第十九話 プラスチックの包丁は使いづらい

 花畑女学園は全寮制であるが、例外も存在する。組織の代表には専用の家があり、クラブ活動に専念する為に活動拠点で生活する者もいる。後者がアキとハルだ。クラブ活動に専念するという目的もあるが、周囲に馴染めないハルに寂しい思いをさせない為のアキの気遣いでもあった。




 そんな二人の愛の巣とも言えるであろう部屋に、土足で入り込んだ者がいる。その人物は現在進行形で処罰を課せられている天明である。今まで、そしてこれからも二人で暮らすものだと思っていた場所に、我が物顔で居座る天明は、アキにとって害虫と同等であった。




 なによりも害虫たらしめたのは、ハルが天明に懐きつつあった。グイグイと距離を縮める天明に、最初こそハルは怯えていたが、人当たりが分かっていくと、逆にハルが天明に近付くようになっていた。




 アキは決して、ハルが自分以外の誰かと接してほしくないとは思っていない。友人が出来たのなら、目一杯お祝いをするつもりだ。




 しかし、相手が天明なら話は別だ。人という生き物は、簡単に影響を受ける。もしもハルが天明の何かしらに影響を受けてしまったらと、アキは気が気でなかった。




「天明! 今日こそ出ていってもらうぞ!」




 クラブ活動の終了時刻になると、アキは天明に指を指して怒鳴った。天明が居候を始めた一週間前からの恒例である。午後十七時になるとアキが天明に同じような言葉で怒鳴り、天明もまた同じような言葉で反論する。




「俺が出てったら配達は誰がやるんだよ?」




「私がやる!」




「じゃあハルにアイロン全部やらせんのか?」




「私も手伝う!」




「んで? 集会は誰が行く?」




「私が行く!」




「キャリアウーマンかよ……でもさ、お前もそろそろ気付いてんだろ? 三人体制だと上手く回ってる事にさ」




「ぐっ!?」




 天明の言葉はもっともであった。今までは活動時間外でも作業や準備を行い、まとまった休みなど無かった。一番の問題は、配達。基本的にヒマワリの寮に運ぶ作業だが、時折別の組織の寮からの注文が入る事もある。組織を問わずに注文を受け取るのがヒマワリに属するクラブ活動者の良い所であり、悪い所でもあった。人手が足りなければ当然遅れが発生し、運ぶにも距離がある。自転車や自動車などがあれば良いが、花畑女学園ではそれらの物が禁止されている。




 そんな中で、体力自慢の天明はこれ以上ない人材であった。かなりの量の配達があっても、三十分もあれば配達し終える。更に持ち前の工作技術で、大抵の物を直せるオマケ付きである。




 仕事に関しては文句の一つも出ない人間であるからこそ、リンは毎回この口論に負けてしまう。そして口論が終わった頃に、ハルが二人の間に入って晩ご飯の時間だと告げる。 




「お仕事も終わったから、ご飯にしようよ! ね、二人共!」




「家主がこう言ってんだ。飯だ飯」




「どうしてお前が上から目線で喋るんだ!」




「しょうがないだろ背がデカいんだから!」




「まぁまぁ二人共! 今日はパスタにしようと思ってるけど、いいかな?」




「ハルが作る物なら―――」




「またパスタか~?」




「お前!! 家主の言葉には従うんじゃないのか!?」




「俺は日本人だ! 毎日パスタだのサンドイッチだの食ってりゃ、異国人になっちまうだろ!?」




「訳分かんない事言うな! そんなに文句言うなら、お前が作れよ!!」




「おう分かった!」




「「え?」」




 こうして、突発的に天明が晩ご飯を作る事になった。キッチンに立つ天明の姿は、テレビなどに出るイケメン料理人のようにも、人を食すサイコパスのようでもあった。




「天明さん、料理出来るんですか?」




「料理人って程じゃないけどな。冷蔵庫に何が……なるほどなるほど。よし、あれ作るか!」




 天明はピーマン、モヤシ、牛肉を取り出すと、まな板の上に置いた。




「材料はこれだけですか?」




「そ。あと炒飯も作るから」




「お米はあるけど、炊飯器は無いわよ?」


 


「じゃあなんで米あんだよ……まぁ、別に炊かなくても炒飯は作れる。ほら、キャンプとかで焚火で飯盒使ってやんだろ? 炊飯器が便利扱いされてるのは、手順通りにやれば馬鹿でも出来るって保証が―――って、プラスチックの包丁しかねぇのかよ……」




「ハルの指が切れないようにしてるからね」




「別にプラスチックでも構わないけどさ。これだと肉切りずらいんだよ」   




 文句を言いつつも、天明は慣れた手つきで食材を切り、フライパンを操り、一時間も経たぬ内に料理が出来上がった。




 三人が囲むテーブルの中央に置かれた二つの大皿には、肉野菜炒めと炒飯が盛られている。二人の予想通りのガッツリ系ではあったが、食欲をそそる匂いや見た目は予想外であった。




「チンジャオロース風肉野菜炒め。若干硬め炒飯。中華擬きの二品だ」




「凄く美味しそー!」




「確かに……でも、見た目は良くても、味が不味いなんてざらよ!」




「じゃあ食って確かめてみろよ」




 二人は取り皿に二品をよそうと、天明に眺められながらスプーンで料理を口に運んだ。




 ハルは驚きの表情を浮かべた後、笑顔で二口目、三口目と食べていく。 




 アキはニヤつきながら自分を見ている天明に苛立ったが、既に握るスプーンが二口目をすくっており、苦悶の表情で二口目を口にした。




「……クッ!? 美味しい、じゃない……!」




「だろ!」




「本当に美味しいです! いくらでも食べられそう!」




「また俺の飯が食いたいなら、金属製の包丁と炊飯器用意しとけよ」




「検討、しておく……!」




 たびたびアキと天明が衝突するが、なんだかんだ上手くいってる三人であった。

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