2-1
「ただいま」
がらんとした玄関から静寂が返事をした。
繁忙期のこの時期、祖父と母親も他のサンタの仕事を手伝いに行ったのだろう。
サンタを引退したとしても、仕事がなくなるわけではない。
他の仕事に異動し、その命尽きるまでサンタをし続ける。
それがこの雲の上での常識であり、理だった。
「沙愛子」
「ごめん、疲れてるから部屋に戻る」
靴を脱ぎ、リビングに向かう海斗の言葉を遮るように声を被せると、沙愛子は足早に階段を駆け上がっていった。
海斗と出会って数十年。
祖父のその人と同じように、一緒に暮らすようになったのも同じく数十年。
常に隣にいることが当たり前だった海斗を突き放すのがどれ程の苦痛か。
それはきっと沙愛子にしか分からないだろう。
部屋に戻り、勢いよくドアを閉める。
バタンと大きく響く音を気にすることもなく、そのまま流れるようにベッドにうつ伏せに寝転ぶ。
顔に枕を当て、唇を小さく噛みしめる。
「どうしたらいいの・・・」
誰に尋ねるわけでもなく呟いた問いは枕に吸い込まれ消えていく。
この感情を
この想いを
どう消化すればいいのか、どう向き合えば良いのか沙愛子には分からない。
いや、分かりたくないのかもしれない。
枕に顔を当てたまま、沙愛子は今日の光景を思い出していた。
プレゼントを梱包するサンタ。
配達ルートを確認するサンタ。
おもちゃを入手するサンタ。
そのどれにも沙愛子はなりたいと思えなかった。
思わなかったのではない、思えなかったのだ。
他のサンタが誇りに思い、生涯を費やす仕事は尊いことを沙愛子はもちろん理解している。
しかし、沙愛子が感じているもの、持っているものはそのどれにも該当せず、手放しで受け入れられるものでもない。
「・・・やっぱり、ここじゃない」
人を幸せにするサンタを引退した沙愛子が次に働く場所。
密かに考え、躊躇していたその場所は家に帰るまでに思い出していた海斗との出会いの記憶によって決心が固まっていた。
「これでいいんだ」
海斗が消えてしまうのも時間の問題だろう。
それを願い、敢えて引退することを決めたのは沙愛子の意思であり決断だった。
ベッドから起き上がり、少しふらつきながら本棚に向かう。
そこに保管されている大量のアルバムは全て海斗との思い出だった。
出会ってから離れることのなかった海斗。
ページをめくれば沙愛子の隣にはいつも海斗がいた。
沙愛子以外の人物には無表情で笑うことも話すこともない海斗。
その為、写真に写る海斗は端正に整った顔も相まっていつも人形のようだった。
それとは対照的にころころと喜怒哀楽を表わし写る沙愛子は、いつも海斗の腕にひっついていた。
海斗と過ごし、海斗と遊び、海斗と一緒にいることが沙愛子の幸せだった。
永遠にこの時間が続けばいいのにと幼い頃は思い、学校を卒業した後も適当な理由をつけて仕事をせずに海斗と共に過ごせる方法はないかと必死に探し続けていた。
「結局、見つからなかったけど」
そう苦笑し、アルバムを閉じると沙愛子は目を閉じた。
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