【短編】ダンジョン深部で追放されたけど生還余裕でした 〜お前らが盗賊騙すなんて無理でしょ〜
はななこーひー
ダンジョン深部で追放されたけど生還余裕でした 〜お前らが盗賊騙すなんて無理でしょ〜
1. 追放という名の茶番
じっとりとした血の匂いと、魔力が霧散していく独特の嫌な匂いが、広大なボス部屋に満ちていた。 床には、数分前まで俺たちを蹂躙していたダンジョンボスの巨体が、今はただの肉塊となって転がっている。石畳には黒い血溜まりが広がり、天井からは砕けた鍾乳石の破片がぽつぽつと落ちてくる。激戦の余韻が、空気そのものに刻まれていた。
「はぁ……はぁ……、ちっ、やっと倒れやがったか」
重戦士アルダスが、肩で荒い息をしながら巨大な戦斧を担ぎ直す。 その強気な口ぶりとは裏腹に、額には脂汗が浮かび、膝はかすかに震えていた。 まあ、無理もない。今回の依頼は、国が直々に指名した高難度のダンジョン。全員が疲労困憊だ。
アルダスは倒れ伏したボスに歩み寄ると戦斧を振り下ろし、拳ほどもある「魔眼石」を乱暴にえぐり出した。 鈍い紫色の光が、薄暗いダンジョンの中で妖しくまたたく。依頼達成の証だ。 何やら国の重要な儀式に必要な品らしい。 騎士団は国境警備や儀式の準備に忙しく、冒険者――俺達に依頼が来たわけだ。
「やりましたわ、アルダスさん!これで私たちは、国中から称賛される英雄ですわね!」
神官のセリナが、疲労などおくびにも出さず、アルダスに駆け寄る。 その声は鈴を転がすように愛らしい。 英雄――常日頃からアルダスは周囲に自分を英雄だと言って憚らず、セリナのその言葉に満足気な笑みを浮かべる。 実際、このボスを倒したのであれば英雄と言っても語弊はないだろう。 それだけの強さだった。
俺――盗賊のロックは、そんなパーティーの様子を柱の影から観察していた。 戦闘能力のない俺にとってそれが唯一の役割だったからだ。 戦闘中は敵の注意をそらしたり仲間の補助に回ったりするのが俺の役目だったが、ボス戦ではそれも難しく、ただスキル『気配隠蔽(ステルス)』を使いながら見守るしかなかった。あるいは、死なないように隠れているだけ、と言った方が正確かもしれない。
「みんなよくやった。帰還前に休憩するぞ」
アルダスが告げると、全員緊張から解放されその場に座り込んだ。
俺がここからが仕事だとばかりに、いそいそと回復薬や魔法薬をパーティーに配り、簡易的な食事を用意する。
人心地がつき、全員に笑顔が見え始めた頃。
セリナが自然な笑顔を向けて俺の方へやってきた。
「ロックさん。長旅でお疲れでしょうけど、最後のお仕事ですわ。帰り道の確認をしたいので、あなたが持っている地図を見せていただけますか?」
普段は任せきりのくせに、今さら帰り道の確認だと? 俺は一瞬不審に思ったが、もしかしたら、こいつらも少しは成長したのかもしれない。
「ああ、わかった」
そう思い直し、俺は地図を広げ、現在地やマークの意味、そして帰還経路を説明する。 セリナは普段見せない真剣な表情で地図を見つめ、時折頷きながら確認していく。いつもと違う彼女の態度に、少しだけ胸が温かくなった。こいつらも、少しは俺を見直してくれたのかもしれない――そんな淡い期待を抱いてしまった。
「なるほど、これなら無事に帰れそうですわね」
帰還経路の説明を終え、横で真剣な顔をして見ていたセリナがそう答えた瞬間、彼女の目つきが変わった。 それは、用済みの道具を見るような、冷たく打算的な視線。 すっと俺から距離を取り、カイトに目配せする。
その瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
それを合図に、俺の背後で風を切る音がした。殺気。 だが、俺はセリナの珍しい行動に多少の警戒をしていたため、間一髪で体をひねりその場を転がった。 直後、ついさっきまで俺が立っていた石畳を、軽戦士カイトの双剣が火花を散らしながら薙ぎ払う。
「ちっ…外したか。一撃で楽になっておけば良かったのによ」
攻撃を外したカイトが、軽薄な笑みを浮かべ剣を構え直す。その顔には、殺意以外の何物もなかった。
「カイト?なぜ…?」
俺はまさかカイトがこんなことをするとは、と驚きを隠せない。いや、驚いているふりをする。実際のところ、セリナの不審な行動から、何かがおかしいと察していた。だからこそ、間一髪で避けられたのだ。
「ロック。てめぇはここで追放だ」
アルダスが、まるで王様にでもなったかのように、重々しく宣告する。
「あなたの役割は、もう終わったの。罠の探知も解錠も、私の魔法で十分代用できるでしょ?」
魔法使いのミリアが、杖を弄びながら冷たく言い放つ。 その表情はあくまでいつも通りだが、声音には凍てつくような冷淡さが宿っていた。
「残念ですが戦闘能力のないお荷物を、これ以上連れて歩く義理はないんです。報酬は私たち4人で山分けさせていただきますね」
セリナがとどめを刺すように言った。その声は相変わらず鈴を転がすように愛らしいが、その内容は氷点下の宣告だ。
俺は動揺して、彼らに問いかける。
「待ってくれ!確かにボス戦じゃ何もできなかった。ただ、罠の解除だけじゃない!斥候も、モンスターの索敵も、俺がいなきゃ……!」
声を震わせ、両手を広げて懇願する。だが、それが奴らの心を動かすことはない。
「うるせえ!これ以上話すことはねえよ!」
アルダスが戦斧を構え、パーティー全体に殺気が満ちる。 カイトの双剣、ミリアの杖、セリナのメイス。全ての武器が俺に向けられた。 問答無用、ということらしい。
「……ちっ!?」
流石に回復した奴らと平場でやり合えるわけがない。 俺は自分の不利を悟り舌打ちすると、懐に隠していた最後の煙幕玉を床に叩きつけた。
灰色の煙が爆発的に広がり、奴らの視界を奪う。
「探知(ディテクト)!」
ミリアの鋭い声が響く。彼女の探知魔法は、魔力の痕跡を追うものだ。しかし、俺のスキル『気配遮断(ステルス)』は、魔力を使わない純粋な技術。魔法探知に引っかかるはずもなかった。
「……反応がない?そんなはず……」
ミリアが眉をひそめ、探知できなかったことに不審な表情を浮かべる。 彼女の探知魔法は魔力の痕跡を追うものだ。魔力を持たない者には反応しないはずだが、そんなことはありえない――そう思い込んでいる彼女には、この矛盾が理解できない。 だが、その疑問はすぐに仲間な声によってかき消された。
「フン、放っておけ。地図は奪ったんだ。戦闘能力ゼロのあいつが、この深部から生きて脱出できるわけがねえ」
アルダスはそう吐き捨てると、俺のことなどもう興味がないとばかりに踵を返した。
「うん…それもそうね」
ミリアも一瞬納得いかない顔をしたが、結局はアルダスの言葉に従ったようだ。探知できなかった違和感は、仲間への信頼、いや、打算という名の思考停止で覆い隠された。
遠ざかっていく奴らの声を聞きながら、俺は完全に気配を消し、ダンジョンの闇に溶け込んでいた。 心臓が激しく打っている。だが、それは恐怖のせいではない。怒りと、そして――復讐心だ。
(見てろよ、お前ら。後悔させてやる)
2. 反撃の狼煙
煙が完全に晴れた頃、俺はボス部屋から少し離れた、奴らが存在すら知らない隠し部屋にいた。ここは、俺が探索の途中で偶然見つけた、壁の模様にカモフラージュされた小部屋だ。 狭く、湿っぽく、快適とは程遠い場所だが、今の俺にとっては最高の隠れ家だった。
「さて、と」
俺は服の内側に縫い付けた隠しポケットに手を入れる。取り出すのは、もう一枚の地図「完全版(マスターマップ)」だ。
そう、俺は常に地図を2枚持っている。
万が一ダンジョンでパーティーが別行動をしたり、強盗に遭ったり、写し取られたりする対策として、服の内側に隠して携行するのが俺の常だ。
そのうち、表向きに仲間やギルドに見せるのは、市販図に最低限の追記をしただけの“見せ札”。
もちろんこれだけでもある程度探索したり、帰還するには十分な情報が載っているが、それはあくまで入口からボス部屋までの行き来に限定されたものだ。
それに、正確な地図は高く売れる。 知識は盗賊の命綱。昔、書き込みを盗み見られて痛い目を見て以来、この運用は徹底している。
今までパーティー分断のような状態がなかったため、奴らがこの事実を知らなかったのはラッキーだった。
マスターマップには俺がこれまでの探索で発見し、解除・回避した全ての罠、隠し通路、モンスターのテリトリーまで書き込んである。
これさえあれば、単独での脱出など造作もない。単独ならモンスターはステルスで簡単にやり過ごせるし、ダンジョンの罠はすべて把握済みだ。
「……あれ?生還、余裕じゃね?」
思わず口からそんな言葉が漏れた。だが、すぐに首を振る。薄暗い部屋の中で、自嘲気味に笑みを浮かべる。
このまま黙って帰ったところで、報酬は手に入らない。それどころか、口のうまいセリナのことだ。「ロックが裏切って報酬を独り占めしようとした」などと嘘を並べ立て、果ては「ロックが殺そうとした」などと言い出すかもしれない。
冤罪を着せられ、冒険者ギルドから追放される。そんな未来が容易に想像できた。
それに――俺の中で、何かが燃え上がっていた。今まで散々こき使われ、見下され、そして最後には殺されかけた。その怒りが、復讐心という炎に変わっていく。
やられっぱなしは性に合わない。
「やるなら、徹底的にだ」
俺は覚悟を決め、もう一つの隠し玉を取り出した。
手のひらサイズの、古びた金属の箱。過去の探索で手に入れた『録音の魔道具』だ。
録音と言っても容量は数分しかなく、当時は使い道のないガラクタだと思っていたが、まさかこんな形で役に立つ時が来るとは。元パーティーの連中も、俺がこんな物を持っていることなどとうの昔に忘れているだろう。
計画は決まった。討伐報酬の「魔眼石」をいただき、奴らの裏切りを証明する「証拠」を固める。
そして、「地図」を奪い返せば奴らはそう簡単にダンジョンから出られないだろう。魔力も消耗し、罠の再起動で疲弊した奴らが、地図なしで深部から脱出するのは至難の業だ。
流石に死ぬことはないだろうが……いや、寧ろ死んでしまっては復讐が果たせない。 ギリギリまで消耗してもらって時間を稼ごう。
その間にこの件を依頼元である騎士団と冒険者ギルドに報告し、一切付け入る隙を与えない。
「よし、これでいこう」
俺は完全版の地図を広げ、奴らの進むであろうルートに先回りするための最短経路を確認した。指で地図をなぞりながら、頭の中で罠の配置をシミュレーションする。 ここから、俺の復讐劇が始まる。そして、奴らは気付くだろう――盗賊を騙すことの愚かさを。
3. 蝕む疑心暗鬼
俺は奴らを追い越し、奴らが通るであろう通路で待ち構えていた。まずは小手調べだ。
往路で俺が解除した、扉に仕掛けられた初歩的な魔力式の罠。これを、俺は再び起動させた。
やがて、奴らの話し声が聞こえてくる。
「ミリア、この先の扉に罠の印があるわ。探知して」
セリナの指示を受け、ミリアが杖を構える。
「ええ……おかしいわね。確かに魔力反応がある。ロックの奴、解除し忘れたのかしら。手抜きな仕事ね」
ミリアが呆れたように言いながらも、問題なく罠を回避する。これでいい。これで奴らは「ロックが書き記した罠さえ警戒すればいい」と油断する。
その油断こそが、命取りだ。
意気揚々と扉を抜けたアルダスが、次の通路に足を踏み入れた、その瞬間。
ガコン!
「ぐわっ!?」
アルダスの足元が、音を立てて崩落した。簡単な落とし穴だ。俺がダンジョンの窪地だった場所を更に掘り、新たに設置した、魔力を使わない純粋な「物理罠」だ。
アルダスは油断していたため見事に引っかかり、転倒した衝撃で息が詰まる。
「いってぇ……!てめぇ、ミリア!何やってやがんだ!探知はどうした!」
分厚い鎧のおかげで軽傷で済んだアルダスが、穴の底から怒鳴りつける。
「だから、魔力反応はなかったって言ってるでしょ!これは魔法じゃないわ!」
ミリアが金切り声で反論する。彼女の探知魔法は万能ではない。物理的な罠は感知できないのだ。 パーティー内に、初めて不協和音の亀裂が走った。
その後も、俺は執拗に罠を仕掛け続けた。 天井から落ちてくる石、壁から飛び出す吹き矢、床を滑らせる油。探知にかかるもの、かからないものを織り交ぜ、回避したと思ったところで別の罠を起動させ、傷を負わせていく。 一つ一つは致命的ではないが、じわじわと体力と精神を削り取っていく。奴らからはダンジョンそのものが拒絶しているかのように思えるだろう。
そうして、アルダスの脛当ては割れ、カイトの外套は吹き矢で穴だらけになっていく。 セリナは小傷の治療に回復魔法を割かざるを得ず、探知を切ることができないミリアの魔力はじわじわ目減りしていった。彼女の額には脂汗が浮かび、杖を握る手が微かに震えている。
「うわっ!」
2回連続で罠を間一髪で回避したカイトに、アルダスの疑いの目が向けられる。
「おい、カイト。てめぇ、やけに反応がいいじゃねえか。さてはロックと通じてやがるんじゃねえだろうな?」
疑念の声が、仲間への信頼を削り取る。
「そ、そんなわけないだろ!たまたまだよ!」
カイトが必死に否定するが、その声には動揺が滲んでいた。
「まあまあ、皆さん落ち着いて。仲間割れをしている場合ではありませんわ」
セリナは微笑みを崩さずに間を取り持つ。声色も落ち着いているが、その瞳の底だけがわずかに揺れていた。優雅な仮面の下で、焦燥が芽生え始めている。
(いいぞ。もっと疑え。お前たちの絆なんて、その程度のもんだろ)
俺は物陰からその光景を眺め、ほくそ笑んでいた。奴らが互いを疑い合う様は、まるで俺が仕掛けた最高の罠のようだった。
4. 報酬の奪還
舞台は帰路の中間地点付近にある大部屋。ここが俺の仕掛けた「劇場」の最終幕だ。 ダンジョンの魔法の明かりがうっすらと照らす室内は、何かの遺跡を思わせるような彫刻が施された壁、用途が分からない彫像や柱が点在している。
俺は録音の魔道具を起動させると、奴らの前に姿を現した。
「ロック!てめぇ、生きてやがったか!」
アルダスが、鬼の形相で俺を睨みつける。顔中に泥と汗が混ざり、疲弊が色濃く表れている。 よし、食いついた。俺はわざと弱々しい声色を作り、奴らに歩み寄った。
「なぁ、アルダス……みんな。追放なんて、嘘なんだろ?俺が悪かったよ。だから、また仲間に入れてくれ。みんなで報酬を分け合おうぜ」
俺がそう言って頭を下げると、奴らは顔を見合わせ、腹を抱えて笑い出した。
「はっ、馬鹿かてめぇは!今さら何を言ってやがる!」
アルダスが鼻で笑う。
「そうですわ。あなたのような足手まといと、どうして報酬を分け合わなければならないのです?」
セリナが法衣の袖で口元を上品に隠しながら、蔑みの視線を向ける。
「でも、俺だって十分パーティーに貢献してきただろ? 罠を見つけて、鍵を開けて、道案内して……全部俺が――」
「ええ、とてもよく働いてくれましたましたね」
セリナの表情はとてもにこやかで可憐だ。
「なら、まだ――」
セリナはわざと一拍置き、可憐な表情はそのまま唇の端だけで笑った。
「その“役に立っている”という思い込みこそ、あなたを油断させるために私たちが残しておいた罠ですわ」
「……は?」
カイトが薄笑いを浮かべながら、追い打ちをかける。
「ずっと前から追放するって決めてたんだよ。お前は最後まで気づかず、いいように使われただけだ。盗賊のくせにこんな罠にかかるなんてな。滑稽たぜ」
ミリアがうんざりした顔で鼻を鳴らす。
「もう罠解除も鍵開けも、私の魔法でどうとでもなる段階に来たし。だからあなたはもう要らないの」
いや、できるなら今のその状態は何なんだよ、と笑うのを何とか堪えつつ更に言う。
「そ、そうだよな……。でも、追放だとしても、殺そうとする必要なんてないだろ……?あの時、カイトが本気で俺を……」
やばい、堪えきれず少し噛んでしまった。 だが、それをビビってると判断したのか、アルダスが鼻で笑った。
「当たり前だろ!てめぇみてえなのが生きて街に帰り着いて、俺たちの悪口でも吹聴されたら面倒だからな!ここで死ぬのが、てめぇの運命だったんだよ!」
(……よし、完璧な言質だ)
俺は内心でガッツポーズを取ると、録音を停止し、顔を上げると挑発的な表情を作る。
「騙し合いで盗賊に勝てるとでも思っているのか?」
「なんだと?」「お前ごときが俺に勝てるとでも思っているのか?」
カイルとアルダスが怒気を放ちながら剣を構え一歩近づく
「ちっ、多勢に無勢か……!」
俺は言うと、慌てたように奴らに背を向けて逃げ出すフリをした。 その時、俺の懐から革袋が落下し、地面にチャリンという音が響き渡る。 4人が音の原因を確かめるとそこには金貨が数枚こぼれ落ち、キラキラと光を反射している。まるで俺の焦りを象徴するかのように。
「待て!」
動き出そうとするカイルをアルダスの声が静止する。
奴らは罠を警戒しつつも、金貨の輝きには抗えない。セリナが慎重に革袋に近づき、中身を改める。
「ちぇっ、これっぽっちですの。まあ、ないよりはマシですわね」
小金に満足した表情で、セリナが袋を手にする。酷いな、確かに少ないが、お前らが今まで俺に渡してきた分け前の全財産を財布ごとくれてやったのに。
奴ら全員が、そんなはした金に気を取られている間に俺は「気配遮断」を再発動させ柱の上に潜んでいた。 そして完全に油断したその瞬間、俺はワイヤーフックを射出した。狙いはアルダスの腰に提げられた、「魔眼石」だ。
金属音と共にフックが魔眼石の袋を捉え、引き寄せる。
ブチッ!
魔眼石の入った袋が宙を舞い、俺の手に収まる。大きな動作をしたことでステルスが解除され、俺の姿が奴らの目に晒された。
「なっ!?」
全員が驚いて柱の上見上げた。その瞬間を、俺は待っていた。
バサッ!
俺が頭上に仕掛けておいた巨大なネットの罠が作動し、4人全員がもつれ合うように転倒する。重なり合った彼らの下から、怒号と悲鳴が混ざり合う。
「くそっ!なんだこの網は!」
「動けない!」
俺はその隙を逃さず、身軽に地上に降り立つと、網の中でもがくセリナの手から、奪われた地図を抜き取った。
「さて、と」俺は奪い返した魔眼石と地図を懐にしまう。「その金はくれてやる。手切れ金だ。その代わり、この魔眼石は『退職金』として貰っていくぜ」
怒り狂いながらネットから這い出そうとする元パーティーに、俺は最後の言葉を投げかける。
「ああ、そうだ。言い忘れてた。俺が往路で解除してきた罠は……全部、再起動させてもらった。地図もなしで、頑張って帰れよ。元仲間たち」
「そんな……もう魔力はほとんど残ってないのに……」ミリアが顔を青ざめさせる。
俺は、絶望に染まる奴らの顔を背に、悠々とその場を立ち去った。完全版の地図さえあれば、ここからの脱出は容易だ。復讐の第一段階は完了した。
どうか死んでくれるなよ。俺の『罠』はまだ完成していないんだから。
5. 生還と報告/裁き
俺はダンジョンから脱出するとその足でダンジョンにほど近い街『ダンデオン』の騎士団詰め所、今回の依頼人のところへと向かった。
相変わらず忙しいのか、兵士達が走り回っている。
「貴様は……無事に生還したか。だが仲間はどうした?」
俺に気付いた騎士団長が訝しげに俺に尋ねる。その表情は、単独帰還という異常事態への警戒心を隠せていない。
「報告します。ダンジョンにてボスを討伐直後、仲間からの裏切りと殺人未遂行為を受けました」
俺の言葉に、騎士団長の眉間に皺が寄る。重大な告発だ。俺は討伐証明である「魔眼石」を提出し、証拠として例の「録音の魔道具」を差し出した。
「こちらが証拠です」
魔道具を再生すると、中からアルダスたちの生々しい声が響き渡る。
『当たり前だろ!てめぇみてえなのが生きて街に帰り着いて、俺たちの悪口でも吹聴されたら面倒だからな!ここで死ぬのが、てめぇの運命だったんだよ!』
決定的な言質に、聞き終わる頃には、騎士団長の顔は怒りで赤黒く染まっていた。
騎士団長は自身の怒りを抑えつつ、重々しく告げた。
「……よくぞ冷静に生還し、この証拠を整えた。見事だ。報酬は全額、君のものだ。追って冒険者ギルドから報酬を受け取り給え」
そして、周囲の部下に向かい、鋭い命令を下す。
「アルダス、カイト、セリナ、ミリアの4名を捕らえる。至急、ダンジョンの入口を封鎖せよ!冒険者ギルドにも証拠品と共にこのことを伝え、協力を要請するように!」
数日後。 罠とモンスターに消耗し、ボロボロになった4人組が、よろめきながらダンジョンの出口から這い出してきた。鎧は砕け、法衣は裂け、全員が満身創痍だ。
「はぁ……はぁ……出た、やっと、出られた……!」アルダスが膝をつく。
「ロック……あの野郎、絶対に許さない……!」カイトが憎悪をむき出しにする。
仲間割れで失いかけた結束が、「ロックへの復讐」という一点で再び固まろうとした、その時だった。
カシャリ、と冷たい金属音が響き、彼らはいつの間にか完全武装の衛兵や無表情の冒険者たちに包囲されていた。
「アルダス、カイト、セリナ、ミリアだな」
輪の外側がざわつく。そこに現れた騎士団長が無機質な声で告げる。
「貴様ら4名に嫌疑がかかっている。仲間を深部に置き去り、討伐報酬を横領しようとした疑い。そして殺人未遂だ。何か弁明はあるか」
「ま、待ってください!騎士団長さま!」
セリナが仲間に視線で合図を送ると一歩前に進み、震える声をつくる。法衣の袖で口元を押さえ、瞳だけを必死に潤ませる。
「わ、私たちは被害者なのですわ……ロックさんが豹変して、魔眼石を独り占めしようと……『殺して奪え』って……っ」
そのまま体を丸め上目遣いで周囲に訴えかける。
「そうだ!あいつが俺たちを罠にはめようとしたんだ!俺たちは生き延びるために必死で!」カイトが畳みかける。
ミリアは疲れ切った顔でただこくこくと頷く。彼女だけは魔力枯渇状態で全く余裕がないらしい。
アルダスも苦渋を作った顔で、「俺たちは正当防衛だったんだ」と低く付け足す。
セリナは更に進み出て、取り囲む人々から表情が見える位置で更に言い募る。
「騎士団長さま……どうかお聞き届けくださいませ。ロックさんは往路で解除した罠をわざと再起動し、私たちを消耗させたうえで魔眼石を強奪したのですの」
彼女は袖口を軽くまくり、細かな擦り傷と火傷の痕を見せる。
「ご覧くださいまし、この痕……仲間を守ろうと必死だった証です。このまま野放しにすれば、次は他の善良な冒険者が被害に遭うかもしれません……どうか直ちにあの人を拘束し、事実をお確かめくださいませ」
迫真の演技に周囲の冒険者の何人かが顔を見合わせる。「マジか……」「あの神官、嘘つきそうに見えねぇが……」と同情気味のささやきが漏れかけた。
それを見たセリナの唇がうっすらと半月を描こうとした、その刹那――
「その必要はない」
カチャリ、と乾いた金属音。騎士団長が腰のポーチから古びた金属箱――録音の魔道具――を取り出し、高く掲げる。
「弁明は以上か。では『事前に提出のあった証拠』を再生する」
箱から流れ出すのは、先程と真逆の、彼ら自身の嘲りと殺意に満ちた声。
『当たり前だろ!てめぇみてえなのが生きて街に帰り着いて、俺たちの悪口でも吹聴されたら面倒だからな!ここで死ぬのが、てめぇの運命だったんだよ!』
さっきまで同情しかけていた冒険者たちの視線が、瞬時に軽蔑へと反転する。「やっぱ黒じゃねぇか」「見事な芝居だな、神官さんよ。あんた見かけによらないんだな」という声が飛び交う。
「これを聴いた上で何か弁明はあるか?神官殿」
騎士団長の言葉にセリナの表情が凍りつく。色を失った彼女の唇がわなないた。完璧だと思っていた演技が、一瞬で崩壊した。
「どうやらこれ以上の弁明はないらしいな。仲間を深部に置き去りにした罪、討伐報酬を横領しようとした罪、殺人未遂、並びに罪もない者に罪をなすりつけようとした偽証罪。以上の容疑により身柄を拘束する。連れていけ。簡単に出られると思うなよ」
騎士団長が冷たくそう告げると、4人は言葉もなくその場に崩れ落ち、衛兵達に引きずられていった。
6. エピローグ
数日後、街の酒場『赤髪亭』は、4人の転落劇の噂で持ちきりだった。 店内には松明とランプの暖かな明かりが灯り、冒険者た商人たちの喧騒がいつも以上に賑やかだ。木製のテーブルを囲む男たちは、エールのジョッキを片手に身を乗り出している。
「聞いたか?あの『暁の剣』の『英雄』様達が仲間を裏切って捕まったらしいぜ」
鎧を着た大柄な冒険者が、興奮気味に声を上げる。その話題に周囲の客たちが一斉に視線を向けた。
「報酬を独り占めしようとしたんだってな。落ちたもんだ」
隣に座る弓使いらしき男が、呆れたように首を振る。
「俺はその場に居たぜ。しかも殺そうとしたんだ、最低だろ」
別のテーブルから若い戦士が割り込み、憤慨した様子で拳をテーブルに叩きつける。グラスが小さく跳ねた。
「んで、ギルドのボスもカンカンでさ、ギルド証は剥奪の上、この街は出禁になったらしいぜ」
最初の冒険者が続ける。その言葉に、周囲から「そりゃそうだ」「当然だな」という声が上がる。
「信用第一の仕事でこんなことされちゃ俺達だって困るしな」
弓使いが深く頷き、エールを一口啜る。隣で商人らしき男性も深く頷いている。
「追放したはずが逆に追放されたってか、大した英雄様だな。ダサすぎてネタにもなりゃしねーぜ。こりゃ悲劇なのか?喜劇なのか?」
近くで聴いていた吟遊詩人が皮肉たっぷりに言い放つと、周囲からどっと笑い声が沸き起こった。
そんな噂話を肴に、俺はカウンター席の隅でエールを煽っていた。 口元に笑みを浮かべながら、懐の中で『退職金』で潤った新品の財布をもて遊ぶ。革の感触が心地いい。
「……お前らが盗賊(おれ)を騙すなんて、無理に決まってるだろ」
俺は誰に言うでもなくそう呟くと、誰にともなく乾杯をし、勝利の美酒を飲み始めた。 喉を流れ落ちるエールの冷たさが心地いい。琥珀色の液体が胃に落ちる感覚に、自然と満足げな息が漏れる。
すると突然、後ろからマントを引っ張られた。
振り返ると、そこには知っている顔があった。新しいパーティーのリーダーだ。 漆黒の短い髪、精悍さと落ち着きが同居する顔立ちの女戦士――リィナだ。 彼女のパーティーは元々俺に目をつけていたそうで、俺が1人で帰還した直後から彼女達に勧誘されており、本日、パーティー解散が証明されると同時に半ば強引に加入させられていた。
「ロック、こんなところにいたのか。次の依頼が決まったぞ、準備をするからギルドの会議室に集合だ」
彼女は真面目な表情でそう告げる。その声には有無を言わさぬ迫力があった。 実直そうな瞳には次の依頼を必ず成功させるんだと語るように揺るぎない意志が灯っている。
「え?早くない?今朝ギルドにパーティー加入申請したところだし、まだこれも飲み始めたばっかなんだけど……」
俺は未練がましくグラスを見つめるが、リィナは容赦ない。融通が効かないのが欠点らしい。
「いいから来い、今回のミッションはお前のスキルと地図が頼りなんだ。皆はもう待っているぞ」
そう言うと、「お釣りはいらない」と言ってマスターに金を渡し、俺のマントをぐいぐいと引っ張り始める。周囲の客が「お、こっちの英雄様もサマにならねぇなぁ」と笑いながらこちらを見ていた。
「ちょ、行くから!マントを引っ張るな。首が締ま……ぐぇええ……」
俺は必死に抵抗するが、リィナの力は強い。引きずられながら、なんとか足を動かす。
「聞いて驚け、次の依頼は………」
リィナは俺を引っ張りながら、得意げに次の冒険の話を始めた。その声は期待と興奮に満ちている。
どうやら新しい冒険が、俺を待っているらしい。 ……それまでに俺の呼吸が復活すれば、の話だが。
だが、悪い気はしない。今度のパーティーは、俺を必要としてくれている。 俺のスキルを、本当の意味で頼りにしてくれている。
酒場の喧騒が遠ざかっていく中、俺は心の中で小さく笑った。 これからも、盗賊として、冒険者として――俺の道を歩んでいくんだ。
(了)
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