインをして返送してください」
部長は、それだけ言い残すと、病室から無言で立ち去った。
金田は、ベッドの上で、頭の包帯と痛む肋骨を抱えながら、絶望に打ちのめされた。彼は、二つの会社を短期間で失った。しかも、二度目の解雇は、自分の暴力行為ではなく、他者の暴力によるものだった。
彼は、自分が石山や水野の人生を壊したときのように、理由も弁解も許されない理不尽な現実に直面していた。金田は、自らの暴力を棚に上げ、社会の理不尽さを呪った。
彼の人生は、安全靴が他者に与えた痛みと同じように、ハンマーが彼自身に与えた痛みによって、完全に停止したのだった。彼は今、石山と同じように、居場所を失った孤独な病人の立場となっていた。
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