第六話 理想と現実
恵美の部屋から食堂に戻った陽子。周囲の生徒達が談笑交えながら食事を進める中、陽子は料理に手をつけずにいた。その理由は恵美の部屋で起こした失態もあるが、天明の肉体が主な原因であった。
(天明お姉様のお体、殿方の……いえ、本当の殿方よりも、もっと凄くて……逞しかった……!)
ここ花畑女学園は男性が足を踏み入れる事を禁じており、更には男性の姿が写った、もしくは思わせるような物はご法度とされている。その理由は定かとされてはいないが、品格ある女性に育つ為と生徒達は納得している。
しかし、人間である以上、性的欲求などの欲望を消す事は出来ず、異性に変わる何かでそういう欲を解消していた。中には想像して作り上げた理想像で欲を解消する者もいる。
そんな環境で育った彼女達、特に陽子には、天明の肉体は忘れたくても忘れられないものであった。
「お姉様……」
「陽子ちゃん? どこか具合が悪いの?」
普段の陽子とは違う様子を心配した隣の女生徒が声を掛けた。それに続くようにして、陽子を中心とした周囲の女生徒が陽子に心配の表情を向けていた。
「いえ、どこも悪くはありません……」
「恵美様と一緒に何処かへ行ってたよね? もしかして、恵美様に何か―――」
「違います! 違うんです……恵美様は、何も悪くないんです……」
「じゃあ、どうしてそんなに落ち込んでるの?」
「落ち込んではいるのですが、それよりも……」
「陽子ちゃん? あ、そうだ! みなさん、そろそろですよね! 恵美様のお部屋に同居人の方が訪れるのは!」
「どんな方がいらっしゃるのかしら?」
「やはり、恵美様と同じようにお綺麗な方でしょうか?」
「もしかしたら、陽子ちゃんのような可愛らしい方かも!」
「恵美様の事ですから。どんな方であっても、上手く付き合っていけそうですけどね。あ、もしかして陽子ちゃん! さっき恵美様のお部屋に行ったんじゃない?」
「え、ええ。同居人の方も、既に」
「ハァァ! それじゃあ、姿を見たという事ね! どんな方だったかしら!」
陽子の近くの席はおろか、話題の主の正体を知ろうと誰もが耳を傾けた。その好奇心は単なる転校生への期待だけでなく、これからくるであろう未来も関係していた。
「……名前は天明様という方のようです」
「天明様! 素敵なお名前! それで、お姿の方は!?」
「それは……! その、天明様のお姿は……言えません!」
「えぇ? どうしてよ?」
「あのお方のお姿は、私の言葉では言い表せないんです!」
「そんなに!?」
「私の稚拙な言葉で表すとするならば、殿方よりも殿方らしい。私達がイヴであるならば、あのお方はアダムとなるお方! いえ、私達のような者があのお方の対となる存在になるなんて、それはあまりにも身の程知らず!」
「そうまでなの!? それじゃあ、ヒマワリの王子様! 誠様のようなお方なの!?」
「言葉を選ばずに言ってもよろしいのならば……あるいは、誠様を凌ぐかと」
その陽子の言葉は、食堂にいた女生徒達を震撼させた。
女生徒が口に出した【ヒマワリ】とは三大組織の一組織の名称。その代表となる人物、御剣誠は王子様という二つ名で呼ばれる程に凛々しい女性である。誠も天明同様、この春に転校してきた。そのあまりの凛々しさに、ヒマワリの前組織の代表が自ら代表の座を譲り渡すという異例を生んだ。
そんな異例中の異例の人物を凌ぐと耳にすれば、皆思う事は一緒だった。
(お姿を拝見したい!!!)
その頃。知らぬ間に前評判が凄まじくなっていた天明は、恵美に抑えつけられていた。
「離せ恵美! 俺は食後のコーヒーを飲みに行く!!」
「シャツ一枚ではいけません! 第一、ここにはコーヒーは置いてありません!」
「嘘をつくな! どんな場所でも人間がいる以上、コーヒーは置いてある! 俺の経験からくる理論だ!!」
「無い物はありません!!」
「あるの!!」
「ありません!!」
それから数分後、疲弊した恵美が空のトレーを持って食堂に現れた。コーヒーに近い飲み物を持っていくと言って天明を納得させたものの、コーヒーを飲んだ事の無い恵美にとって、それは自分の首を絞める無理難題であった。
そんな恵美の苦悩など知る由もなく、食堂に残っていた大勢の女生徒達が恵美のもとへ押し寄せた。
「恵美様! 同室の方は、どのような方なのですか!?」
「凄く凛々しいのでしょうか!?」
「凄く麗しいのでしょうか!?」
「教えてくださいませ、恵美様!!」
「……皆様、よくお聞きになって」
「はい!!!」
「……コーヒーというのは、どういうお飲み物なのですか?」
「……はい?」
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