第三話 討伐という名のピクニック

 ミリアは部屋に戻ると、すぐさま魔王討伐ピクニックの準備を始めた。


(さあ、まずはゼイン様との距離を縮めるための最重要アイテムから!)


 ミリアはあらゆる場面を想定し、準備を進める。


(調味料でしょ、お菓子でしょ、カードゲームに、家庭的なところも見せなきゃだからお裁縫セットも持って。あぁ、水着もいるかしら? いやーん恥ずかしいけど、もし水場があるなら持っていくべきかしら? イケメンとの水着デート!?  うっ、想像しただけで鼻血が出そう)


 興奮しながら準備をしていると、侍女のルナが心配そうに部屋へ入ってきた。とても魔王討伐のためとは思えないような準備物を見て、心配になったようだ。


「あの、ミリア様。私が準備いたしましょうか? 討伐隊の荷物に入れるにしては、やや、その、私的なものが多すぎるように見えますが……」


 心配するルナに、ミリアは聖女らしい慈愛に満ちた表情で答える。


「いかなる場面にも備えておかなければなりませんので。魔王討伐と申しましても、長旅です。時には衣類を繕う必要もあるでしょうし、疲れた皆さまを労うための甘いお菓子も必要でしょう? 癒やしも必要なのですよ」


 ミリアの言葉に、ルナは感動した様子で尊敬の眼差しを向けてきた。


「さすが、ミリア様! 私など、そこまで気が回りませんでした……!」


(ふふん、これでルナの目は誤魔化せたわね)


 部屋を下がるルナを見つつ、ミリアは決意を新たにした。


「さ、明日に向けて顔パックもして早めに寝ましょ。明日はイケメンを拝む大イベントがあるんだから、肌のコンディションは完璧にしなくちゃ!」





 討伐出発当日。

 王宮前の広場は、祭りか? と思うくらい賑わっていた。聖女ミリアを見送るための隊列が組まれ、色とりどりの旗がはためいている。


(大袈裟ねぇ……)


 隣に立つゼイン様も、少しうんざりしたような表情をしているから、きっと同じことを思っているに違いない。そんな彼もまた素敵だ。

 当初、二百人ほどの討伐隊が組まれていた。この王国の精鋭たちだ。

 だが、ミリアはそれを断る。


「無駄な戦力は不要です」

 というミリアの言葉に、周囲から感動のため息が漏れた。


「ミリア様は、我々の命を心配されてるのか!」

「なんと慈悲深い!」


 騎士たちが、「俺は行きます!」「俺も連れて行ってください!」と次々と声を上げる。


(いやいや、本当はゼイン様とのふたり旅をしたいところだけど、それはさすがに怪しいから、せめて少ない人数で行きたいのよ)


 みんなついてきそうな勢いなので、ミリアは一人一人に辞退の理由を告げていく。


「あなたはまだお子様が小さいでしょう? 近くにいてあげてくださいな」

「あなたはお祖母様の足が不自由だったはず、長く家を開けてはいけません」

「あなたはこの前ご結婚されましたね? 家を守るのはあなたの責任です」


 と、誰もが納得する(建前上の)優しい理由をつけて外していく。

 そのミリアの言葉に、皆が涙し始めた。

「俺達の事をそんなに思ってくださっていたのですね……!」


 号泣する兵士たちを見る。ここにいるのは、騎士の中でも精鋭ばかり。貴族も混ざっている。すなわちこの世界のイケメンたち。つまりミリアからすると、オークやゴブリンたち。


(うわぁ……魔物たちが大集合して泣いているみたい。鼻水まで垂らしてるなんて、サービス精神旺盛なゴブリンね)


 ミリアは失礼なことを心の中で思いつつ、宰相閣下ガイコツに頼んだ。


「最低限の人数で組み直してください。私の力と、ゼイン様の力があれば十分です」


 結局。侍女のルナと、騎士団長や、それに何故か宰相閣下ガイコツまで含めた二十名ほどの部隊となった。

 時間がかかったことを、ミリアはゼイン様に微笑みながら謝る。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、ゼイン様」 


 ミリアを見るゼインの目が、昨日よりわずかに優しい気がする。彼の表情は依然としてクールだが、ミリアの目にはその奥にある小さな変化が見て取れた。


「行くぞ」


 ゼインの短い言葉とともに、一同は出立した。


 移動がしやすいよう、荷物は後続の馬車で運び、ミリアたちは馬にのって移動する。

 乗馬する姿もゼイン様は美しい。鍛えられた背中を見てると、あれに思いっきり抱きつきたいわ。なんて、また不謹慎なことを思ってしまう。


 一日をかけて、魔王たちが住むエリア──魔境へとやってきた一行。今日はここで野営することになった。


 何故かついてきた宰相閣下ガイコツと、体力はあるはずの騎士団長ぽっちゃりオークも、一日かけて移動したことで、ヘロヘロになっている。

 それに比べて、朝と変わらない様子のゼイン様を見て、ミリアは改めて思う。やっぱり、筋肉は最高だわ。


 日が沈む。皆が疲弊している中、ミリアは野営の準備に混ざり炊き出しを作っていると、ゼイン様に声をかけられた。


「お前が作るのか」


 彼は驚いているようだった。聖女である自分が炊事をするとは思わなかったのだろう。


「はい。皆さまお疲れのようなので、少しでも美味しいものをと思いまして」


 ミリアはそう言いながら、持参した本格的なスパイスで、肉やスープを調理していく。


(ゼイン様のために、私の愛のスパイスを注入よ!)


 ゼイン様に出来上がった料理を手渡す。一瞬触れた手が、ピクリと動いたように思う。ゼイン様が静かに一口を口に運ぶ様子を盗み見つつ、他の騎士たちにも配った。


「……美味いな」


 ゼイン様は短くそう言ってくれた。それを見てミリアは満面の笑顔になる。


(くぅぅ、爽やかな笑顔も素敵……! よし、まずはゼイン様の胃袋からゲットしていくわよ!)



 夜。天幕で寝ていると、ミリアはふっと目を開けた。魔力感知に、微かな魔物の気配。

 ミリアは横で眠るルナを起こさないように、天幕から音もなく出る。魔王城はまだまだ遠いとはいえ、このあたりは魔境の入り口。夜になると魔物たちが近寄ってくるのは当然だ。


 ミリアは自身のローブから杖を取り出す。四十センチほどの杖だ。討伐用に作ってもらった杖だが、職人が気合を入れたようで、魔石がついた先端にはハートやら羽を模した装飾が掘られ、まるで魔女っ子ステッキのようになっている。


(可愛すぎてちょっと恥ずかしいわね)


 なんて思いつつ、その杖に魔力を宿し、魔物たちを一斉に薙ぎ払った。


 周囲の魔物たちはほぼ殲滅できたはず。魔王城からまだ離れているのに、この距離でも結構魔物が出るのね。ミリアは野営地の周りに結界を貼る。これで夜は安泰だ。

 そして、天幕に戻ろうとしていると、他の気配に気づいた。


 そこにいたのは、ゼイン様だった。


「驚くではないですか」

 ミリアは思わずそう声をかけた。


(月夜に照らされたゼイン様も美しすぎなんですけど。まさか夜の警備までしてくれてたの!?)


 するとゼインは、倒れた魔物たちを一瞥し、ミリアを見つめた。


「名ばかりの聖女様かと思っていたが。すごいな」

 彼はわずかに笑っている。


「俺が殺る前に全滅したぞ」 


(騎士たちが、誰も魔物の気配に気づかず寝てるというのに、ゼイン様ったら魔物に気づいたどころか、私達に知らせずに一人で討伐しようとしてたの? イケメンすぎるでしょぉ!!)


 感動に打ち震えていると、ゼインが困惑した表情で一歩近づいてきた。


「お前、俺が怖くないのか?」

「へ?」となるミリア。

「俺が笑えば、大体のやつは卒倒するぞ。昨日見ただろう」


 ミリアは「こんな夜中に皆を守るために戦おうとしてくださるゼイン様が怖い訳ありませんわ」と言い、心からの優しさで微笑む。

 ゼインは、ハッとした表情を浮かべ、すぐに表情を戻したが、その目に小さな驚きと安堵が見えた。

「そうか」とだけ言った。


「明日も早い、寝るぞ」


 そう言って、ゼインはミリアに背を向け、自分の天幕へと戻っていった。


 ミリアは、明日もゼイン様とお出かけできると思うと嬉しいわぁ〜。とスキップしながら天幕へと戻った。

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