第四話 同居人
天明がシャワーを浴びている間、恵美は様々な事をこなしていた。服の洗濯、天明の着替えの用意、天明の制服の発注、同居人の手続き。それらを瞬く間にこなし、自分の部屋へと戻った。
散らかった部屋の中を見て、恵美は深く息を吸うと、恍惚とした表情でため息を吐いた。
(散らかってる……! 散らかされた……! 私以外の誰かに、部屋をこんなにも乱された! 前に住んでいた先輩でさえ、ここまで乱してくださらなかった! 完璧に整えていたベッドが滅茶苦茶に。お茶用に置いていた食器が粉々に。汚れがあちらこちらに。あぁ……あぁ! これぞ、私が求めていた光景! 私の生き甲斐!!)
開いていた心の穴を埋め尽くすどころか、心そのものを肥大化させる興奮と喜びに、恵美は悶えていた。 自分で自分の体を抑えなければ、今も増大する興奮と喜びに身が持たない。まるで破裂寸前まで膨らんだ風船のように、恵美は昇天寸前だった。
一方で、シャワーを浴びていた天明は、故郷を思い懐かしんでいた。以前までいた学校では、何か物を壊せば叱られて済む話だった。次から気をつければいいと、軽く捉えられる問題だった。
「俺の体全部売ったって足りねぇよな……」
ついさっき天明が汚し、壊した物の値段は、天明が思う値段よりも一桁高い値段である。その事実に薄々気が付いているからこそ、申し訳が立たなかった。
「こんな事なら、刑務所に送られてた方がずっとマシだったな……」
天明は何故自分がこんな場違いな所へ転校させられたのか、その意図を理解した。
しかし、理解したからといって、馴染んだ性格と言動をすぐに直せる程、人間は簡単ではない。特に天明は同性よりも異性である男と接していた為、本来の性別とは逆の思考を持っているという障害があった。
体の汚れを洗い流した天明は、脱衣所に置かれた着替えを広げた。
「うわ……」
着替えの服は当然の如く、女性物であった。サイズが少し小さめなのも気に障ったが、一番の嫌悪は女性物である事。男よりも男らしく育った天明に、女性物の服を着るのは何よりもの辱めであった。それは自分の否によって起こった惨事の後であっても、拒絶してしまうものだった。
部屋の掃除を終えた恵美は、満たされた胸を両手で抑えながらウットリとしていた。長らく感じていなかった幸せという甘美な味がする感情を噛み締めていた。
(幸せ……いつ以来だろうか。こんな気持ちになれたのは。前の先輩がいた頃? 初めてお掃除をした頃? いいえ、それらと比較しても、ここまでの幸福感は覚えなかった。どうしてかしら?)
「天明さん、だから……?」
経験した事の無い幸福感の真の正体に疑問を浮かべていると、シャワーを終えた天明が出てきた。
「あ、天明さん。お着替えのサイズは大丈―――ふぇ!? キャアァァァ!!」
「え? なんで?」
「て、てて天明さん! どうして裸で!?」
「着る物が無かったんだ」
「お着替えがありましたでしょう!?」
「あれは駄目だ……! とても、着れた物じゃない……! あんなスカートなんか……!」
「せめて下着をお着けになってください!!」
「俺はノーパン主義だ。大体パンティーだのブラだの、なんであんな拘束具を着けなきゃいけないんだ?」
「人の主義主張は尊重しますが……それにしたって……!」
恵美は両手で顔を隠していた。しかし、顔を覆う両手の指の隙間から、天明の肉体をマジマジと見てしまう。見れば見る程に、天明の肉体は素晴らしいものであった。高い身長は人間の部位を如実に現し、筋肉は競走馬を思わせるような引き締まりをしながらも、太過ぎず細過ぎない大きさ。
天明の肉体は、まるで美術館で展示されている彫刻像のように完璧であった。これ以上の肉体美は、世界中の何処を捜しても見つからない程に。
「おぉ、凄いな!」
「えぇ……とても、綺麗です……」
「あんだけ散らかってたのに、もうこんなに綺麗にしたんだな!」
「えぇ、本当に―――って、え?」
「散らかした本人が言う事じゃないけどさ、散らかる前よりも綺麗になった気がするよ!」
「……あぁ、お部屋の事を」
「何か言った?」
「い、いえ! そ、それよりも! 何でもいいですから布を纏ってください!」
その後、天明は恵美の寝間着のシャツとズボンに着替えた。天明の高身長には全く合わないサイズの服を着た天明の姿は、まるで大人が幼少期に着ていた服を着たかのような姿であった。
「どう?」
「フフ……フフフ……! あ、あの……! 真剣な表情でこちらを―――プフッ! 見ないで、ください……!」
「……アイム、チャイルドメン!」
「ッ!? アッハハハ!! なんですか、その決めポーズと台詞は! おかしくって、堪えられませんよ!」
「あのさ、改めて謝らせてくれ。色々と、面倒掛けさせた事をさ」
「も、もういいですから! そのお姿で真面目に語られると―――アッハハハ!!」
そこはまるで、空き部屋であった。時折物音が聞こえる時があっても、声が聞こえる事は無かった。その部屋に一人で住む少女は、いつも明確な正体の無い何かをずっと求めていた。
そして今日、部屋には笑い声が響いた。
楽し気で、嬉しそうな笑い声が。
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