第二十三話 食卓

 時計の針が十九時を指した。アキとハルが食卓についてから一時間が経とうとしているが、残り一席の天明が帰ってこない。




「アイツ……! いつになったら帰ってくるの!」




 晩ご飯であるパスタはとっくに冷め、麺が硬くなっている。先に食べても良いだろうに、二人は律義に天明を待ち続けていた。




 なんだかんだと言えど、一ヶ月も仕事と生活を共にすれば、パズルのピースのようになる。アキとハルと天明の三つのピースがあって完成するパズルは、今一つ欠けた状態。アキが口でどう言おうと、アキが思うハルの存在同様、天明は欠けてはいけない一人になっていた。  




「アキがあんな風に言ったから、天明さん帰ってきたくないんだよ」




「でも……!」




「私は、アキと天明さんの三人で暮らす生活が好きだった」




 その言葉は今更であった。今朝にでもその言葉をアキに放っていたら、もしかしたらずっと前に天明はここに戻ってきていたかもしれない。




 だが、ハルは言えなかった。それが後悔となっていた。そしてその後悔を消そうと、アキを責めた。出来なかった自分を責めるのではなく、その時邪魔だと思っていたアキを責めた方がずっと楽で、気が晴れた。




 アキは俯く。隣の席に座っているはずのハルとの距離が遠く感じて、自分の言葉が届きそうにない。俯き、そして思い出す。これまで天明に言ってきた罵倒の最後に決まって言う言葉を。




【ここは私とハルの場所!】




 はたして本当にそうだったのかと、アキは疑い始めてきた。二人でクリーニングの仕事を行い、ここで生活してきた。




 しかし、二人揃って食事をしたのは何度あったのか。くっつけて敷いた二つの布団の内、片方だけが空いていた事がどれだけあったか。ハルとの思い出は、あったのか。




 重苦しい空気が漂う中、二人は固まっていた。表情は違えど、想いは一緒であった。




(天明さん、帰ってこないかな……)




(天明……帰ってきてくれ……!)




 その二人の想いが届いたのか、息を切らした天明が食卓に駆け込んできた。




「遅くなった! 飯、あるだろな!?」


 


 開幕一番に出た天明の言葉に、重苦しい空気が一瞬にして晴れた。それはまるで、隠された太陽が空を覆う暗雲をこじ開けるように、力強く、我が強かった。




「おぉ、なんだよ! お前らもまだ飯食ってなかったのか! そりゃ好都合! んじゃ、いただきます! ……このパスタ、サンプル食品みたいになってんぞ?」




「「……アッハハハ!!」」




「な、なんで笑うんだ! あ、もしかして俺に対する意地悪だな!? 飯で意地悪すんな! 飯の意地悪が一番ムカつくんだよ!!」




「フフ……! ごめんなさい。冷めちゃっただけですから。皆の分、レンジで一回温めましょう」




 ハルは自分と天明の分をキッチンへ持っていくと、先に天明のパスタをレンジで温め始めた。




「冷めたって、もしかしてお前ら食わずに待ってたのか?」




「そうよ。どこかの誰かさんの帰りが遅くってね。もう私もハルもお腹ペコペコよ」




「別に待たずに食ってりゃいいのに」




「駄目ですよ。晩ご飯はみんなで食べないと。三人揃わないと」   




「そうか? そいつは……待たせて悪かったな」




「それよりお前、随分と配達に時間掛かったわね。迷ってたの?」




「いや、配達はすぐ終わった。ただちょっと、人生相談に付き合っててな」




「人生相談? お前に? そいつ、見る目無いね」




「俺もそう思う。けど、おかげで良い土産を貰えた」




 そう言うと、天明は一通の封をテーブルに滑らせ、アキに差し出した。




 アキが封を開けると、中身はヒマワリ代表からの通達文であった。




「ッ!? こ、これ、何さこれ!? アンタまさか、誠様に失礼したんじゃ―――」




「いいから読めよ。短いからさ」




「……白草リン。西山ハル。両名がクラブ活動するクリーニング及び、私生活に関して……さ、冴羽天明を終身雇用で任命する!? なお、彼女の衣食住は両名が管理する事となり、私情での雇用解除を禁ずる!? ど、どういう事よ!? なんで誠様がアンタを名指しでうちに!?」




「そこに書かれた通りだ。そんな訳で、明日からもお世話になります。家主様」




「それじゃあ、天明さんはずっとここに居るって事!?」




「そうだ」




「そっか……! そっかそっか! 私は大歓迎です!」




「ハルちゃんは良い子だね~。そんでもって、お前は歓迎してくれないのか? 代表様直々のお願いだぞ?」




「……し、仕方あるまい! 私とハルはヒマワリ所属! その代表の言葉に従うのは当然だからな!」




 口ではそう言いつつ、アキは内心ホッとしていた。今までの天明に対する態度や発言から素直に謝れず、ここに天明を居続けさせる理由が出来た事に安堵した。




 レンジで温め直したパスタが食卓に並んだ。三人はそれぞれに目を合わせた後、手を合わせて言った。




「「「いただきます」」」 

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