第4話 銀行強盗

 2040年1月5日、午後3時45分。

 ​みさと信用金庫 大谷口支店の無人コンコースで、山田は顔面蒼白になっていた。頭上では、AI警備ドローンが「無人法」の条文を読み上げながら、彼の犯罪行為をフレームレートを上げて記録し続けている。

​<侵入者。この瞬間から、発生した全ての損害はAI裁判により計算され、あなたの生涯賃金、および仮想資産から相殺されます。退去すれば、損害額の増加は停止します。>

​「ちくしょう!村田の野郎はうまうまと逃げやがって!」

​ 村田は「破壊」という結果の曖昧な犯罪で、法の寛容さを得た。しかし、山田の「強奪」は、損害額が明確に計算され、生涯をかけて返済させられるという、AIによる冷酷な奴隷契約を意味していた。

​ 派遣切りで職も金もない山田にとって、AI裁判が課す賠償は、生きている限り終わらない罰だ。

​「もうどうにでもなれ!」

​ 山田の目の色は、絶望から狂気へと変わった。彼は手に持っていたカーボンバールを、頭上のドローンに向けて全力で振り上げた。

​ バシッ!!

 AIドローンの反撃

​ ドローンは小さな火花を散らし、床に落ちた。通信が途絶えたと確信した山田は、再び金庫にバールを叩きつけようとした。

 ​しかし、その瞬間、支店の内部が異常なサイレンと共に赤い光に包まれた。

​<警告:侵入者。あなたは現在、『AI警備員の器物損壊罪』を犯しました。この行為は社会秩序への明確な敵対行為と見なされます。>

​ 山田が驚いて辺りを見回すと、金庫室の壁、受付カウンターの下など、支店のありとあらゆる場所から、**手のひらサイズの警備ドローン(ボット)**が無数に湧き出てきた。

​ これらのボットは武装はしていないが、彼めがけて一斉に体当たりを仕掛けてきた。

​「なんだ、これ!?」

 沈黙の拘束

​ 無数のボットは、山田の足首、手首、胴体に取り付き、まるで巨大なアリの群れのように、彼の動きを封じようとする。

​「どけ!うわあああ!」

​ 山田は手足を振り払い、何体かを踏み潰したが、次から次へと新しいボットが湧き出てくる。数秒後、彼の全身は数百体のボットに覆いつくされ、身動きが取れなくなった。

​ ボットの合間から、彼の目線の先に、無人の受付カウンターのディスプレイが鮮やかに光った。

​<速報:みさと信用金庫 大谷口支店にて『非暴力的拘束プロトコルα』を適用。侵入者の身柄を確保しました。人命被害ゼロ。AI裁判は直ちに開始されます。>

​ 彼の強盗は、2040年の「死人を出すな」という非情なルールに逆らうことなく、完全に、そして静かに失敗に終わった。金銭的な絶望から逃れようとした彼は、かえって逃れられない**「賠償の牢獄」**に囚われたのだ。

​ 外で待機していた警察車両(AI自動運転)が、沈黙した支店の前に滑らかに停車した。

​ 村田が法の抜け穴を利用したのに対し、山田は2040年の警備システムの進化と法の冷酷さに捕まりました。

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