第18話 : 彌田さんの汗は臭くない

「痛たたた」

「ご、ごめん」

「ううん、気にしないで。私がもう少し足を開けば良いのだから」

「いや、僕が動きを調整するから」

「永瀬君、女性を痛がらせるなんて失格よ」


 今は昼休み、場所はグランドだ。

 で、僕達は運動会の練習をしている。


 この学校ではゴールデンウイーク明けに運動会を行っている。

 大学受験をする三年生への配慮からこの時期になったそうだ。


 競技の種目は正直多くない。

 玉入れ、綱引きなどの定番メニューの他に全生徒参加のクラス対抗二人三脚リレーなるものがある。

 基本的に男女がペアになる決まりがあるから……


「永瀬君と海鈴は自動的に決まりね」


 常盤さんの鶴の一声で僕達のペアが決まった。

 彌田さんに対して身長差が一番ないのが僕だという理由だったけど、互いの足の長さが違いすぎれば走りにくくなるのは当然なので、僕も彌田さんもその組み合わせで納得している。


「それにしてもこれは意外と難しいね」

「同感。でも櫻葉君と組んだら私は絶対にダメだと良くわかった」


 櫻葉と彌田さんでは身長が四十センチ以上違うから、歩幅を合わせるのだって大変だろう。

 その櫻葉は身長差が十センチ程度の常盤さんとペアを組んでいる。

 演劇部では歩幅を合わせたステップで踊ることもあるらしく、凄く自然に二人の足が揃っている。


 それに比べて……


「また転んじゃったね」

「練習するしかないよ。とにかく一緒に頑張ろう」


 僕と彌田さんの身長差は櫻葉と常盤さん達と変わらないはずだ。たぶんだけど。

ならば僕達だってあんな風に出来ないわけがない。


 彌田さんの肩に手を掛け、互いに眼を見る。やるぞと言う意思確認だ。


「僕は右足から、彌田さんは左からね」

「うん、左、左……」


 念じるような言葉から気合いが伝わってくる。


「せーの」




 バタン。

 二人で盛大に転んでしまった。


「うっ」


 その瞬間、彌田さんの顔が直接地面に当たりそうに。咄嗟に僕が手を出した。

 膝が多少すりむけるくらいは構わなかった。

 でも、彌田さんの頭は想像よりも遙かに重く、その上、微妙に無理な体勢を取ったため……僕は手首を捻ってしまった。


「永瀬君!」

「だ、大丈夫だよ」


 そうは言うものの左手には痛みがあるし、膝には少しだけど擦り傷がある。


「大丈夫じゃないわよ。その膝、血が出てるじゃない」


 そうなのかと思って、左手を使って体を起こそうとしたらグキリという強い痛みが走った。


「痛たたた」

「どうしたの」

「ちょっと手を痛めたみたい」


 それから僕は彌田さんと一緒に保健室へ直行……する前に水場で膝の砂を洗い流した。


「ちょっと待ってね」


 彌田さんが首に巻いているタオルで膝の周りを拭いてくれる。

 そのタオルから今までに嗅いだことのない優しい香りがほんのりしている。


「この香り」


 その一言がまずかったのか、彌田さんは真っ赤な顔をして、


「ご、ごめんね。私の汗の臭いを嗅がせちゃって」

「う、ううん、そんなことないよ。寧ろ……ご褒美みたいに良い香りじゃない」

「へっ?」


 これは本心だ。

 女の子の香りがどんなものか知らないけど、女性と言えば母親と妹一人しかいない僕の家ではほぼ嗅ぐことのないものだ。(僕はシスコンではない)


「彌田さんの香りで僕が不快になることなんかないから安心して」

「そ、それって……」


 それ以上の言葉はなかった。


「あ、急がないと昼休みが終わっちゃう」


 真っ赤になって俯く彌田さんを急かして保健室になんとか辿り着いた。



「たぶん軽い捻挫でしょ。骨に問題があればもっと腫れているはずだし」


 保健の先生はそう言って、冷湿布を貼り、筒状の包帯で剥がれないように包んでくれた。


「大ごとにならなくて良かったよ」

「でも、それだと不自由でしょ」


 僕の利き腕は左だから確かに不便だ。

 それでも捻挫程度なら数日あれば治ってしまうだろうから、何日か分の授業のノートを櫻葉から借りれば大きな問題にはならないだろう。


「大丈夫だよ。ちょっとの辛抱だし」

「私が……転ばなければ」


 彌田さんがしゅんとした様子でボソリと口にした。


「彌田さん一人のせいじゃないよ。僕が彌田さんへの合わせるのがまずかったのもあるし」

「ううん、私がもう少し背が高くて足が長けれ「そうじゃないよ」」


 身長が低いことは誰のせいでもない。

 確かに体つきで向き不向きなことはあると思うし、ほとんどのスポーツは高身長の方が有利なものが多い。

 体重別に優劣を決める格闘技は別として平均的な身長の人がトップランクになれる競技は限られている。球技なんかは特にそうだ。


 でも、僕達はスポーツ選手を目指していない。

 あくまで運動会は親睦のためにあるのであって、勝つことだけを目的としていないし、言わんやそこに名誉や報酬なぞ何もない。

 それでも、僕はともかく彌田さんの無様なところを誰かに見せるわけにはいかない。


「彌田さんと僕の息が合わなかった。言い方を変えれば意思疎通ができていなかったことが問題なのだし、そこに至るための努力こそが大事なんだよ」


 二人三脚に必要なのは相手を思いやり、理解する力だ。

 足で繋がった相手の身体だけではなく、動かす様子を伺いながら歩幅やピッチを調整していくことが大切なんだ。

 その為には……


「彌田さん、明日から一緒に登校しよう」

「へつ?」

「歩幅を合わせて歩こう。同じリズムで道を歩いていきたい」

「そ、それって……」


 彌田さんが何故か真っ赤になって固まってしまった。

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