第三話 姉(保護者)
「おはよー、姫」
妃咲が教室に入って席に着くと美愛がやってきた。
「……おはよう」
「うーん、朝からため息とは何やら空気が重いですな。また琥珀ちゃんか直哉くんのこと?」
「両方」
「なるほど、重症ですな。どれ、お姉さんに話してみなさい? まぁ昨日の今日だからだいたい予想はつくけど」
妃咲は琥珀が直哉に対して甘すぎることと、彼のふがいなさぶりを美愛に話した。それを聞いた美愛はなあんだ、という反応だった。
「それってアレだよね。結局いつものことっていうか」
「いつものこと?」
「琥珀ちゃんは直哉くんの姉で、姫は二人の姉じゃなくて保護者、みたいな?」
「なんで私が保護者になっているのよ」
「そんな風に私には見えるけどな。姫は琥珀ちゃんのことが可愛くてたまらないけど、直哉くんには厳しすぎるっていうか」
「もう、美愛までそんなこと言うなんて」
「ごめんごめん。けどさ、琥珀ちゃんは誰にだって優しくて世話焼きなタイプだし、仕方ないんじゃない?」
「友達ならわかるけど、兄妹よ? 兄が妹の世話がないとやっていけないってどんだけヘタレなのよ」
妃咲は肘をつきながら不満そうに言った。
「まぁ直哉くんは同い年だし、兄とか姉とかあまり関係ないと思うけど……」
「家に帰ったらアイツに一言言ってやらなきゃ」
◇ ◇ ◇
放課後、妃咲は部活へ行こうと美愛と一緒に琥珀のクラスへ行った。けれどもやっぱり彼女はいなかった。
「あれ? もう行ってるのかなあ」
美愛はそう言ったが、妃咲はピンときた。
「多分……あっちに」
妃咲が直哉のクラスの前までやってくると、ちょうど直哉ともう一人の『道路研究会』の部員、そして琥珀も一緒に出てきたところだった。
「うっ……妃咲」
直哉がいかにもまずい、という表情をしながら言った。
「どうして琥珀がまた一緒にいるのよ。琥珀は今日ウチの部活があるんですけど?」
妃咲は腕を組みながら直哉に言った。するとすぐに琥珀が、
「部活にはちょっと遅れるけどすぐに行くからさ~。今日は作戦会議なんだよね。ホラ、昨日結局何もできなかったから」
「何よ、作戦会議って――ああ、部の存続がどうって話ね」
妃咲は直哉を横目でにらみつけながら言った。
「そうそう。私いいこと思いついたんだけど――」
琥珀は明るく言ったが、妃咲は直哉に対して冷たく言った。
「そもそも、もう仮入部期間終わってるし、今から人なんて集められないでしょ。さっさと廃部届でも出したら?」
「なんで今廃部にしなきゃいけないんだよっ」
「どのみち潰れるんでしょ? だったらさっさと自分たちの転部先でも探したらいいじゃない」
「だからだから~私の友達でまだ部活入ってない男子とかもいるからさ、自転車とか好きそうな人集めようかなーなんて思って」
「……」
「だ、だから言ったじゃんか。妃咲が絶対怒るからって――今日はいいから部活に行けよ」
直哉は妃咲の瞳に怒りがこもり始めているのに気付き、慌てて琥珀に言った。
「え~、私やる気だよ?」
「部活のない日で大丈夫だよ、じゃ」
そう言うと直哉はもう一人の友達とそそくさと行ってしまった。
すると妃咲は琥珀に向かってにっこりと微笑んで、
「さ、行きましょ。貴方にも言いたいことがあるから」
「姫、穏便にいきましょう。穏便に」
美愛は妃咲の目があまり笑っていないので、なだめるように言った。
◇ ◇ ◇
直哉は妃咲たちと別れた後、ため息をついていた。
「はあ……琥珀が協力してくれるのはありがたいけど、妃咲の機嫌が悪くなるのは良くないな」
「本当、お前の妹は二人ともタイプが全然違うよな」
直哉の友達が言った。
「まあな。下はいいんだが上の方は……」
直哉にとって妃咲は怖い姉のようなものだった。どう考えても彼女の方が姉の立場だ。同い年とはいえどうして自分が先に産まれてきてしまったのだろうと思うこともあった。
昔から自分に対して厳しく、琥珀に対しては甘い。自分が男で琥珀が女だからだろうとも思えるが、妃咲が優秀すぎるのも問題だった。
兄である直哉は優等生の妃咲とは違い、昔から両親に「長男なんだから」と言われてきたためプレッシャーに弱く、自分に自信の持てない男だった。そんな兄を妹の琥珀は持ち前の明るさと世話焼きで構ってあげていた。あたかも妃咲が琥珀にしてあげているかのように――
(いや、琥珀も充分スペックが高すぎるからなあ……本当、何でオレが兄なんだろ)
直哉はため息をついた――なんて不遇な立場なんだろう。直哉はつぐつぐ自分の立場を呪った。
「けど、実際どうするんだ? マジで住良木妹が勧誘してくれるのかな」
「まあ、琥珀はやる気になってくれてるからいいけど、入部はやめさせた方がいいな。妃咲の逆鱗に触れる」
「住良木妹が入ったら部が明るくなりそうでいいんだけどなあ」
「まあ……俺だってそう思うよ。けど、雰囲気に合わない。せめて自転車部とかだったらまだアリだったかもしれないけど」
さすがの直哉も琥珀を入部させるのはメリットよりもリスクが上回りそうな気がしてならなかった。
◇ ◇ ◇
妃咲たちが部活から帰る途中、琥珀は「合唱部が週三回だから……」とかつぶやいていた。
「琥珀、貴方まだ本気で直哉の部に入ろうとか考えているの?」
「んー。かけもちしてもいけるかなーって思って。ほら、あっちはなんか結構自由っぽいし」
「自由っていうか、単に適当な部なんでしょ。人数も少ないし、本当に同好会みたいなものよ」
「だから気軽にできるかな、って思って。私さ、道路とか別にキョーミないんだけど、直哉、自転車好きじゃん? 結構色んなところ行けて楽しそうだと思って」
「それこそ自転車部もあるじゃない」
「いやー、アッチは〝本気組〟じゃん? あそこまではどうかと思うけど、直哉みたいな部だったらユルく楽しめるかもしれないし。ついでに直哉の助けにもなるかもしれないから一石二鳥ってやつ?」
――またこれだ。直哉直哉。
妃咲は心にストレスのようなものを感じていた。
「……合唱部は楽しくないってこと?」
「ち、違うよ~。私歌も大好きだもん」
琥珀は妃咲の表情が微妙に変化したのに気付き、慌てて両手を振りながら言った。
「ただ直哉が困ってるからなーって思って……」
(うっ……)
上目遣いで言う琥珀の表情を見て妃咲は動揺した――そんな表情、反則だ。
「と、とにかく――私は合唱部の部活動に支障が出るのが心配だから言っているの」
妃咲はそう言うとスタスタと行ってしまった。
◇ ◇ ◇
(はあ……)
家に帰ってきて、妃咲も直哉と同じようにため息をついた。これじゃあ私だけが悪者だ――あの子にあんな表情をさせてしまうなんて。
それでも直哉のことばかり気にかける琥珀のことがどうしても我慢できなかった。
(……)
妃咲は思わずベッドに仰向けになって倒れ込んだ。
(直哉のことを助けてあげたいというあの子の気持ちもわかる。あの子は本当に面倒見が良くて、誰にでも優しいから――)
美愛には以前、冗談交じりに自分がシスコンだと言われたことがある。自分でもわかっている。
けどどうしても琥珀のことが可愛いし、一緒にいたいと思うし、面倒を見てあげたくなる――それは高校生になった今でも変わらない。
(……つまり、私が成長してないってことなのかな)
妃咲はしばらくベッドの上で悶々としていた。
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