小国の若き王、ラスボスを拾う~何気なしに助けたラスボスたるダウナー系のヤンデレ魔女から愛され過ぎて辛い!~
リヒト
第一章 人類の敵
魔女
雨が降る。
雨をただ一人、ただ何にも守られず打たれ続けるのはこれで何度目だろうか?
枯れ木のような肌を滴り落ちる雨水は体から体温を奪う。
ぬかるんだ地面がゆっくりと自分の体を沈みこませていく。
濡れた地面は何処までも自分の体温を奪い去っていく。
「……ひゅ」
永遠と下がり続ける体温を上げるために動くことも、寒さに歯を震わせることも出来ない。
地面に腰掛け、木を背もたれに倒れている己の体は自らの意思で動かすことすら叶わなかった。
『魔女。この一撃で、終わりだ』
こうなったのは今より十年ほど前。
十年前の世界では魔女と呼ばれる人類史上最悪の存在が人類を恐怖に陥れていた。
その身より漏れ出る魔力は植物、動物、人間問わず有害であり、触れるだけでその生命を奪い去ってしまう。魔女が動くたびに広がる死の大地が人類の生存圏を奪っていった。
その魔女を討伐しようと討伐隊を組んでも近づく前に魔女の魔力に触れて亡くなるばかり。よしんば近づけたとしても、魔女の使う強力な魔法の数々によってそのすべてが蹴散らされていた。
しかし、十年前に彗星のごとく現れた一人の勇者の手によって魔女は倒された。神に魅入られし勇者の振るう聖剣は魔女を斬り裂いて殺し、世界はハッピーエンドで終わった───そう、言い伝えられていた。
だが、その勇者の一撃は魔女を殺しきることはできなかった。
だが、だからと言って魔女に救いがあったかと言われればそうではなかった。
動けもせず、救いもなく、ただ一人で枯れ木のようになった体で自然の脅威に打たれ続けるだけ。死ぬ方が遥かにマシな、状況で魔女はただ苦しんでいた。
「(……あぁ、寒い)」
どれだけ苦しもうと、どれだけ正気を失いそうになっても、正気を失うことが出来なかった。
魔女は一切動かない体とは対照的に、その思考は眠ることもなく動き続けていた。
「(……寒い。寒い。寒い)」
自然に恐怖し、孤独にあえぎ、救いのない己の生に狂う。
魔女の体を縛っているのは勇者がもたらした『神の呪い』だ。呪いを解かぬ限り、この身が回復することはない。
だが、呪いの解呪も不可能だった。
神の呪いを打ち破るもの───それは、己を愛する者からのキス。
ただのキス一つ。
しかし、誰からも愛されたことのない魔女にとって、それは自分が知り得ないもので、希望を持てるものでもなかった。
また、今の肉体で人からの愛が得られるわけもない。
かつて腰まで伸びた美しかった黒髪も、すべて抜け落ちた。
かつて神が作ったかのようと評された美しい相貌も、その面影を一切見せていない。
かつて肉付きの良かったグラマラスな肉体も、今は枯れ木のよう。
この身で、人から愛されるはずもない。
呪いが解けることは二度とないであろう。
許されるのは永久に、こうして倒れていることだけ。あるのは絶望だけだ。暗く、くらく、クラク。
「大丈夫ですか?」
その思考が霧のように薄れていき、それでも意識は闇へと落ちない。現実から目を背け、意識を闇の底へと沈めようとして。
それも出来ずにただ現実へと再び意識を強く向けさせられ、雨の音が強く耳を打つ。その時であった。
───雨の音が、ふっと消えた。
耳が壊れたわけではない。
雨が止んだわけでもない。
確かに空からは水が落ち続けているのに、その一つひとつの音が、魔女の世界から抜け落ちてしまったかのようだった。
ただ、聞こえるのは一人の、何処か引き寄せられる一つの声であった。
「(……誰?)」
ゆっくりと、魔女の視界に影が差す。
見上げることすら出来ぬわが身。されど、視線を動かすことは出来た。
視線を上に向ければ、そこには光があった。
「……まさか、出会うとは思っていなかったな」
否、違う。
それは光でなく、一人の少年だった。
その体つきは、まだ幼さを残す細さでありながら、どこか輪郭の整った均整を感じさせた。
肌は白く、触れれば消えてしまいそうな薄い陶磁器のような滑らかさを思わせる。
しかし、儚いだけではなく、光を受けるたびに柔らかな艶が浮かび、生命の温度を確かに宿しているとわかる。
肩から胸元にかけてのラインはすらりとしており、骨ばってはいないものの、少年特有のまだ成長途中の影を残している。鎖骨のあたりは、薄い皮膚の下でほのかに線を描く。
「(……きれい)」
何よりも目を引くのは丸渕の眼鏡の奥にある虹色の瞳だった。
色は固定されず、内側からゆっくりと変化し、七色が水面のように重なっては離れ、静かに呼吸する光のように明滅していた。
その瞳がこちらを見つめるだけで、冷え切った世界がふっと温度を取り戻すように錯覚してしまう。
「確か……こう、するんだよね」
魔女の世界から消えた雨は、まだ世界に降り注いでいた。
雨は彼の体に触れる前に光の粒へと変わり、淡く弾けて消えていく。
肩にかかる白い髪は雪の結晶を束ねたように淡く輝き、濡れることなく、静かに揺れている。
その、光がぬかるんだ大地へと膝をつけ、魔女へと迫る。
「……ぇあ?」
魔女と視線を合わせた少年は彼女の頬に手を置き、そっとその唇を近づける。
近づくほどに、かすかな温もりが指先より先に伝わり、息を吸うと、ほの甘い気配が胸の奥に落ちてくる。
そして、そっと魔女の唇に触れる。
静かに触れ合うその瞬間、彼の唇は羽のように軽く、そっと寄り添うように柔らかく形を変えた───そして、そのキスは何よりも魔女の在り方を大きく変えた。
「眠り姫の目覚めの相場は王子様のキスってのがお決まりだよね……まぁ、僕はもう王様になってしまったけど」
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