第2話 龍堂くんのこと好きでしょ?

野球部のマネージャー・相原未零さんに連れて行かれたのは、誰もいない野球部の部室だった。


「今日の練習は休みなの。ここなら2人きりで話せるわね」


相原さんは自分だけ椅子に座る。

俺のことを良く思っていないのが態度で察せる。


「さっき会ったばかりの俺に、何の話があるんですか」


「あなた、龍堂くんのこと好きでしょ?」


何かと思えばまたこれか。


「…アイツは幼なじみで、ずっと一緒にいるから」


「私は、好きかって聞いてるの。関係なんて聞いていないでしょう?」


面倒くさい。

注目されてる野球選手の龍太郎を狙う女子は多い。中にはこの人のように、仲の良い俺に嫉妬して直接文句を言ってくる変わり者もいる。

この身体のこともネタにして追い込んでくる奴もいた。


「ねえ、聞いてる?話してるんだけど私」


話を聞く価値なんて無い。


「気のせいだよ。もう遅いからこの辺で」


「龍堂くんにバラしちゃうわよ?黒川來稀は龍堂龍太郎に惚れてるって。良いのかしら?」


ドアに向かう足を止めて彼女を見る。

本当に野球部はこんな奴がマネージャーなのか?

思った言葉がそのまま出そうになってしまったのを抑えた。


「ほら、やっぱり好きなんじゃない。ウフフッ」


人を見下す不快な笑み。反吐が出る。

自分の行動がおかしいと認識していないのか?


「秘密をバラされたくなかったら、龍堂くんから身を引いてくれる?」


可哀想な人だな。


「何よその目。言っとくけどね、龍堂くんがアンタなんかと好きで一緒にいるわけないでしょ?哀れんで一緒にいてあげてるだけで──────」


「酷ぇ顔」


あ、言ってしまった。言わないと決めてたのに。

龍太郎のことを言われたからつい。


バシッ!


怒って立ち上がった彼女に頬を叩かれた。


「……今なんて言った?アンタ如きが私の顔に文句言ってんじゃねぇよ」


頬がジンジン痛い。暴力を振るわれたのは初めてだ。普通ここまでするか?

スイッチが切り替わったみたいにさっきより数段威力が増した暴言を吐き始めた。


「ハハッ。自分の魅力じゃ勝てねえから力で何とかしようってか?そんなんで龍太郎が惚れるわけねえだろ」


「この……!」


ほらね。

彼女はまた頬を叩こうと腕を上げる。

それしか出来ないんだ。

頬を強く叩かれたその時、彼女は震えた声で言った。


「あっ…龍堂…くん………」


言葉を聞いてゆっくり振り向くと、扉を開けて部室の中に入ってきた龍太郎がいた。


なんて顔してるんだよ…。


「違うの!これは──────」


「相原。何があったかは後日聞く」


熱血バカの龍太郎からは聞いたことのない、静かな重い声。


「行こう」


肩に手を置かれて、外に出る。

相原さんはそれ以上何もして来なかった。


「保健室へ」


「平気だから。ったく、お宅のマネージャー酷すぎるんじゃねーの?突然お前のこと好きかって聞いてきて、暴力振るわれたんですけど」


「…すまん」


そんなに申し訳なさそうな顔しないでよ。

何も悪くないじゃん、助けてくれたのに。


「いや、お前は何も悪くないじゃん。

なんで部室来たの?」


「一緒に帰ろうと思って連絡したんだが、既読が付かず嫌な予感がして。学校中探し回っていた」


「え、すげー脳筋」


叩かれた左頬がまだジンジンする。

口の中を切ってはしてないし、病院に行くほどではないと思う。放っとけば治るだろ。


「痛むか?俺の家で処置しよう」


「いいよ、自分で出来るから」


「頼む。…治療させてくれ」


龍太郎…やっぱり気にしてるよな。

拒むと余計困らせちゃうか。


「…あれ、雨?天気予報では晴れだったのに」


突然雨がポツリと降ってきて、少しずつ勢いを増していく。勘で分かる、凄く降るやつだ。

困ったな。傘持ってないんだけど…と思った瞬間、暖かくてデカい布が頭にかかった。


「え…上着?」


「傘持ってなくてな。こんなので悪いが、無いよりマシだと思うから」


龍太郎の匂いがする。いや、そうじゃない。

また助けてもらっちゃってるじゃん。これじゃお前が風邪引くじゃないか。


「俺は雨の日も試合とかするから。気にするな」


「……っ!」


心を読まれた…いや、察したかな。

なんだか1本取られた気分だよ。


「そんじゃ、急いで帰るぞ!」


背中を叩いて龍太郎の家に向かって走る。

それは昔やってた追いかけっこのようで、これはこれであの頃を思い出して楽しい。

というか運動気持ちいいな。ちょうど趣味探してたし、俺もまた始めてみようかな?


楽しいと思っていた時期がありました。

その後凄い勢いで降ってきた雨は制服をびしょ濡れにし、靴は水を含んで重く、楽しむ余裕なんて無くなっていた。

ねえ神様、君は悪魔かい?


連日でお邪魔する龍太郎の家。

おばさんはまだ帰っていないようだった。


「はあー!すげー雨」


全身が水でびしょ濡れ。

流石にシャワーを浴びないと風邪を引くな。

ブレザーを脱いだ。


「…ッ!!」


「なぁ、シャワー借りても良いかな。

ん?どうした」


変な方向を見てどうしたんだろう。

そっちは壁しかないけど。


「……服」


自分の服を見てみると、水で濡れたシャツがピタッと身体に張り付いて、スポーツブラの形が浮き上がっていた。


「うわぁっ!?ちょっ!見るな!見るなよ!?」


反射的に胸を隠してしまった。

今まで隠していた女の部分を、こういう形で初めて見せてしまった。こんなに恥ずかしいのか…!


「きっ、着替え貸せっ!浴びる!」


「…持ってくから浴びてていい」


急ぎ足で自分の部屋へ向かう龍太郎の耳が見えた。


「あっ…」


服を脱いで熱いシャワーを浴びる。

天国はここに存在した!

冷えて強ばった身体が活気を取り戻して喜んでいる。

ここのお風呂場、懐かしいな。

小学生の頃以来か?

少し気持ちの整理が着いてきたぞ。

そういえばさっき、あいつ…。


「さっきの耳、めっちゃ赤かったな…」


寒かったからかもしれない。

でも、もし、濡れた俺を見て赤くなったとしたら…?

下着見て興奮した…とか……?


「……ねーか」


あの龍太郎だし。エロい話とかしたことないし。

そもそも興味無いんじゃないか?

しかし、雨で濡れた龍太郎、ちょっと良かったな。セクシーっていうか、普段あまり見ない感じ。色気って言うのかなぁ。

優しいし。かっけーし。


風呂上がりの俺見てどう思うんだろ。

可愛いとか思ってくれたり…。

……好きだなぁ。龍太郎のこと。凄く好き。

なんか…今日は凄く色々あったから、変なこと考えちゃうな。

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