第19話 : 彌田さんの鞄は重かった
「永瀬君、おはよう、待たせてごめん」
「ううん、僕も少し前にこの駅に着いたところ」
彌田さんは電車通学だ。片道四十分程度掛かっているはずだから、駅からも学校からも徒歩五分しかかからない自分より家を出るのが相当早いだろうし、疲れてもいるだろう。
「永瀬君、おはよう」
「常盤さんもおはよう」
彌田さんと常盤さんは同じ中学出身だから通ってくる方向も一緒で、いつも同じ電車に乗っていることは知っている。
「海鈴から聞いたわ。私のことは気にしないで二人で行って」
そう言いながら小さくウィンクをした。
目にゴミでも入った?
「それじゃ、早速歩くよ。最初はゆっくりと、徐々に速度を上げていくから」
一、二、三と小さく口ずさみながら歩幅を揃えるように歩いて行く。
「ちゃんとできているね」
「永瀬君が私に合わせてくれているからだよ」
彌田さんの歩幅は短い。
その上で肩に掛けている鞄(学校の指定品はないので、大きめのトートバッグだ)が重いのか姿勢が少しだけ斜めになっている。
ゆっくり歩くうちはいいけど、速度を上げたら辛そうだ。
「ふう、ふう……」
僕達の通う学校まではゆっくり歩いて七~八分程度だ。
その中間地点辺りで彼女は息が上がり始めている。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ……大丈夫、大丈夫」
僕は立ち止まった。
「どうしたの?」
「彌田さん、それじゃ運動会までに体を痛めるよ」
恐らくは僕に合わせようと普段とは違うペースで歩いているはずだ。
短い距離とは言え、今はまだ登校時間で、これから午後まで授業があることを考えると過度の負担をかけることは絶対に良くない。
「ちょっとそれ貸して」
彌田さんの鞄をちょっとだけ強引に持った。
体に対してかなり大きなそれはズシリと重く、自分の肩に力がかかる。
(こんな重い鞄を持っていたのか。これじゃ速く歩けるわけがない)
「彌田さん、運動会の時は鞄を持たないよね」
「そうだけど」
「だったら運動会仕様で練習をしないとダメじゃないかな」
かなり強引だけど、彌田さんに無理をさせたくなかった。
彼女はとにかく真面目だから僕と一緒に練習すると約束すれば、朝から自分でできる精一杯のことをしてしまうのだろう。
そこまで無茶をして練習するものでははない。
「で、でも……それじゃ永瀬君だって運動会仕様じゃないじゃない」
「僕はこう見えても鍛えているから大丈夫」
これは嘘じゃない。
学校の近くに住んでいて通学時間が短いとは言え、起床時間はたぶん彌田さんと変わらない。
目が覚めるとすぐに道場に向かい、そこにある器械を使って一時間程度汗を流すのが日課なのだ。背は低くても筋力には自信がある。
「生物部だから運動がダメとは限らないよ。ちょうど良いハンディさ」
「永瀬、おはよう」
後ろから櫻葉に声を掛けられる。
「その姿、どうした……また修行……する為の準備か」
「その話は今はしないでくれ」
「あ、ああ」
「永瀬君、修行って、どゆこと」
「うん、その話はいつか話すから……」
「そ、そう」
櫻葉の奴、余計なことを言って。彌田さんが妙に気を遣うじゃないか。
このことはこの学校では櫻葉以外に誰も知らないんだから。
さて、足を合わせる練習を再開しよう。
「彌田さん、僕にあまり気を遣わないでマイペースで行ってね」
今度は息を乱すこともなく、彌田さんはしっかりした足取りで歩いて行った。
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