2-2

祖父に仕事へ行くようにと長老命令を出されたあの年。

雲の下に下りている途中で海斗と離れてしまった沙愛子は不安に駆られながらも、人混みを歩いていた。

人を幸せにするサンタはその年に一人しか幸せにすることができない。

その為、自身の直感を信じ、幸せにしたい人を見つけなければならない。

人混みのなか、たまたまぶつかった少女・・・それが輝夜だった。

クリスマスを好まず、悲しみにくれる輝夜の心は傷つき恋愛というものを信じることが出来なくなっていた。

「去年、クリスマスに振られたんです」

ぶつかったお詫びにと輝夜を誘い、一緒に入ったカフェで聞いた話は高校生の彼女が記憶として残していい恋愛ではなかった。


中学時代、同じクラスの人気のある彼に告白され、不思議に思いながらも受け入れ、輝夜は静かに想いを育んでいた。

呼ばれればすぐに駆けつけ、デート代は全て支払っていた。

端正な顔から柔らかな笑みが浮かび、優しげな声でお礼を伝える彼に応えようと輝夜なりにお小遣いを節約し、彼が喜べばと幼い考えで尽くしていた。

しかしクリスマスの日、予定があるとデートをキャンセルされ、暇つぶしに散歩に出かけた時に偶然にも彼を目撃した。

数人の友人と歩く彼に声をかけるべきか悩んでいたときに、その会話の内容が聞こえてしまった。


金払いのいい単純頭

優しくすれば言うことを聞く便利なやつ


他にも何か言われていたかもしれない。

しかし、輝夜は全く覚えておらず気づけば家に帰っていたという。

「中学生で親からお小遣いを貰っている身で、そんなことしていたのはどうかしていたと思ってはいるんですよ」

眉を下げ、ぎこちなく微笑む輝夜の姿はどこか小さく絶望に満ちていた。

幼いからこそ恋愛には憧れが入る。

理想に夢にきらきらした世界を詰め込んだ恋人関係というものは、ある意味ではサンタと同じなのかもしれないと沙愛子は思った。

「だからですね。自業自得なのにどうしてもクリスマスが好きになれないんです。二年も前のことなのに不思議ですよね」

注文したホットチョコレートを口に運び、穏やかそうに微笑む輝夜を沙愛子は幸せにしたいと思った。

人を幸せにするサンタとして。

その日から、沙愛子は輝夜を幸せにする方法を考えた。

そのとき、偶然にも彼の友人の一人であった少年が輝夜に想いを寄せていることを知った。

外見は派手で中学時代は素行も良くはなかったらしいが、輝夜が絶望したクリスマスの日に彼女を見かけ心惹かれたらしい。

外見を変えるつもりはなかったようだが勉学に励み、友人関係含めて素行も改めたことを知った。

「恋だけで人ってこんなに変われるんだ」

輝夜の名前も所在も知らない少年が、会えるかどうかも分からない彼女の為にそこまで変わったことに驚きつつ、少しの奇跡という手助けを加え二人を導いた。

すれ違いや言葉足らずなことは多かったが、本音を語り合い想いを通わせた二人がクリスマス当日に沙愛子に幸せそうにお礼を伝えてくれたことが嬉しかった。

初仕事を無事に終え、喜びを隠しきれないその隣では無表情ながら瞳にほのかな温かさを宿した海斗が当然のように寄り添っていた。


その日からだった。

羨ましいと。

輝夜が・・・想いを通わせ共に歩むことを約束された彼女が。

幸せそうに微笑み、その隣で同じように微笑む少年の姿が。


二人を時折、見守り、新たな家族が増えたところで沙愛子はおめでとうと微笑み、そして唇を噛みしめた。

祖父からは毎年、仕事の催促が来ていたが全て断っていた。

輝夜の幸せそうな表情とその隣で微笑む彼の表情が、何年経っても忘れることができなかった。

日に日に、膨らみ大きくなる感情が沙愛子の心の柔らかくて温かい部分を押し潰していく。

この感情を抱えたまま、人を幸せにする自信も見守る勇気も沙愛子は持ち合わせていなかった。


トナカイは消える運命であり、トナカイの感情は常にサンタへの忠誠心である


調べても調べても壊れたレコードのように同じ文章が何度も沙愛子の瞳に写り込む。

その度に常に微笑み、言葉を発することなく祖父の隣に寄り添っていたその人の姿が思い出され、沙愛子の心は限界を迎えていた。

「トナカイは幸せなの?」

自身の想いと海斗の気持ちが分からなくなり、いよいよ抱えきれなくなったとき、沙愛子は決心した。


人を幸せにするサンタを引退しよう


「この想いはいつか海斗を傷つける」

出会ったあの日、名前は存在しないと祖父から聞かされ、海斗と名前をつけた。

沙愛子以外呼ばない名前は無意識に海斗を縛り付けているのかもしれない。

「人を幸せにするサンタが引退すればトナカイは次のサンタが誕生するまでいなくなる」

特に海斗は沙愛子の家・・・端崎たんざき家のトナカイだ。

親戚の誰かから新しいサンタが選ばれない限り姿を現すことはないはずだと沙愛子は考えた。

姿形、性格や性別すらも変わるのならば、沙愛子との思い出も忘れるかもしれない。

「それでも」

唇を噛みしめ、涙を堪え、沙愛子は頭上を睨み付けた。

「海斗が傷つかないのなら・・・それでいい」


そう自身に宣言した次の日、沙愛子は引退を告げた。

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