第八話 集団心理
「めんどくさ」
天明が呟いた言葉は、何の悪意も無い本心からの言葉。
だからこそ、組織というものを重く捉えていた二人に強い反発心を生んだ。
「ッ!?」
「天明様!? そのようなお言葉は―――」
「アンタらも俺もただの学生。つまりはガキだ。組織がどうだとか、そんな難しい話に真剣になる必要なんか無いんだよ。よく言うだろ? 学生は勉強が本分。子供の内に馬鹿やって遊びまくれ。恋だの友情だのを大事にしろ。先人の方々のありがた~いお言葉さ。それはここでも例外じゃない」
「天明さん! アナタはまだここへ来たばかりで、事の重大さが分かっていないんです!」
「可愛い顔が台無しだぜ?」
「か、可愛い!? どうしてそんな言葉を!!」
「人の容姿ってのは不平等なもんだ。良い奴もいれば、悪い奴もいる。だが一番に許せない事は、顔の良い女のくせに、笑わない事だ。良い面した女が笑ってれば、不思議と周りも笑顔になるもんさ」
席を立った天明は陽子の頭を軽く撫で回すと、自分のベッドに飛び込んだ。まだ学園について何も知らない身であっても、真剣に悩んでいる事に茶々を入れられると苛立ってしまう。恵美がまさにそうであった。
だが、不思議な事に恵美は待っていた。ベッドに寝転がる天明が呟く次の言葉を。それがどんな言葉であっても聞かなければいけないという、使命感のようなものを恵美は覚えていた。
「アンタら少しマジになり過ぎだ。子供の内は、何でも楽しんで望めばいいんだよ。じゃなきゃ大人になった時、良い思い出をわざわざ探す羽目になるからな」
その天明の言葉は槍に形を変え、恵美の胸を貫いた。
「良い、思い出……?」
恵美は過去の記憶から良い思い出となる記憶を探してみた。実際に流れた時間は数秒程度だが、恵美にとっては長い時間が流れたような気がしていた。それ程までに、恵美の過去には良い思い出が無かったのだ。
「……天明さん。アナタの良き思い出とは?」
「全部だ」
「全部?」
「俺は俺がやりたい事をやってきた。他人に何を言われようと、自分第一に生きてきた。まぁ、そんな風に生きてきたもんで、良い事ばかりじゃなかったさ。でも、俺にとっては良いも悪いも関係ない。自分らしくいられたか。それが重要で、それが出来ていたから良い思い出なのさ」
「では、私達も天明様のように生きればよろしいのですか?」
「知るか」
「えぇ~!?」
「テメェの生き方はテメェで決めろ。俺はもう寝る。夢の中でコーヒー飲んでくる」
そう言い残すと、天明は早々に眠りについた。意外にもイビキはかかず、その寝顔は赤子のように純粋無垢であった。
残された二人は、やるせない気持ちを抱きながらも、気持ちが軽くなったような気がした。天明に自分達の苦悩をこれでもかと訴えかけたいと思いつつ、どうしてそこまで必死になっているのか馬鹿らしくなっていた。
「恵美様……」
「……言われてしまったわね。好き勝手に」
「恵美様、一つお聞きしたい事があるのですが」
「何かしら?」
「どうして、私達は組織に身を投じるのでしょうか? 三つの組織があり、そのどれかに入らなければいけない。それが伝統として今日まで根付いている。どうしてでしょう?」
「それが、ここのルールだからよ」
「でも、誰が言ったわけではありません。皆さん自然と……まるで、当たり前かのように受け入れてしまってる気がするんです」
通常の学校には校則などのルールがある。そのルールを正しく理解出来ている人間はほとんどいないだろう。それでも、明確に記載された何かが存在している。
一方で花畑女学園には、そういった校則が無い。教え導く者もいない。あるのは三つの組織と、組織の代表が宣言した命令だけ。歪であるが、それが花畑女学園なのである。
だからなのか、集団心理が色濃い。明確な上下関係は、良く言えば生きやすいが、本質は自分の意見や主張を言いずらい。そしてその上下関係に変化が無く、時間が流れれば流れる程、ますます下は従順さに磨きをかけてしまう。学生の立場である少女達がその上下関係に疑問を抱くには、まだ若過ぎる。
普通では気付けないおかしさに、陽子は気付きつつあった。それは純粋な疑問であったが、本質の一歩手前まで迫っていた。
「……今日のお茶会はお開きにしましょう」
恵美もまた気付きつつ―――いや、既に気付いていた。誰が始めたかも分からぬ花畑女学園のシステムに疑問を抱き続けていた。
しかし、一人の力がどれだけ無力なのか。この三年間で嫌というほど思い知らされていた。変えられぬ常識ならば、いっそ従っていれば気楽に過ごせると諦めていた。
「明日は天明さんの制服を受け取るついでに、この学園を案内しようと思ってます」
「恵美様のお姉様……千鶴様にお会いさせますか……?」
「そうね。会わせた方がいいかもしれない」
(会って知った方が良い。この学園でただの一般生がどれだけ無力なのかを)
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