第7話

時計を見ると時刻は午後11時30分。まだ約束の時間には早かったが、乃亜は落ち着かず、そのまま家を出た。


暗い真夜中の道は、微かな街灯の光が届く場所でさえ、逆に底知れぬ恐怖を植え付ける。普段夜に外を出歩かない乃亜にとって、その恐怖は余計に感じられた。


学校に向かう道中、乃亜はずっと拓也の呪物に対する思いが気になっていた。


いじめられれば、仕返しや復讐を考えたくなるのは当然だ。しかし、呪物などという眉唾なものを、拓也が本気で信じていることが、どうしても引っかかった。


拓也は、いじめられている時か、一人でいる時しか見たことがなかったが、呪物を使うなどという、常軌を逸したことを言うようなずれた奴ではないはずだ。皆が「殺人犯の息子」と軽蔑の目を向けても、拓也だけは乃亜を一人の人間として見てくれていた。


そんな彼が呪物なんて——。


単純に追い詰められ、藁にもすがる気持ちだったのだろうか?


そんなことを考えていると、学校の校門が見えてきた。その前に、人影が立っている。拓也だ。

拓也は乃亜に気がつき、薄らと気味の悪い笑みを浮かべて声をかけてきた。


「へへへ、時間より早いじゃん。待ち切れなかったのか?」


その笑みは、乃亜の知っている拓也ではない。


「いや、落ち着かなくて早く来ちゃった」


一瞬の間が空いたが、拓也はすぐに踵を返し、歩き始めた。


「…………行こう。呪物の館へ……クククククク」


不気味に笑う拓也に、乃亜は反射的に素直について行った。


学校の裏側には山が迫っており、その中へ一本の道が続いている。木々に囲まれ、足元の道さえ覚束ないような獣道を、二人は10分ほど歩いた。

道を抜けると、目の前に現れたのは、まるで時代に取り残され、タイムスリップしたのかと疑うほどの古民家が一軒。作りこそ古民家だが、屋敷のように広く、一階建てにもかかわらず、木々に囲まれて正確な広さは分からないが、奥が見えないほどだった。


入り口には、多数の駄菓子が並べられており、十円から百円と、子供たちが手軽に買える値段の札が貼り付けられている。


時刻は午後11時52分。


乃亜が家をまじまじと見ていると、八十歳くらいの老婆が、引き戸を開けて出てきた。


「おや? お客さんかい? 何か買いたい物でもあるのかい?」


乃亜は横にいる拓也を見たが、拓也は老婆の言葉が聞こえていないかのように、返事はなかった。このまま黙っている訳にもいかず、乃亜が答えた。


「あのぉ……ここに呪物があるって聞いて来たんですが……」


老婆は、にこりと笑顔になり、口を開いた。


「このキャンディー、一つ三十円だよ。どうだい?」


老婆の返答に、乃亜は困惑したが、同時に少しホッと胸を撫で下ろした。


やはり呪物なんてなかったんだ。所詮は噂話。心配して損をした。ここまで来て老婆に申し訳ないと思い、乃亜は勧められた渦巻きキャンディーを一つ買うことにした。


「一つ買います。はい、三十円」


老婆は柔和な笑顔でキャンディーを差し出した。乃亜は笑顔を向け、それを受け取る。


「ありがとうございます」


そのとき、隣の拓也を見た。先程まで無表情だった拓也の顔は、腕時計を見た瞬間、狂気の笑みに変わっていた。


「23時59分。後、1分」


乃亜は意味が分からず、拓也に詰め寄った。


「え! 後、1分?」

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