第三話 トラブルメーカー
運良く花畑女学園である島に漂流した天明。漂流した先で出会った恵美の案内のもと、花畑女学園の寮へとやってきた。
「……これが、寮?」
「そうですよ」
「学校じゃなくて?」
「はい。まぁ、ここは一般生が泊まる寮ですが」
少し恥ずかし気に語る恵美とは裏腹に、天明は眼前に聳え立つ建物に圧倒されていた。それはテレビなどで紹介されている金持ちだけが泊まる事が出来るホテルに劣らない建物であった。これと同じ階層の寮はあれど、建物全体から漂う気品と芸術性は例に無い。
寮の三階の右から五番目の窓が開いた。顔を出した女生徒の髪は遠目から見てもよく手入れされており、そよ風に揺らぐ髪の一本一本に光沢があった。
「あら? 恵美様、そちらの殿方は?」
「俺は女だよ」
「あらあら、フフ! 面白い方ですわね!」
「いや、本当に―――窓、閉めやがった……」
「それだけ凛々しく見えるんですよ。天明さんは」
「こんな汚れ方でか?」
天明は今の自分の姿を恵美に見せた。濡れた服には砂で汚れており、髪はボサボサ、肌は汚れと疲労で実年齢よりも老けて見える。
そんな姿を見せびらかしても、恵美は曇りなき眼で天明の顔を見上げながら答えた。
「生まれ持った人の美しさは、そう簡単に隠せるものではありませんよ」
「痒い言葉を使うね」
「さぁ、私の部屋へ行きましょう。天明さんがシャワーを浴びてる間に、色々と準備を済ませておきますので」
そう言って天明を通り過ぎる恵美から心地良い匂いが香った。香水のような不自然な匂いではなく、それはその人本来の匂いであった。
恵美の後をついて行く天明は、寮内のありとあらゆる物を目で追っていた。外観から想像していた通りの華やかな内装は、天明に場違いさを覚えさせた。
「夢を見てる気分だ。こういう場所は、俺には縁の無いものだと」
「最初は誰だってそう思われますよ。でも、ここでの生活に慣れていけば、自然とこれが普通だと思うようになります」
「貴族体験会ってところか。ところで、この寮には何人の生徒が住んでる?」
「ここ花畑女学園は全寮制です。この寮は確かに大きいのですが、それでも全ての生徒に対して部屋数が少ないので、こことは別の場所にいくつか寮があります」
「ここみたいにデカいのか?」
「そうですね。我々一般生はこの程度の大きさの寮ですね」
「……なぁ、さっきから言ってる一般生ってのはどういう意味なんだ?」
「それは追々お話いたしますね。さぁ、着きましたよ。ここが私の部屋です」
恵美の部屋に入った天明は、その場で硬直した。
それは普通の部屋であった。ベッドがあり、机があり、本などを収める棚、中央に食事等を目的とした丸形テーブル。言葉で説明すれば、部屋が普通より広いくらいしか特別さがない。
問題は、置かれてる全ての物が素人目からして高級な物ばかりである事。部屋に隅に至るまで綺麗に掃除された清潔さ。良い香りを出す謎の機器。
天明は普通の人間だ。普通な人間と普通な物に囲まれ、普通の暮らしをしてきた。
そんな普通な人間が、普通では考えられない高貴な人間と高級な物に囲まれると、途端に恐怖を覚えてしまう。他が起点となる恐怖ではなく、自身が起点となる恐怖。
そう。天明は滅茶苦茶緊張していた。この部屋に一欠けらのゴミを落そうものなら、それは死罪に値するものだと勝手に解釈してしまっていた。
「どうしました? どこか具合が悪いのですか?」
「ダ、ダイジョブ。ダイジョブヨー」
天明は気持ちを落ち着かせる為に、右側のベッドに寝転んだ。これまでの天明の人生の中で、ベッドの上が一番落ち着く場所だと根付いていた。
しかし、それは悪手であった。天明は今、全身に汚れがある状態。そんな状態でベッドに寝転がれば、当然ベッドに汚れがつく。そんな当たり前な事に気が付いたのは、ベッドの上で一息ついた後だった。
「ふぅ……ん?」
「あら」
「え? あ!? ごめん! ベッド汚し―――うわぁ!?」
慌てて起き上がったせいで、ベッドのシーツに足を滑らせ、天明はシーツを舞い上がらせながら床に転げ落ちた。倒れた直後、背後から物が壊れたような嫌な音が、天明の耳に届いた。
恐る恐る振り返って見ると、それは惨状という言葉に相応しい光景であった。ベッドは汚れ乱れ、近くに置いてあった棚にあった食器が無残な姿で床に散らばっていた。
「ヒェッ!? わ、悪い! ごめん! ちゃんと弁償するから!」
この日、天明は初めて誰かに土下座をした。土下座という行為に恥ずかしい印象を持っていた天明だったが、今この時は、これしかないという最終兵器のような印象だった。
「……顔を上げてください、天明さん」
「あの、マジでさ! 本当に弁償するからさ!」
「いいですから、顔をお上げになって」
天明は床に伏していた顔を上げて恵美を見上げた。
見上げた先の恵美の表情は、妙なものであった。まるで愛しい恋人が数年越しに会いに来てくれたかのような、恍惚とした表情であった。
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