第4編 総監:獅子堂美琴の忘備録

東雲コトネ29歳、公安警視。同系列組織主席研究員、犬飼環の同期。彼女も、7年前の例の事件の真相を知る一人だ。

警視庁の技術をもってしても追跡不可能の管理特区に位置する、放射能汚染地域の原生林内部に、かつて法外に半獣の研究を行う実験場があった。

施設の所有者は犬飼義丸、現在はおそらく...53歳であろう。

今でも覚えている。生命になれなかった、錆の入った培養ポッドの中の細胞の塊。彼のものだった腕に広がる、眼を背けたくなるほどの注射根。

極めつけは、恐らく実験体であろう半獣たちのゲージ。重い鉄扉が耳をつんざく音と共に開けば、まず目に入ったのは所々に血痕が付着している壁。檻のカギの多くはとうに壊れていたが、壊れていなかったものも存在していた。そういったものはたいてい、檻の内部で、瘦せこけた子供の半獣が焼死していたものであった。どれもこれもが檻の柵に手をかけようとしているか、又はそれを離さまいと掴んでいるかであった。


当時彼女は22歳、僕より年上でありながら、まだひよっこの巡査であった。彼女はあまりにも生物が恒常的に生きていけるような環境ではないその惨状に、思わずえずいていた。それもそのはず、彼女はユキヒョウとの『半獣』であった。その生物になりかけの肉の塊に生理的な嫌悪感を覚えたのだろう。温室育ちの東雲ならば、きっと半獣製造の副産物、いわば失敗作なんて見たことがない。

主犯格、萩窪冬海。従犯、桃園きらりその他4名。いずれも当施設の半獣であった。現在、名前が判っている両者はそれぞれ18歳、16歳。いずれも行方は分かっていない。

萩窪冬海による研究施設の爆破のち、犬飼義丸の右腕を切断。ほとんどの実験体である半獣たちは脱走。脱走できなかった、走ることが出来ないほど衰弱した半獣たちはその場で焼死した。

以下6名による無差別爆破テロとしてこの事件は処理されているが、東雲コトネは何を思うのだろうか。

一部の半獣たちの間で、萩窪冬海は、その劣悪な獣人による半獣の管理体制に反逆したとして、英雄と称えられているからだ。


***


「似合っていますね」

目の前の人間、佐倉晴海に目を向けた。制服に身を包み、青緑の長髪を端正に後頭部でまとめている。脂肪の少ない長身に、光沢の削がれた黒いスーツがよく似合う。

「ああ、いえ、そんな...」

芸を仕込まれた動物のごとく、わざとらしく晴海は後頭部を掻く。

警視庁本部庁舎7階、警視総監室。プレジデントデスクを隔て、僕と晴海は向かい合う。2m近くはあるであろう。必然的に僕が見下ろされる形になる。

長官である獅子堂光成、つまり僕の父は不在の為、僕から彼に階級章を渡す必要がある。

ピンの留め具を外し、晴海のジャケットに手をかける。

「展開が急だって、思っているでしょう」

僕は彼に語り掛けた。ジャケットとシャツの隙間に手を滑り込ませ、ピンを通してやる。

「犬飼が言ったように、これはおおむね僕の決断です。ここ数年、半獣に関連する犯罪は増加傾向にあります。...僕は彼らの生物としての定義が曖昧、自分が者であることに恐怖を抱いているのだと思っていて。僕らはあなたを必要としている。獣人でも半獣でもない、半端者...ではないですが特異な生物であるあなただからこそ、彼らに触れることだ出来る、導くことが出来るんだと、考えています」


留め具にピンを通し、ジャケットから手を放した。

「...はい、つけれましたよ」

「ありがとうございます、...総監」


何かを語り始める気がして、僕は彼の眼を見る。

「あの、こんなこというのもその、あれでしょうけど...僕は正直、まだ現実を受け止め切れていません、目覚めて数日ですし...」

「その、僕なんかが、ハンジュー?を導くって...」


***


「やー、あんたイケメンだねえ。佐倉晴海?だっけ。アタシ東雲コトネ。よろしく」


この人が、ハンジュー。身体構造は人間と同じように見れるが、尻尾、特徴的な耳。人間と獣の特徴をそれぞれ兼ね備えているのが興味深い。

「アタシらの課では主に半獣が主犯の凶悪事件を扱ってる。まあ、今は大体の調査中心だけど...あまり華やかな仕事ではないね」

華やかだったら困るんだけどね!はは!!と軽口をたたく。

公安第四課、と掲げられたプレートの下、一方的に話しかけられる。あたりはデスクが並んでいて、所々に資料の束が山積みされている。正面の可動式ホワイトボードには赤くでかでかと書かれた『要観察』と、誰か、誰かの写真。


その写真に写っていた人物に、錯覚と思えど、どこか見覚えのある人物がいるのだ。


「...あれはね、今別に追ってる事件の主犯格。一回捕まえてからどっかいったんだよね。まあ、あんたが関われる事件でないことは確かだね」


どことなく、寿命でもうなくなっているはずの、あのDr.アリスに似ているのだ。


「あれ、みせてもらえ...「あーはいっ、まずはみんなの前で自己紹介ね、よろしく」


***


3月17日。僕はこの世界で公安巡査として働くことが決まり、寮に入ることが決まった。住処も手に入れ、職も手に入れることが出来た。ひとまずは安心である。


調度品が最低限備え付けられた、だれも手を付けたことがないような、無機質な白い壁とフローリング。

僕はソファに腰かけ、コトネさんに渡された書籍を開く。コトネさん曰く、「たまちゃんからのプレゼント」らしい。『半獣ってなあに?~わたしたちとは違っても、なかみは一緒~』『魚でもわかる人類史』あともう一冊、高等学校程度の生物学の書籍。

他二つは小学生でも理解ができるような、易しい書籍だ。

人間の他に理性を持つ生物が存在することに僕は感心した。ここまで学問体系を発達させたのだ。僕にとって特異な見た目をしていながら、彼らはきっと思った以上に僕と対等なのかもしれない。


***


追跡不可能 特区 放射能汚染地域 原生林内部


ひっそりとたたずむ洋館の中の祈祷室。ステンドグラスが通す色彩あまたの光が、二人を照らす。

弦の振動が止まったのち、アリスタルフと呼ばれたものは拍手をする。

「ありがとう、やっぱり僕はきらりちゃんの曲が好きだな」

「とんでもないです」

「僕の気持ちを分かってくれる人なんて、この宗教に君しかいないよ。僕は君と同じ人工生命、僕と同じ、生物としての定義が狭い、道を外すことが許されないモノだから...君の歌詞は心にしみるよ」


ふと、開けていた窓から穏やかな風が吹き込み、二人の髪を揺らした。

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ケモノケ・クロニクル 河田直哉 @naoya_826

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