漂白剤のモノローグ
十四たえこ
漂白剤のモノローグ
例えるならば、私は漂白剤で、彼はクエン酸。つまりは、混ぜるな危険てこと。
漂白剤たる私が劇薬めいていることは誰の目にも明らかだけど、彼が危険な反応をするなんてのはみんな忘れがち。接種すれば日常の疲れまでも軽減してくれるあのクエン酸大先生が、私と混ざれば、死屍累々……まではいかないか?……まぁまぁ周囲に及ぶ有毒ガスになる。
ブツブツと独り言を言いながら、私は掃除を続け、台所の銀色部分にクエン酸スプレーをして、ラップをかけた。
張り合いのある人、尊敬できる人、一緒に高め合える人。彼もそんなことを言っていて、私たち気が合うねなんて言って付き合い始めた。
はたからみた私たちも、お似合いだったようだ。彼は学校中の人気者であったし、私のコミュ障は清廉潔白な高嶺の花に見えていたようで、理想のカップルと呼ばれていた。
大事な受験期を乗り越えて、二人で東京に出て同じ大学に通い始めたとき、諍いが生じ始めた。罵り合い、掴み合い、怒鳴り合い。どちらともなく、悪魔が乗り移ったかのように暴言が吐き出され、鬼が乗り移ったかのようにモノに当たった。自分の中にこんな私がいたことに驚く。
ついにメッキが剥がれたのだと思った。
いい子に過ごした私と彼の人生は全て偽物だったのだと。
しかし、彼は私以外とは実に上手くやっていた。誰にきいても彼と上手くやれないなら私に問題があるのだと結論づけた。私は常からお高くとまったきらいがあって、ときに鼻につくときがある、と。メッキが剥がれたわけではなく、私は私のまま、彼は彼のままである、と。
忌憚ない意見が言い合えることを理想に、無条件に私の味方をするような友達などいらないと思っていた過去の私が仇になる。こんなに孤独になることは想定していなかった。
誰も私の味方をしてくれない。
あんな女と付き合ってるからだめなんだと彼の失敗すら私の存在の否定に使われた。
一番味方に近かった母親に、ダメなら別れなさいと言われた時は、突き放された気がした。
会うたびに喧嘩するのに、私はまだ彼を愛している。甘やかすから悪いのだ、引き際を知らぬから悪いのだ、と世間は言うが、こればっかりはそういう相性なのだ。私も二度と食器を投げたりしたくないし、彼も鉢植えを蹴飛ばしたくないだろう。だけど、彼といる時の私自身に湧き起こる変化は、悪くなかった。湧き上がるエネルギーは、私の中の毒気を消化していく。いつか、私の奥のトゲトゲしたものが全て抜けるのではないかという期待を感じさせた。たとえ周囲に被害が及んだとしても。
私たちの化学反応は、そろそろ収束を迎えるはずだ。いつまでも新鮮に喧嘩することはできないだろう。
明日には。明日には。
また笑って、仲良く大学に通って。一緒にお弁当食べて、映画でも見て。
私は、ピカピカに磨き上げたシンクを台無しにするように、彼の好物の唐揚げを揚げ始めた。
中和された私たちは、いつか平々凡々なカップルとなり、心地良く落ち着くはずだと期待して。
漂白剤のモノローグ 十四たえこ @taeko14
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