小国の若き王

 シーマーク王国。

 ラインユート大陸の北部に位置する小国に建てられた質素ながらも堅牢な城の廊下に一つの足音が木霊する。


「……」


 その足音の主は重々しい表情を浮かべている一人のまだ小さい少年であった。

 未だ十歳ほどにしか見えぬその少年ではあるが、その背に赤いマントを羽織り、細やかな装飾の為された衣類に身を包んでいた。その歩き方からは確かな気品が感じ取られ、王宮を歩く少年が只者ではないことがわかる。


「……東の帝国で政変があったらしい」


「なんとっ。あの、帝が崩御されたという噂は事実であったのか?」


「いや、病で倒れたという。私の屋敷に物を売りに来た東の帝国の商人がそんな話をしていた」


「あの、魔窟で起きる政変。恐ろしい余波がないといいがっ」


 その少年は僅かに扉が開けられた部屋の中から二人の男性の声が漏れてきていることに気づいて足を止める。


「我らの足元でもバラバラに散った過去の遺産が再び一つになろうと動き出しているらしい……」


「厄介だな。その、火元がこちらにまで波及してこなければいいのだがっ」


「まったくだな……上に立つ者を失ったのは東の帝国だけでなく、過去の遺産をまとめ上げようとつい最近まで精力的に動いていたあの軍事大国もそうであるらしい」


「……まだ、あるのか?」


「あぁ、若き女王がその立場を継いだらしいが……今は亡き王の妻が摂政として動いているらしいが、その足元は必ずしも安定しているわけではないらしい」


「摂政。あまりよい響きではないな。それによって崩された国を幾つも知っている」


「だが、そうする他なかったのだろう」


「……酷い国際状況であるな。我が国も、……つい最近国王陛下を失ったばかりだ。どこもかしこも頭を失い、統率を失いつつある」


「だからこそ、我々は幸運であった。我らには若き王、マーイン陛下がおられるのだから」


「まったくだ。人類の敵であった魔女が倒れ、荒れる世界。その中でも、我らの偉大な賢王が栄光の道を照らしだしてくれるでしょう!」


 部屋から漏れ出る会話の内容は悲観的な内容が多く含まれながらも、その中には確かな希望の色を見せていた。


「(じょーだんじゃないっ!!!)」


 そんな、話を盗み聞きしていた少年は内心で頭を抱える。


「(なぁーんで既に詰んでいるクソ国家の王様にならなきゃいけないんだァァァァアアアアアアアアアアアアア!?神様ぁ!転生させるにしてももっとまともな転生先を用意してよぉっ!)」


 楽観的な家臣からの期待を一身に背負うまだ若き少年───齢十二にして国王となり、摂政もなしに君臨する異例の少年、マーインは内心で絶叫するのだった。



 ■■■■■



 自室へと入る扉を開け、何気なくもう一方の手で電気をつける為のスイッチを探す。


「はぁ……未だ慣れない。もう、十二年も経っているんだけど」


 その手を途中で止め、僕は代わりに指パッチン一つで炎を起こし、天井からつり下がっているシャンデリアに炎をつけて部屋をともす。


「おもっ」


 明るくなった部屋を進む僕は無駄に重い国王の証たるマントを脱いで椅子に掛け、そのままベッドへとダイブする。


「あぁぁぁぁあああああああああああああああ」

 

 そして、そのまま僕は心からのため息を口から漏らす。


「……転生させるなら、もっとマシなところにしてほしかったなぁ」


 次に口にするのは今の現状に対するボヤキだ。

 ちらりと、部屋の中の鏡に視線を送ってみれば、そこには見慣れていない顔が一つ。見慣れた、黒髪に黒目の標準的な日本人、天野和人の姿はそこにない。

 いや、もう既にこの姿にも見慣れてしまったか。

 既に転生し、マーインとして生きて十二年経っている。今、鏡に映っている白髪に虹色の瞳と言う中々見ない見た目の少年も既に僕だ。


 十二年だ。

 前世の死を受け入れ、転生を受け入れるだけの時間は十分に出来た。

 とはいえ、自分の転生先について文句がないわけではない。


「まず、……ゲームの世界に転生させるなら、せめて本編中にしてくれ。完結後の本編に送らんでくれ」


 僕が転生したのは『魔女と勇者』というゲームの世界だった。

 ただし、ゲーム本編に描かれていないハッピーエンド後の世界だが。


「……マジで、良いことがねぇ」


 まさか、ハッピーエンド後の世界で主人公が人類の敵として処刑されているなんて思いもしなかったし、そこからラスボスであった魔女が生み出した空白の土地を狙って世界各国が激しい戦いを繰り広げることになるとも思っていなかった。

 自分が好きだったゲームの世界。

 その、闇をまざまざと見せつけられている。


「何が、栄光の道だよ」


 そんな世界で小国も小国の国王になってしまった僕は先ほど盗み聞きした呑気な家臣二人の言葉を思い出し、言葉を吐き捨てる。

 そんなこと言えるような状況では一切ない。

 シーマーク王国はどうしようもないほどのド貧国なのだ。北方に位置する為に夏が短く冬が長くて、作物がまともに育たぬほどに寒い気候を持っている。


 当然、作物の育たない土地で人類が繁栄出来るわけもない。

 少ない人口。何もない産業。ただ、そこにあるだけの国。それがシーマーク王国だ。大国の戯れで何時国が滅んでもおかしくはない。

 

「……雨、か」


 詰んだ国。

 先の見えない情勢。それらを前にして憂鬱な気持ちを抱える僕はぼんやり窓の外を眺める。


「……探しに行くか」


 ゲームと一緒に販売された設定資料集では、ラスボスであった魔女は死んでいないという設定が明かされ、ここシーマーク王国の何処かで捨てられているという旨が書かれていた。

 その、ラスボスを拾えば、今の状況が少しでも変わってくれるのではないか。

 そんな漠然とした具体性のない希望を抱く僕は今日もまた、ふらりと王宮を出かけて行った。

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