第二十四話 持つ者と持たざる者

 六月中旬。花畑女学園の生徒達は鍛えていた。




 ある者は走り。




 ある者は筋トレを。




 彼女達が肉体強化に励むのには訳があった。




 七月一日、花畑女学園では俗に言う運動会が開催される。組み分けは三つの組織で分かれ、それぞれ十人が選抜されて挑む。競技は棒倒し、綱引き、借り物競争、そして目玉であるマラソンがある。これらで活躍した選抜選手及び組織は順位に応じた点数を稼ぐ事ができ、目玉であるマラソンで一着の場合、破格の点数を手に入れられる。




 たかが運動会ではあるが、花畑女学園では点数を大きく稼げる大事な行事の一つ。一般生も代表も一丸となって、競争相手である二つの組織に泥をつけようと必死になる。




 そんな中、アキとハルは部屋で寝転んでいた。筋トレやランニングをしていないだけでなく、食事制限もしていない。完全に自堕落な日々を送っていた。




「アキ~。私達、ずっと寝転んだままでいいの~?」




「いいのよ~。どうせ私達は選抜に選ばれないし、今年のヒマワリには強力な生徒がいるからね~」




「天明さんなら、全部の種目で一着だろうね~」




「ああ。そして我が家に大量の点数が……! しばらく何もしなくていい日が続くわよ~!」




「あーっと、くつろいでる所悪いんだけどよ。俺、ヒマワリに所属してないからな」




 その天明の言葉は雷となって、自堕落な二人をつんざく。




 二人は忘れていた。仕事でも生活でも一緒に過ごす中で、勝手に天明はヒマワリ所属だと思っていた。しかし、天明は無所属である。組織に属さずに参加する事は禁止されていないが、順位に関わらず点数は発生しない。仮に天明が全ての種目で一着をとった場合、どの組織にも点数が入らず、ただの運動会と化す。




 二人は慌てて飛び起きると、天明の腕を片方ずつ掴み、ヒマワリ所属にする為に校舎へと連れて行こうと決起した。




「うおぉー! 金のなる木をそのままにしておけるかー!」




「一杯寝たいー!」




「……何やってんだお前ら?」




 だが、天明は健康優良児である。背は同年代の男子と比較しても高く、引き締まった筋肉は見た目以上の力を有していた。二人が全力を尽くしても、天明の体を引きずっていく事は不可能であった。




 力ずくでは不可能と確信した二人は説得に転じた。部屋の扉の前に立ち塞がり、組織に所属する言質を取ろうとした。




「おい! お前、私達の役に立ちたいよな!?」




「もう十分役立ってるだろ」




「天明さん! 美味しいご飯、食べたいですよね!?」




「おお、食いたいな! せっかく海が近いんだし、浜辺でバーベキューでもやるか!」




「その為にはな、お前はヒマワリに所属しないといけないんだ。そして七月の運動会で―――」




「やだ」




「なっ!?」




「下手過ぎるよアキ! 説得の仕方が下手!」




 その後、ありとあらゆる方法を試したが、結局二人は天明を組織に入れる事が出来ず、気付けば夕暮れになっていた。




「駄目だ……アイツ、健康優良児過ぎる……!」




「というか私達、ちょっと体力落ちてない……?」




「……最近の生活か」




「……そうだね」




 食卓にて、二人はこれまでの自堕落な生活を悔いていた。肉体強化に専念する生徒達は制服ではなく体操着のような運動に適した服装を常用し、そういった服は洗濯機で済まされる。その為、クリーニングの仕事は全く無くなり、他に手伝う事も無くなった今、二人はダラけにダラけた。




 その結果は十代の少女にとって目を伏せたくなる事実を突きつけた。体重増加である。  




「お前ら、今日変だぞ? まぁ飯でも食って元気出せって! 今日はガパオライス……で合ってるはずだ!」




 食卓に置かれた天明の料理は、ほぼガパオライスであった。違いといえば、香る匂いが中華風である事と、目玉焼きの隣に分厚いベーコンが乗っている。




「これは……!」




「美味しそう、だけれども……!」




 鈍くなった動き。




 体重増加。




 その二つの事実に苦しむ二人にとって、天明の料理は悪魔の誘惑であった。




「いただきます……うん! 何がガパオライスなのか分かんねぇけど、味は美味い! というか、ガパオライスってどんな味すんだろうな?」




 美味しそうに食べる天明を前にして、いよいよ二人は最後の決断を迫られた。




 太るか。




 痩せるか。  




「……ねぇ。お前って、なんでそんな体系維持出来てるの?」




「よく食べて、よく動くからな。あと、昔からなんだが。俺って肉がつきづらくてさ。背ばっか伸びて、ヒョロヒョロだったんだよ。今の体になるまでに結構頑張ったんだぜ?」




「肉が……」




「つきづらい……」




 それは持たざる者への侮辱であった。生まれ持った才能と同じく、食べても太らない人間はいる。当人は苦労しているが、外野からすればどんな才能よりも羨ましいものであった。   

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