第八話 再び召しませ、旦那さまっ!!
ミリアが目を覚ますと、そこは全く知らない部屋だった。
置かれた調度品は質がよく、落ち着いた色合いで統一され、とてもセンスが良いものが使われている。
ハッと思い出す。王城で、ゼイン様が褒美として自分を求めてくれたことを。
思い出すだけで顔が赤くなる。お姫様抱っこに、馬車での「お前を手放せそうにない」というセリフ。
(くぅぅ、思い出すだけで興奮するわ。なんで私は意識を手放してしまったの! こんな時のために、強靭な精神力の鍛錬も必要だわ)
そう強く決意する。きっと、ここは辺境伯領なのだろう。ゼイン様の屋敷だと思うと、それはそれでドキドキした。
ミリアがちらりと廊下を覗くと、一人の女性使用人と目が合った。その女性は、ミリアを見るやいなや、目を見開いて叫んだ。
「ミ、ミリア様がお目覚めになりました!」
その声に、辺境伯の屋敷は、ちょっとした騒ぎとなった。
その後は、あれやこれやと世話を焼かれた。軽い食事が準備され、湯浴みをし、美しいが動きやすい簡易なドレスに着替えさせられ、数人の侍女にマッサージをされているのが今だ。
「あの……ゼイン様は今どこに?」
ミリアがそう尋ねると、侍女たちはビクリと身体を震わせる。涙目の侍女もいる。ひとりが震える声で、ミリアに告げた。
「ミリア様にはしばらくゆっくりとお過ごしいだたくようにと言い付けられております。何もお気になさらずに身体の疲れをお取りください」
そう言われるが、もうすっかり元気になっている。ミリアは一刻も早くゼイン様に会いたい。できるならば、思いっきり抱きつきたい。
(あ、でも褒美として私を求めた理由を一応聞かないと。かなり期待しちゃったけど、私をお嫁さんって意味じゃなくて、ただ辺境で働いてほしいっていう意味の褒美だったかもしれないもの。でも、それでもいい。それならこの地で、彼を落とすまで頑張るだけだわ)
そう思うからこそ、早くゼイン様に会いたい。
だが、昼になっても、夜になっても、次の日になっても、ゼイン様に会うことはできなかった。
ミリアが「ゼイン様に会いたい」と口にするたびに、侍女や使用人たちは「ミリア様のご体調が回復されるまでは」「今はご公務でお忙しいので」などと、皆が口を紡ぎ、スルーし続けた。
次の日。やっと会いに来たのはゼイン様ではなく、側近のアルフと呼ばれていた人物だった。アルフはガイコツ系ゴブリンだが、浮かべる表情のせいか優しげで、この世界ではかなりのイケメンなのだろうと思える。
彼に、ミリアはゼイン様に会えない不満を漏らした。
「いつ、ゼイン様に会わせて頂けるのですか?」
「ミリア様、ゼイン様は辺境の政務でとてもお忙しいので、今はまだ会える状況ではありません」
「どのような内容で忙しいのでしょうか」
「…………」
アルフが、ゼイン様に会わせないようにしているのは、その表情からはっきりと見て取れた。
「ゼイン様が私に会ってくださらないということは、私をお嫌いになってしまったのでしょうか……」
ミリアは不安になり、思わず気弱な声を出してしまった。
「いえいえ、そういうことではありません、むしろ逆すぎるといいますか……」と、アルフは慌てて手のひらを振った。彼の顔には困り果てた表情が浮かぶ。
アルフは一度息を飲み、視線をさまよわせながら、ためらいがちに言い出した。
「ゼイン様はミリア様に会って、『王都へ帰りたい』と言われてしまうことを恐れておいでです。しかし、時間が経ち、気持ちが落ち着かれましたら、ゼイン様もミリア様を王都へ帰されると思いますので、もう少しこちらでお過ごしいただければ……」
「私を、王都へ、帰す?」
ミリアの声が低くなる。
「どういうことですか……」
「いえ、ですから、ゼイン様は自分の感情のままにミリア様を辺境までお連れしたことを、後悔されています。時間が経ちましたら、ちゃんとミリア様は王都へ帰れま……っ……!?」
「ゼイン様は今どこにいるのですか」
ミリアの雰囲気が一変した。それまでの不安や悲しみが消え失せ、獲物を狙うかのような鋭い静けさが彼女の全身から発せられる。
ミリアから放たれる威圧的なオーラに、アルフが完全に怯えているのが分かった。アルフの顔は、青ざめたまま硬直している。
ミリアは、ゼインの居場所を答えようとしないアルフに、冷たい視線を一瞬投げかけ、強い足取りで部屋を出た。
屋敷を歩きながらゼイン様を探す。執務室、応接間、書庫……どこにもいない。
騎士たちの鍛錬場にも行ったが、そこには汗を流す騎士たちの姿があるだけで、ゼイン様の姿は見当たらない。炊事場も探した。勝手にゼイン様の私室にも押しかけた。しかし、そこにもゼイン様はいなかった。ミリアの足音は、屋敷の廊下に静かに怒りの音を響かせていた。
皆、ゼイン様の居場所の口を紡ぐ。
「もう少し、辺境の地へ居てください」と彼の奥方になることを勧めたり、「ミリア様のような心優しい方を解放すべきです」という声まで聞こえる。
でも、そんなのどうだっていい。私はゼイン様に会いたい。ゼイン様の口から真実を聞きたい。
いくら屋敷を探しても、ミリアはゼイン様に会えなかった。中庭にひとり立ち尽くす。
そして、ミリアは魔女っ子ステッキを握った。
杖の先からは、澄んだ青い光がさらさらと流れ出す。ミリアは周囲の視線も気にせず、庭園の芝生の上に、その光の軌跡で魔法陣の術式を描き始めた。光の線が地面に触れるたび、チリチリと微かな魔力の音が響く。
使用人たちが、何事かと集まってくる。ミリアは渾身の魔力を込め、中庭に巨大な魔法陣を完成させた。その円陣は、複雑な文字と幾何学模様が刻まれ、中央にはミリアの強すぎる願望を象徴する、ハート型の光が輝いている。
ミリアは、溢れる感情を全て声に乗せて、魔法陣を発動した。
『召しませ、私の旦那さまぁぁぁ!!!!!』
ミリアの悲痛な叫びと共に、魔法陣が視界を焼き尽くすほどの、強烈な黄金色の光を放ち始めた。光の奔流は上空へと立ち上り、中庭全体を神々しい輝きで満たす。
光が収束していく中心。その歪みから、長身の男のシルエットがゆらりと現れた。中庭の真ん中に、紛れもないゼインが立っていた。
彼の瞳は大きく見開かれ、わずかに動揺が伝わってくる。纏っていた執務服は乱れ、髪も少し乱れている。彼はまるで、一瞬前まで激務に没頭していたかのような様子に、驚愕に満ちた表情をのせていた。
「……ミリア?」
突然現れたゼインに驚く使用人たち。だが、一番驚きと動揺に包まれているのは、強制的に召喚されたゼインだ。
その、感情を隠せないゼインの驚愕の顔を見て、ミリアは張り詰めていた感情の糸が切れ、ポロポロと涙を流した。
「なんで私に会ってくれないのですか」と。
「なんでもう抱きしめてくれないのですか」と。
「ここまで連れてきておいて何なのですか!」と、ミリアは声を上げて泣き出す。
ゼインは一歩踏み出すと、ミリアを優しく抱きしめた。
「すまない、なんて泣いているのだ」
「ゼイン様が私を放っておくからじゃないですか」
ゼインはまた驚く。
「そんなこと俺の前で言うな。俺はお前を二度と手放せなくなってしまう。王都へ帰れなくなるぞ」
彼に刹那げに言われ、ミリアの心は決まった。
「それで良いです……」
ミリアはゼインを抱きしめ返した。
「せっかくお前を解放しようと思ったのに……」と苦しげに言ったゼインは、ミリアを強く抱きしめ直し、決意を込めた眼差しで告げた。
「ミリア、お前のことが好きだ。俺の妻になってほしい」
「はい! 私もゼイン様をお慕いしております」
ミリアは間髪入れずに返事した。なのにゼインはミリアの言葉に、一瞬不安の色を浮かべた。
「本気か? ミリアは目が悪いのか?」
ミリアはムッと頬を膨らませた。
「私にとっては、ゼイン様はこの国で、この世界で一番かっこいい男性です」
そう言って、ミリアはゼインの顔を引き寄せ、キスをした。
二人を見ていた使用人達から、歓声があがる。少し、悲鳴めいたものも聞こえたが、ミリアは気にしない。
さっきまで不安げな雰囲気だったゼインの表情が、一瞬で強気の色に戻る。
「よし。言質は取ったからな」
ゼインがニヤリと勝利の笑みを浮かべた。「ん?」と思った瞬間、ゼインはミリアの体をさっと引き寄せ、顔が触れ合うほどの近さで抱きかかえた。
「なっ、何を」とミリアが言うと、
「ここでは、みんなの目に触れると毒だからな」と言って、屋敷の中へ歩き出す。
「どこへ?」と聞くと、ゼインはミリアを抱きしめたまま、低く甘い声で言った。
「俺の私室に行くぞ」
担がれていくミリアを見て、みんなが「わあ!」と驚きと祝福の声をあげているのが聞こえる。
そんな中、ゼインはミリアの耳元に唇を寄せた。
「ミリア、愛している。お前を離さない、どこへも行かせない」
ミリアは、彼を抱きしめながら熱情を込めて返した。
「私もゼイン様が大好きです。ずっと、貴方様のそばに居させてください」
そう告げた瞬間、ゼインの顔は、甘く幸福に満ちてとろけていた。彼の瞳には、ミリアだけが映っている。
どうやら、私の召喚は大成功したようだ。
召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜 紗幸 @shakouen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます