『出来損ない』と言われた私は姉や両親から見下されますが、あやかしに求婚されました

宵原りく

第1話 出来損ないの娘と、金の瞳のあやかし

「椿!」


 また今日も叱られる声で一日が始まった。

 八代家に生まれたことを、私は何度後悔しただろう。


 八代家――それは、代々あやかしを従える名門として知られる家。

 けれど私には、その力がない。

 だから、家族からは『出来損ない』と呼ばれ、いつも部屋の隅で息を潜めていた。


 姉の美桜は完璧だった。強力なあやかしを従え、容姿も振る舞いも美しく、誰もが羨む存在。

 そして私は、その真逆。

 家の恥。いない方がいい存在。


 そんな私にも、ほんの少しだけ希望があった。

 それは――舞踏会のお誘い。


 もちろん招待状は私宛ではない。けれど、八代家総出での参加ということで、私も同行できることになった。

 少しでも家の役に立てるかもしれない。

 そう思った矢先、前日に両親に呼び出されて言われたのは――


「舞踏会で目立つな。お前の舞台ではない」


 ……やっぱり、私なんてその程度。

 俯いて「はい」と呟くしかなかった。


 


 ◆ ◆ ◆


 


 舞踏会当日。

 私は、いつもより少し豪華な衣装を身にまとい、会場へと向かう準備をしていた。

 だが、両親と姉は「お前は後から来い」と言い残し、先に馬車で出発してしまった。


 そこまで、私の存在が嫌なのだろうか。

 胸が少し痛む。


 そんなとき、道端で倒れている少年を見つけた。

 見ると足を怪我している。私は思わず駆け寄った。


「大丈夫? 痛むの?」


 少年は泣き顔で首を横に振る。

 放っておけず、近くの家に運び、応急処置をしてあげた。


「どうして、お姉さんはここまで優しくしてくれるの?」


「……私が弱いからかな。弱い人を見ると、放っておけないんだ」


 自分でも不思議な答えだと思う。

 でも、少年は嬉しそうに笑って言った。


「こんなお姉さんが欲しかったな」


 その言葉が、少しだけ心を温めた。


 


 ◆ ◆ ◆


 


 会場に着くと、姉たちが入り口で待っていた。

 けれど、その目は冷たかった。


「来なくてもよかったのに」


 吐き捨てるような声。

 胸が締めつけられたが、何も言い返せなかった。


 扉が開かれると、まばゆい光と香りが押し寄せてきた。

 煌めくシャンデリア、豪華な装飾、音楽と笑い声。

 夢のような空間――けれど私には、遠い世界のようだった。


「椿は端にいなさい」


 母の冷たい声に、私はうなずいて会場の隅に腰を下ろした。

 手には、もらったばかりのグラス。

 琥珀色の液体が静かに揺れている。


 窓の外の夕焼けをぼんやり眺めていると――


「きゃあっ!」


 悲鳴が響いた。

 次の瞬間、紫の煙が舞い上がり、空気が震える。

 人々が息を呑んだ。


 そこに、ひとりの男が立っていた。

 黒髪に金の瞳。美しくも恐ろしいほどの気配を纏っている。

 あやかし――強力な存在だとすぐに分かった。


 その男はあたりを見渡し、やがて私の方へと歩み寄ってくる。

 まっすぐに、迷いなく。


「私、政宗と申します。九尾様――お久しゅうございます」


「……九尾、様?」


 思わずオウム返しに呟く。

 会場がざわついた。「九尾」の名を知る者たちが次々に息を呑む。


 政宗と名乗る男は、穏やかに微笑んだ。


「帰りましょう」


 そう言って差し出された手。

 私は、その手を――無意識のうちに取っていた。


 


 ――その日、私の運命は静かに動き出した。

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